第51話 『 ボッチ。バイト始めるってよ 』

「アマガミさん。これからは僕の家に来るの難しいかも」

「――え」


 休日開けて平日。すっかり定番化した体育館裏で昼食を取っている最中、僕は唐突にそんな話を切り出した。

 アマガミさんは僕の言葉に唖然とし、箸で摘まんでいたタコさんウィンナーが再び弁当箱に戻っていった。


「あ、あたし何かしちゃったか⁉ もしかしてこの間の出掛けた時に⁉」

「してないしてない。お出掛けは最高でした」

「ならなんで……」


 不安げに訊ねてくるアマガミさんに、僕は一拍置くと理由を説明する。


「実は今週からバイトを始める予定なんだ」

「随分と急だな」

「前からする予定ではあったんだよ。そういえば、アマガミさんには言ってなかったね。ごめん」

「謝るなよ。べつに驚いただけで嫌とは思ってねぇし、それにボッチの私生活に文句言える立場でもないしな。でも安心した。てっきり嫌われたかと思った」

「僕がアマガミさんのこと嫌いになるわけないでしょ」

「そんな堂々と断言するなぁ!」

「いたっ」


 顔を赤くしたアマガミさんに腕を殴られる。相変わらず女子とは思えない一撃で、腕がビリビリする。

 僕は殴られた腕をさすりながら、


「というわけで、前みたく気軽に僕の家に来ることはできなくなっちゃうんだ」

「まぁ、最近お前ん家行き過ぎだとは思ってたし、減らすのにはいい機会かもな」

「そこで提案なんだけど、これからは事前に日にちを決めないかな」

「つまりどういうことだ?」


 はて、と小首を傾げるアマガミさんに、僕は詳細を伝えていく。


「ほら、前は予定決めずに僕の家に来てたでしょ。でもこれからはそれが難しくなる。だから事前にアマガミさんが僕の家に来る日決めて、その日に遊びに来るのはどうかな」

「なるほど。それだとボッチの負担にもならないし、あたしも予定を立てやすくなるか」

「そういうこと。どうかな?」

「いいよそれで。そっちの方が楽そうだ」


 前からそうすればよかった、と後悔するアマガミさんに僕も「そうだね」と苦笑しながら同意する。


「それじゃあ決まりだね」

「ん。……にしてもボッチがバイトかぁ。な、どんなとこでバイトするんだ?」

「喫茶店だよ。昔からよく家族で通ってた店でね。店長さんと知り合いなんだ。お店の雰囲気もよくて好きでさ、高校に入ったら働かせてほしいってずっとお願いしてたんだよ」

「へぇ。じゃあ、願いが叶ったわけだ」

「そういうことになるかな」

「なら良かったじゃん。好きな所で働けてさ」


 そう言って微笑むと、アマガミさんが僕の頭を撫でてきた。僕は一瞬驚くも、しかしすぐに彼女の掌の温もりを堪能する。


「でもバイトかぁ。あたしもやろうかな」

「いいんじゃないかな。社会経験にも繋がるし」

「ボッチらしいご立派な思考だな。あたしは単純にお金が欲しいだけだよ」

「それも立派な動機だよ」

「ボッチはなんでも認めてくれるな」

「そんなことないよ。暴力は認めたくないもん」

「はいはい。喧嘩はほどほどにしときますよ」


 アマガミさんは面倒くさそうに聞き流す。むぅ。僕はアマガミさんに怪我してほしくないから言ってるのになぁ。

 ちょっぴり不服気に頬を膨らませていると、口許を綻ばせたアマガミさんが僕のことをジッと見つめてきて、


「バイト。頑張れよ。応援してる」

「――うん。ありがとう」


 アマガミさんからの激励。それを胸に大切にしまいながら、僕らはまたお弁当を食べ始めたのだった。


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