第25話 『 アマガミさんと補習 』

 中間考査も終わり、僕らの学校は一週間ほど短縮授業になった。

 短縮になったということは即ち早く家に帰れるということ。

 部活動に所属している生徒らはこれから部活ということで気怠そうに教室から去っていったが、そうでない者たちは上場気分で帰っていく。

 僕も帰宅部なので後者と例外なくそそくさと帰宅し、いつもより多めに使える時間を利用してゲームに勤しもうとしていたのだが……。


「……あのー、帆織ほしきくん?」

「はい。なんですか先生」


 既にほぼもぬけの殻状態となった教室に、本来であればいるはずのない僕がいた。

 そして僕の眼前、教卓に立っている中年男性の先生が何かを確認するように何度も手元の紙を見て、呻き、そしてこめかみに手を置いて苦悶していた。


「キミは本来この場にいなくていいはずなのに、なんでまだ居るの?」

「僕も予習しようと思いまして」

「うん。それは立派な考えだ。流石は成績優秀者。俺が担任だったら間違いなく内申点プラスしてあげる。でもさ……」


 そこで一度言葉を区切ると、先生はやはり解せないとでも言いたげに告げた。


「補習じゃない生徒が補習を受けるって、やっぱりおかしいと思うんだよね、先生」

「安心してください。ただの付き添いです」


 ニコリと笑いながら先生に答えたあと、僕は隣の席で不貞腐ふてくされたように頬杖を突く少女に振り向いた。


「一緒に補習頑張ろうね、アマガミさん!」

「……ふんっ」


 僕が短縮授業で早く家に帰れるのにも関わらずまだ教室に残っていたのは、中間考査で赤点を取ってしまったアマガミさんと一緒に補習を受ける為だった。


「いやお前は帰れよ。赤点取ってないんだろ」

「でも、僕がいなきゃアマガミさん補習受けずに帰ろうとするでしょ。補修を受けなかったら留年するかもしれないんだよ」


 それはアマガミさんだって困るでしょ、と訊ねると、アマガミさんがバツが悪そうにうめく。


「だからって、わざわざ補習にまで付き合わなくても……」

「それにかんしては先生も天刈と同意見だー。補習に関係ない生徒はさっさと帰りなさい」

「でも先生、僕がいなきゃアマガミさん帰っちゃいますよ?」

「なにお前、天刈の飼い主にでもなったの?」

「はぁ? あたしはぼっちのペットじゃねえ。ぶっ飛ばすぞクソ教師」

「おー、今日も相変わらず口が悪いな天刈は。評価さらに下げちゃうぞ~」

「ダメだよアマガミさん。先生にそんな態度とっちゃ。ほら、ちゃんと謝って」

「……ちっ」

「すいません服部はっとり先生。アマガミさんは少し不器用なだけで根はいい人なんです」

「帆織はなに? 天刈の親なの?」


 服部先生が呆れたようにため息を落とす。


「まぁでも、天刈が補習受けてくれんならなんでもいいや。俺も補習なんて面倒だし」

「じゃあやらなくていいだろ」

「そういう訳にもいかないの。成績が低い生徒にはしっかりと補習を受けさせて学力を向上させるのが教師の務め。それやんなきゃ校長に怒られのんは俺で、世に出た時に恥かくのはお前なんだからな?」

「ハッ。バカにする連中はぶん殴れりゃ黙るっつーの」

「ダメだよアマガミさん。全部暴力で解決しようとしたら。時には会話だって必要だよ」

「……ちっ」

「すげぇな帆織。反抗期真っ只中の天刈をこうも容易く丸め込むとは」

「べつに丸め込まれてなんかねぇし」


 感心したように吐息する服部先生。アマガミさんは不快そうに唾を吐いた。


「たくっめんどくせー。するならさっさと始めろよ」

「お、なんだやる気だな。先生嬉しいぞー」

「勘違いすんな。あたしはボッチに付き合わせてんのが申し訳ないからさっさと終わらせたいだけだ」

「なら帆織帰してあげればいいだろ」

「ならあたしも帰る」

「なんでお前らセットで動いてんだよ⁉ つーか、どんだけ帆織に依存してたんだ不良娘!」

「何言ってんだアンタ。頭腐ってんのか?」

「こらっ。先生にそういう悪口言っちゃダメって何度も言ってるでしょ!」

「だってコイツが変なこと言うから」

「たとえ服部先生の今日のテンションがおかしくてもそんなこと言っちゃだめだよ。ほら、謝って」

「くそっ。……悪かったよ」


 渋々といった感じで謝るアマガミさんの隣で僕も頭を下げる。

 そんな僕らに服部先生は頭を抱えていて、


「あの教師だろうがなんだろうが噛みついてくる天刈がこんなに素直に謝るなんて前代未聞だ」

「言っとくけど、あたしはボッチが言うから謝ってるだけだからな」

「なんだこのツンデレJKは。つーかどんだけ帆織の言う事なら素直に聞くんだよ」


 その調子でたまには先生の言う事聞いてみない? と服部先生がアマガミさんにお願いしたみたのだが、


「は? ボッチとアンタらを一緒にすんな。死んでも嫌だね」と即座に一蹴された。


 そんな会話を僕は嬉しさ半分、呆れ半分といった感情で聞いていた。


「はぁ。ほんと何なのお前ら。先生もう疲れちゃった」

「補習はまだ始まってませんよ」

「さっさと始めろよ」

「……生徒に補習を急かされる先生なんて聞いたことねぇ」


 服部先生は大仰にため息を吐いて後頭部を掻いたあと、ようやく黒板に向かい始めた。

 それから黒板にチョークを叩き始めた――その直後、


「あ、お前ら、くれぐれも補習中にイチャイチャすんなよ?」

「はあ⁉ い、イチャイチャなんてするわけねえだろ! ぶっ飛ばすぞ‼」

「はは。分かりやすく照れてやがる」

「照れてなんかねえし⁉ マジでぶん殴るぞクソ教師⁉」

「こらっ。先生に向かってなんて口の利き方をしてるのさ! ……はぁ。先生もアマガミさんを挑発するのやめてください」


 面倒くさそうに忠告した服部先生に、アマガミさんは顔を真っ赤にしながら噛みついたのだった。

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