第42話 元気があれば? 仮定に意味はない。
「さあ始まりました! メスガキプロレスリングの時間です! 実況と解説、そしてレフェリーはわたくし勇者の渡良瀬!」
「感想が王女のシンシャです」
レフェリーとは言うが、リングには登っていない。
シンシャ王女は実況も解説もできないが、俺一人では物足りないので感想、という役割をしてもらうことになった。
なお、ここで喋ったことを全員に聞こえるようにするマイクとスピーカーの魔法もお願いしている。
「さあ、会場は大きな大空の下、多くの観客が詰めかけています」
「おそらく全員来ています。門番や警備のものも含めて」
「素晴らしいことですね~」
ここにみんないるんだから、警備する必要ないしな。
今日は待ちに待ったプロレスの開催日。観戦は無料だ。まずはプロレスというものが何なのか知ってもらう必要があるからな。
この世界にプロレスブームを巻き起こす。ゆくゆくは金の雨が降るぜ!
ジャンジャンジャジャジャジャンジャンジャジャジャ♪
「これはプロレスラーが登場するときに流れるテーマソングです! あいらんの入場曲になります」
「音楽、というらしいです。なんだか気分が高まります」
この世界ではそもそも音楽という概念がなかったのだが、プロレスの登場に入場テーマは欠かせない。
楽器は無いです。演奏してないです。これは魔法です。
小さな人間たちを数人集めて、俺が教え込みました。魔法で音を出すのは難しくないんだって。
できるようになった人間たちは楽しくなったらしく、現在は町中で音楽ブームが到来しています。
「おっらー! なんぼのもんじゃーい!」
あいらんが登場!
登場のときは、とにかく元気にという指示だけしたが、なかなかに絶好調だ。
あいらんの格好は、黒と黄色で構成されたド派手な衣装で、膝まであるブーツとひじまである手袋。それとビキニを着ており、太ももと二の腕とお腹は素肌。金髪をたなびかせて、プロレスラーらしいパワフルなビジュアルだ。
「まず登場したのは、あいらん! 今は悪魔ではなく、プロレスラーです。みんな拍手して応援するもよし、ブーイングするもよし。大騒ぎして楽しんでください」
ワーっと上がる歓声。とりあえず騒いでいいらしいから騒いでる感じだが、今はそれでいい。
あいらんは、小走りでリングに上がった。大きく拳を振り上げる。
「小さな人間どもー! いいか、このあいらんが主役だー!」
あいらんは完璧だが、まだ観客は戸惑ってる感じだな。
なお、人間たちは小さいので満員でも全員が最善列で見られるという豪華な仕様だ。立ち見だけど。
デレデデレデデレデデレデデレレレーン♪
この曲はしまんの入場テーマ。
この世界で初めてのプロレスは、あいらんとしまんの時間無制限シングルマッチだ。
しまんはクールに歩いて登場。長い髪をあえて束ねず、ふぁっさふぁっささせている。
服装はほぼブラックで紫が少しあしらわれている。ヒールっぽく見えるといいが。露出はあいらんよりも少なく、へそ周りだけが見える形。
観客は固唾をのんでいる。
リングに上ったしまんは。
「あいらんを倒す。それだけ」
と言い放った。マイクなんかなくても人間たちには聞こえるんだが、マイクを持って言って欲しかった感がすごい。
「おお~っと、しまん選手。これは楽勝宣言かーっ!? どうですかシンシャ王女」
「ボロボロに負けたときが楽しみです」
「おっと、シンシャ王女はあいらんの方を応援ですか?」
「どっちも負けて欲しいですね」
どっちも勝って欲しいはよく聞くが、どっちも負けて欲しいとは。意味は同じなんでしょうけどもね。
まあ、こういう感想も悪くはないよ。
「おい、シンシャ、やんのか?」
「おっとー、あいらんがブチギレかー!? 相手はしまんだぞー」
「しまんを倒してー! シンシャも倒すからなー!」
あいらんがシンシャに指を突きつけた。
すると「ワーッ」と、いままで一番の歓声が。
「シンシャ、倒す」
ドーッ!
しまんのセリフでも。
「これ、シンシャがボロボロに負けるのが一番みんなにウケるのでは?」
ドワ―ッ!
どうやらシンシャ王女は国民に嫌われているようです。よかった、コイツを嫌いなの俺だけじゃなかったんだね!
「さて、気を取り直しまして……あいらんとしまんの、プロレスだあー!」
カーン!
ゴングはないが、ゴングそっくりの音をシンシャに出してもらいます。役に立つね。
リングの上、両者、構えた!
「おっしゃ、いくぞー!」
あいらんが元気よく仕掛ける。
ロープに一度体重を預けてから、跳ねるようにダッシュ。
ロープも頑張って作りましたからね。人間たちと力を合わせてさ。
「とうりゃーい!」
「おーっと、初っ端からドロップキックだーっ!」
ジャンプして両足を揃えてのキック。見栄えのいい、プロレスならではの攻撃だ。
しまんは胸にくらって、大きく吹っ飛ぶ。
俺から見てもすごい迫力だ。小さな人間たちにはさぞインパクトがあるだろう。
おおお~!?
どよめいております。いいですねー。俺の実況にも熱が入るぜ。
「観客のみなさーん、これがプロレスでーす!」
「すごいですね。悪魔が蹴っ飛ばされるなんて。素晴らしいです」
「しまん、立ち上がったー!」
「このやろー!」
前蹴りを繰り出すしまん。沈黙はNGなので、特に何も言うことがないときは「このやろー!」と叫べと教えておいて正解。
「おっと、しまんのキックが炸裂ー! あいらんがコーナーポストに追いやられたー」
しまんは遠くからダッシュしてきて――
「顔面にキックだーっ!」
パンパンパンパンと手を叩くしまん。
誰もその意味がわからない。
「みなさん、手拍子をお願いいたしまーす」
実況がみんなに手拍子を求めるとはね。しょうがないことです。
「オオーッ」
これも本来俺が言うことではないが。
しまんが顔面を何度も蹴り倒す。
「オーイ! オーイ! オーイ!」
これはしまんが叫んでいる。そうするように教えたから。一回蹴るたびにそう叫べってな。
「で、でたーっ! 顔面ウオッシュだーっ!」
といっても本邦初公開なわけですが。でたーって言いたいのよ。俺が。
何度も顔を蹴りまくるという、屈辱的な技だぜ。
「これは素晴らしい技ですね」
「シンシャ王女の好きそうな技だと思っていましたよ」
でも俺も好き。あいらんの顔が容赦なく何でも蹴られていきます。
めちゃくちゃ蹴りを食らっている悪魔なんて見たことがない観客は、目をキラキラさせて観戦している。
最後にダッシュしてからのキックで終了だ。
「「オーイ!!」」
俺としまんと観客が、同時に叫んだ。会場が一体となった瞬間です。最高だぜ。
顔面を散々蹴られたあいらんが、ブチギレて立ち上がる。これから反撃が始まるのがわかってきたのだろう、観客が手に汗握っている。
「プロレス、最高ですね」
「おっ、シンシャ王女もプロレスが気に入ったようです」
どこが気に入ったのかは明確なのだが、楽しみ方は人それぞれでいいよ。
「しまーん! このヤロー! クールぶってるけど、一番ちゅーをせがむくせにー!」
「おっと、あいらん選手、しまん選手の秘密を暴露しているー!」
「せがむ相手って、勇者様ですよね?」
「シンシャ王女、それは言わなくて大丈夫でーす」
「くらえーっ!」
あいらんは一度ロープでバウンドしてから、腕をしまんの首もとに叩きつける。
「ラリアット炸裂ー!」
しまんは首を刈られて一回転――はさすがにしない。本当は後頭部を地面に叩きつけるところまでいきたいのだが。
うわーっ!
観客は盛り上がった。やっぱりラリアットっていいよね。
「あいらん、やってくれたなこのヤロー! このへちゃむくれー!」
「しまん選手、怒り狂っているー!」
確かにあいらんは丸顔ではあるが、へちゃむくれって。
しまんは、あいらんの腕を取るとコーナーポストに投げた。コーナーポストによりかかった状態のあいらんに串刺しキック。
「しまんの蹴りがあいらんのお腹に炸裂ー! これは効いたかー!」
「ああ、とても痛そうです。いいですね」
ほんと王女様の感想はぶれないですね。
キックによるダメージで倒れ込むあいらん。それを見て、トップロープに登るしまん。なお、トップロープはそれほど高くないです。小学校の机くらいですかね。
「おっと、しまんがトップロープの上にー! まさか、まさか、飛んでしまうのかー!?」
ムーンサルトプレス!
は無理です。残念ながら。
「飛んだー! フライング、ボディ、プレス!」
大歓声があがる。
俺にとっては小さなボディだが、小さな人間たちからすれば巨体が高いところから飛んで巨体に体当たりしているのだ。迫力がエグいのだろう。
この時点で、異世界プロレスは大成功といえるだろう。
「そのままフォール! 3カウントで負けです!」
プロレスの根本的なルール説明をする実況の俺です。
「ワン、ツー!」
どうも、カウントも俺です。
返してくれよー!
これで終わっちゃうと物足りない!
「返したー!」
あいらんが右手を突き上げる。よく返した!
観客の「おお~」という声。いいじゃん、もうみんなプロレスファンですよ。
「さあ、あいらんがこれから反撃……ん?」
なんかリングに近づいてるやつがいるな。大きさからして人間じゃないな、悪魔か?
「おいおい、何をやらされてるんだよ情けない」
なんだこのガキは……まさかリングに上がる気か?
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