第36話
「なんでここにいるの」
秋子は蔑むようにいった。
「午後に有給つかってさ、そのついでに彼女を迎えに来てさ、そしたら秋子ちゃんがいるもんだから」
「よく話しかけられたわね。J大っていっても馬鹿もいるみたい」
「馬鹿とか、そんな口汚い言葉を使うなよ、美人の面が剥がれるよ」
むかし、時田は柄シャツにジーパンという秋子のもっとも嫌いな恰好をしていた。そして今日は、そらからうってかわりスーツである。秋子はスーツも嫌いになりそうだった。
「まあ、久しぶりでした。それじゃあ……」
そういって完食もせずに立ち上がろうとしたところ、肩を抑えられた。
「触らないでッ!」
時田は手を離した。
「ずいぶん苛立っているね。いや、それも仕方ないとは思っているよ。……ああ、そうだ。飯島ってのがどこにいるか知ってる?」
「なんで飯島くんなんか貴方が知っているの」
「彼女づてでさ。彼、雪子と付き合っているらしいじゃないか。元カレとしてもすこし見てみたいんだ」
「彼女づて……」秋子は記憶をめぐらした。そしてはっとして、「貴方が美玖の?」
「まあ、そういうことだね」
「最悪。ひどいことよ、これは。わたしの周りにふたりもこんな男に騙されるなんて」
「騙しているわけじゃない。ほんとうに好きさ。美玖のこと。雪子もそうだった」
秋子は箸を握り、この男の目玉を突き抜きたい衝動に駆られたが、必死に抑えた。時田という人間は、まず第一に厚かましさと卑劣さがあって、その次に巧妙さがある。箸で目をひとつ失っても、結局はまたすごすごと立ちもどり、かえって姉妹を苦しめるのだ。
「……わたしは、飯島くんの場所なんて知らないわ。なにぶん、わたしもいま彼がどうしてるかよくわからないの。……もういいかしら?」
「ふうん、でも、連絡先ぐらいはもってるんだろう?」
「貴方のためにわざわざそんなことすると思う? もういいかしら!」
秋子はこんどこそ勢いよく立ち上がった。そのせいか、時田は秋子に触れなかった。そのかわり、こんなことをいった。
「ほら、あそこにいるの、雪子じゃないか」
秋子は揺れて定まらない瞳で時田の視線を追った。雪子が、飯島と学食に入ってきた。
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