第44話 性愛

性愛


愛のままに欲し、欲するままに犯し尽くせ。

それこそ愛であり、真の愛を伝える方法である。

解き放て。その思いを。解放し、心と身体の欲望を満たせ。


「ただいま、アルトさん!」


「お帰り、チヨ。お疲れ~」

いつもとは違うただいまとお帰り。夏以前は俺がお帰りということも多かったけど、八咫烏に所属してからはその回数も激減したので一周回ってとても新鮮だ。

本来ならばまだこの時間は本部で特訓をしているのだが、獣の顕現やチヨの受験ということもあり、今日は全部休みになった。


いや、正直危なかった。撤退の二文字はなしという意気込みで勢いよく倒そうとしたものの、結構、いやかなり危険な状態にまで行ってしまった。

皆の援護がなかったらと思うとこうしてチヨの帰りを待つこともできなかった。そう思うとぞっとして背中が震える。

本部に帰ると皆が一回で倒した!とかすごい!と言ってくれて、危険なところまで行ったことを言及してくることはなかった。正直俺のわがままで不安な思いをさせてしまったので少し申し訳がなかったのだが、そうやって温かく迎えてくれるというのはとても嬉しいものだ。


「とりあえず、お疲れ様。しばらくはもう勉強しないだろ?」


「もう教材を見るのはこりごりです~」

ぐで~としながら俺に寄りかかってくる。相当疲れたようだ。


「これからどうする?まだ5時半だけど、もうご飯食べる?」


「いえ、少し寝てもいいですか?実は・・・・・・」


・・・・・・俺はチヨの発言に驚愕した!


「はあ!?昨日一睡もしてない!?」


「アハハ、緊張しちゃって。生まれて初めて深夜テンションというものを味わいました」

それがまさか受験本番の日だとは・・・・・・恐れ入る。


「寝たら起きれなくないか?寝て大丈夫?」


「・・・・・・ガンバリマス」

もうこれ以上頑張らなくていいよ・・・・・・頼むからゆっくりしてほしいけど、昼夜逆転のきっかけにはなってほしくないので心を鬼にして起こすことにした。


「一応起きれなかったら何時に起こそうか?」


「7時でお願いします・・・・・・」

いつもと違って手で口元を隠さずに大きくあくびをして部屋の中に入っていく。いつもは口元を隠さずにあくびをしているところを俺に見られると急いで隠すのに。相当眠いようだ。かなりエネルギーも使ったことだろう。


「じゃあ、作りますか」

俺は夜ご飯の仕込みのために行動を開始した。


玉ねぎをみじん切りより少し大きめに切り、その流れでピーマンも小さく刻む。鳥のもも肉も細かく切っていき。これを炒める。焼いていくうちに肉から油が出てきたので、その油で切った玉ねぎとピーマンも炒める。それを一度皿に戻して一度覚ましておく。しばらくのんびりしていると米が炊き上がったのでそれを炒める。ケチャップをたくさん入れて、胡椒と少しだけソースも入れる。ソースを入れると少しだけデミグラスソースっぽくなるのでただのケチャップライスよりも風味が出る。調味料を入れ終わったら、

先ほど炒めた玉ネギとピーマン、鶏肉を入れて一緒にもう一度炒める。


次にあらかじめ作っておいたハンバーグの種を先ほど肉たちを炒めたフライパンと別の物で軽く焼き始める。がっつり焼いてしまうと後で温め直すときに焦げてしまう。電子レンジで温めるのもいいがせっかくなので手作り且つ出来立てのものを食べてほしいのでそうすることにした。

そうこうしているうちに、スマホから19時アラームが鳴ったのでチヨを起こしに行くことにした。


「チヨ、7時になったぞ~。起きないと夜寝れなるから起きな~」


「は~い・・・・・・」


「ほら、頑張れ頑張れ!」


「もう、子ども扱いしないでくださいよ~!」

最近は寝起きに姿は見ていなかったのでとても新鮮な眺めだ。深く眠っていたのか声がふにゃふにゃである。

俺はハンバーグをもう一度焼き、完全に火が通ったことを確認して皿の上に乗せる。よし、まずは一品完成。


次にもう一度ケチャップライスに火を入れて温める。温め終わったら二人分の皿に盛りつけてフライパンに溶いだ卵を入れて、薄くフライパン全体に伸ばす。チヨの分は白身を取ってあるので黄身だけのものになるがこうすると何故かフワフワなものができる。

良しできた!二品目のオムライスである。これはチヨが一番の好物としているものなので今日の夜に作ってあげたかった。

スプーンやフォークを先ほど目を覚ましたチヨがふらふらと運んでくれたので、持っていく手間が省けた。テーブルに作ったものを乗せていき、ついでにチヨ用のサラダも別の皿に用意する。


「待たせたな、チヨ。出来たぞ」


「おお!オムライスにハンバーグ!すごいです!ありがとうございます!」

チヨが目を輝かせながら席に着く。


「食器、運んでくれてありがとな」


「いえ、作ってもらってるので当然です!」


「そっか。じゃあ食べようか」

俺とチヨは手を合わせて感謝を込める。


「「いただきます」」


「うーん、どっちから食べようかな~」


「そうだ、ハンバーグ。一応火が通ってるかどうか確認したいから真ん中割ってくれないか?赤かったら仕方ないけど電子レンジで温め直すからさ」


「いえ!すごくいい感じに焼けてますよ!ハンバーグからにしちゃお!」

歳相応、いやそれ以上か?

言い方があっているのかはわからないがとても幼い子のようなテンションで食事を始める。普段からおいしそうに食べてくれる子だが、今日はいつも以上だ。本当に作り甲斐のある子である。



「はー、ごちそうさまでした」


「腹にたまったか?」


「それはそれは十分に」

チヨは自分のお腹を撫でながら満足そうな顔をする。少し量が多そうな気がしたが睡眠不足でエネルギーが足りていなかったのだろう、すんなり食べてしまった。


「でも、まさか体育館で待たされるなんてな。災難だったな」


「ええ、あれは完全に予想外でした・・・・・・アルトさんがカイロを持たせてくれていなかったらどうなっていたことか」

まあ公立の学校だから仕方ないだろう。私立であればきっとエアコンの暖房が聞いている場所で受験も休憩もできただろうに。


「あ、そうでした」


「どうした、急に?」


「アルトさん、手紙ありがとうございました。すごく嬉しかったです!その・・・・・・受験してる最中にわからない問題があったときに少し凹んだりもしましたけど、なんか手紙読んでからはアルトさんも一緒にいる感じがして、すごく心強かったです!」


「そ、そっか。そりゃよかった」


「あれ、アルトさん?ちょっとだけ顔赤くなってませんか?」


「・・・・・・なってない」

ニヤリとした顔で俺の表情を伺ってくるチヨ。正直そこまで言われるとこそばゆいというか恥ずいというか・・・・・・よし、二度と書いてやらん。


「それと・・・・・・ありがとうございました。受験をさせてくれて」


「礼なんていらないよ。俺がしたことは教えることと金を払うことだけだよ。ここまであきらめずに頑張って努力してきたのはチヨの方じゃん。お礼は俺じゃなくて、自分にしてやりなよ」


「それでもです。元々は受験をする予定はなかったしアルトさんが八咫烏に入ってくれたおかげで、でも私は何もできてなくて、だからせめて・・・・・・」


「チヨ」


それ以上は言わせない。チヨはまだ子どもで俺は大人だ。子どもがあまり大人に対して気を使うものじゃない。それに・・・・・・


「チヨが何もできてないわけないじゃんか。ちゃんと今日まで生きてくれて、友達作って、自分の夢を持って頑張ってきただろ?それを何もできてないとは言わない。チヨはちゃんと真っすぐに育ってくれた。それだけで俺は十分だ」


それ以上も、それ以下でもない。チヨがいてくれればそれでいい。お礼も感謝も必要以上にしてほしくない。俺だってチヨがいなかったら繋一さんがいなくなってから一人ぼっちになっていたかもしれない。俺の方こそ感謝したいぐらいだ。


「アルトさん・・・・・・」


「はいは~い、この話はここまでにしてと。ほら、食器持って行って。洗っちゃうからさ。その間に風呂入ってきなよ。そうじゃないと寝るの遅くなっちゃうぞ」

でも、俺たちの間にそんなシリアスは必要ない。平和に穏やかで、互いがいて当たり前の日常が過ごせればいいのだ。


「待ってください、アルトさん!」

チヨが声を張り上げて俺の動きを止めてくる。


「ん?どうした?」


「あ・・・・・・あの・・・・・・その・・・・・・」

チヨが段々と張り上げた声が小さくなっていき、次第に何を言ってるか聞き取れなくなっていく。


「ご、ごめん。聞こえなかった。もう一回言ってもらっていいかな?」


「・・・・・・!いえ、なんでもないです!じゃあお願いしちゃいますね!」

チヨが顔を俺に合わせずに皿を持ってきて何かに急かされたように部屋の中に入ってしまった。


「・・・・・・なんだったんだ?」


「・・・・・・はあ」

また言えなかった。

ものすごく嬉しかった。生きていてくれてなんて言われて。

アルトさんは私からの感謝の言葉をあまり望まない。それこそ日常的なものを除いて。改めて何か大きい事、今回で言えば受験のことだがそう言ったことへの感謝をアルトさんは聞き入れてくれないのだ。

きっと私にあまり気負ってほしくないのだろう。あの人はそういう人だ。本当に優しい人。そんなあなた


だから私は好きになったのだ。早くこの想いを伝えたい。


正直すごく恥ずかしい。5年間ずっとこの思いを隠してきたことをいまさら伝えるだなんて。

だけどそれ以前にアルトさんはきっと聞き入れてくれない。もっといい人がいるとか言ってあやふやにされてしまうかもしれない。

でももしかしたら私には・・・・・・いや、そんなわけがない。アルトさん以上に素敵な人間を私は見たことがない。

断られたらいっそのこと強引に・・・・・・


「そうだ、全部奪ってしまおう。独占してしまおう。あの人の愛を、親愛を、性愛を」


・・・・・・

まただ。私の意志じゃない誰か。だがその言葉は私の口から出てくるもの。

やっぱり部屋に盛り塩でもしておこうかな。アルトさんに見られたら絶対心配されるけど。


「・・・・・・お風呂入ろ」

謎の声から意識を逸らしつつ、私は着替えを持って部屋を出るのだった。


夢を見る。炎に身を焼かれ意識が朦朧とする夢を。

紫に燃える炎は次第に俺の身体の臓物をも燃やし、全身を包む。

炎が周囲に燃え広がり、周囲にあるものすべてを燃やしていく。

町が燃え、人が叫び倒れていく。それを見つめる紫色の炎に焼かれる人。

その炎の中にいたのは一人の人間・・・・・・だったもの。

金色の鎧に身を包み、赤かった身体は紫色に変色し、痣のようなものが体の至るところに広がっていく。

それはきっと俺だ。俺であった何か。町を破壊して、人間を蹂躙して・・・・・・

そして、俺は泣いている。やめてくれ、やめてくれと。

抑えられない自分をどこか別の世界から眺めて・・・・・・

ああ、そうか。迫ってきているのか。もうそろそろなのかもしれない。


・・・・・・俺はいつまで生きていられるのだろうか。


2月15日


「それじゃ、よろしくお願いします」


「ああ、いつも通りだから気楽にな」

今日の訓練は休みになり、俺は検査を受けていた。

本当は昨日のうちに受けておくべきだったのだが、俺がチヨの夕食の準備の為とごねたので今日に先送りにしてもらった。


その検査というのは、抑止との一体化がどのぐらい進んでいるかというものだ。巨大化して戦うと一気に一体化が進み、それに応じるかのように戦闘力が跳ね上がっていく。

昨日戦った獣を一回で倒せたのもそれが関係あるのかもしれないと旦那は言っていた。

まあ、今までに戦ってきたやつがイレギュラーだったというか特殊だったというか・・・・・・


三回も蘇っては強くなっていったり、不死身のやつじゃなくて本当に良かった。

だけど、あの光線。俺が昨日獣に食らったあれは相当なものだった。傷こそ回復したもののかなり高濃度の紫の力が籠っていた。

それを加味すれば昨日戦ったやつが一番強かったかもしれない。

だけど、今朝の夢・・・・・・あれは一体?


「やはり、相当進んでいるな」


「ああ・・・・・・マジっすか」

検査が終わり、結果が映し出された画像を見ることになった。

診察室のような部屋の中には俺と検査をしてくれたヤブさん、そして旦那がいる。

俺の身体の進行の話は今のところこの三人と長倉さんしかしらない。

リードがみんなの前で寿命の話をしてしまったが、これ以上不安にさせたくなかったので俺がその話をしないでほしいと要望したのだ。


「これは・・・・・・かなりの物だな」

映し出された俺の身体の内部の画像。そこにはもはや人の物ではない様々なものがあった。

身体の知識がほぼ皆無な俺が見ても明らかにおかしいとすぐにわかる。それぐらい異様なものだ。


「筋繊維は左腕以外、人の物が見当たらない。何故左腕への浸食が遅いのかはわからないが、どうもそこだけはきれいに残っているんだよな・・・・・・内臓はかろうじて人の時の形を保っているが、時間の問題だろう。特に心臓は完全に球体になったな。

むしろ、この球体になった心臓から血液が送り出されて、その影響で全身の構造が変わっているように思える。お前の身体はいまやどの生物にも属さない独立した何かだ。正直解剖して確かめてみたいぐらいだ」


「じょ、冗談きついぜヤブさん・・・・・・」

怖い冗談を軽く言っているものの、ヤブさんは睨みつけるように、信じられないように俺の体内の画像を見つめている。

表情こそ見えないものの、きっと相当険しい顔をしているのだろう。


「アルト。残りの獣の数は、リードのようなイレギュラーがない限り、残りは・・・・・・二体だ」

旦那が不安そうな顔をして俺の内部の画像を見つめる。その不安は二体を倒せるかどうかではなく、俺の身体のことを案じての表情と発言だろう。


「まあ、やれるだろ。みんなの支援もあるし、ちゃんと最後までやり切ってやるよ」

とりあえず微笑む。最近は無理やり笑うことが増えた気がするが、暗い顔をしているよりかはマシだと自分を納得させる。


「そうだ、旦那。後で話があるんだけどいいかな?」


「話?構わないが、ここでも・・・・・・いや、わかった」

旦那がどうやら察してくれたようだ。この話はしなくてはならない、俺がみた夢の話を。

俺の終わりが近いということを。



「ふんふふ~ん」

いつも以上にご機嫌な朝・・・・・・というには少し遅いかもしれない。

私、チヨは受験が終わりかなりの時間を作ることができるようになった。なのでしばらくは私が家事をやるとアルトさんに伝えたのだ。

昨日が受験本番だったというのに一睡もできず、その反動でとても長い時間寝てしまっていた。

起きたらなんと、スマホの時間が9時を示していたのだ。せっかく朝早く起きてアルトさんを見送ろうと思っていたのに・・・・・・

だけど、うかうかしてられない。今日はたくさんいろんな事しなきゃ。

家の中、綺麗になってたらアルトさんが喜ぶだろうし、たくさん褒めてくれるだろう・・・・・・


「よし、頑張ろう!」

ということで始めた家事もそろそろ終わりを迎えようとしている。

洗濯機を回し、お風呂場を洗い湯舟を洗い、掃除機をかけて、洗濯物を干してと。

後はアルトさんにお弁当を作って持っていく。なんか夫婦みたいなだなと思い、胸が弾む。

ん、でももう一緒に暮らしているから事実上、同棲なのでは!?


うーん、でもアルトさんは私の事を一人の女というよりも、ずっと保護者目線だったから・・・・・・

よし、お弁当を作って持っていったらアルトさんの部屋を漁ってどんな女の人が好みか探ってしまおう。

大丈夫、きっとばれなければ怒られはしない。じゃあ、早速作ってしまおう。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「よし、できた!」

作り終えると昼ご飯を食べるにはちょうど適した時間になった。アルトさんも普段は11時半ぐらいに食堂で食べてるって言って・・・・・・食堂で・・・・・・

あれ?私、今日お弁当作ることアルトさんに言ってたっけ?

記憶がない。もしかしてアルトさん、もうすでにお昼ご飯を食べ始めちゃってるかも!?


「い、急がないと!」

私はお弁当を腕に抱えながら走って玄関の方へ向かった。

走っておよそ5分ほどで組織内の食堂へたどり着くことができた。

幸いアルトさんの姿は見えなかったがすでに食べ終えてどこかに行ってしまったという可能性がある。


「あ、あの、アルトさんはいますか!?」


「あら、チヨちゃん。久しぶり~。アルト君はまだここには来てないよ」

以前、話す機会のあったスタッフの方がいたので聞いてみたがどうやらいないようだ。

食堂が開いてからまだ時間は経っていないはずなので、彼女が来た時にすでにいなったということも考えにくい。


「ねえ、アルト君見た?」


「アルト?ああ、さっきヤブさんの部屋から龍治さんと出て客間に向かっていたぞ」

客間・・・・・・?

確かアルトさんが以前、とても防音に優れていると言っていた部屋のことかもしれない。

なんでそんな部屋に龍治さんと?それにヤブさんって確かお医者さんの・・・・・・

何かあったのだろうか?


「教えていただきありがとうございます!」

私は急いで客間のある部屋に向かった。


客間は完全に閉め切られていて、使用中の札も張られていた。

アルトさんが言っていたことが事実ならば部屋の外からは声は聞こえないはず・・・・・・なのだけど、耳を澄ますと若干声が聞こえてくる。


「・・・・・・・の夢・・・・・・」


「それが・・・した・?」

うーん、いまいち聞こえない。本当は聞き耳なんて立てちゃいけないのだろうけど、一体何を話しているのか気になる・・・・・・

それに、アルトさんが何か病気でもしていたら何か助けになるかもしれない。


『そんなに気になるのか、愛する人が』


・・・・・・!


今のは、私の口から出た声じゃない。けど明らかに私の声だった。

まるで頭の中に直接声を届けているかのような声は誰の声で、誰の意志なの?


(ねえ、あなたは誰なの?答えて!)


声の主の正体を知りたかった私は頭の中でそう念じる。だが、返答はなかった。


「俺が紫の炎に焼かれて、次第に町も燃えて・・・・・・」

え?さっきまで聞こえてこなかった客間の中の声が・・・・・・聞こえる。

なんで?人の聴覚がこんな急によくなるはずがない。本当に何が起きたのだろうか?

いや、それよりもアルトさんの話だ。聞き逃さないようにしないと!


「アルトもその夢を見たのか!?」


「その反応、まさか旦那もか!?」


「ああ、俺は夢ではないんだが、イメージがふと頭の中によぎってな」


「二人そろって同じものを見た・・・・・・こいつは単なる妄想や夢ってわけじゃないみたいだな」


「そうだな・・・・・・」


「なあ、旦那。言いたかないけどさ、俺、そろそろ、さ、近いかもしれない」


「近いって、まさか!」


「ああ、そのまさかさ。どうやら俺の身体は一体化よりも先に寿命を迎えるかもしれない」


・・・・・・え?

寿命って何?私、そんな事全然聞いてない・・・・・・


「こいつは、ただの俺の感覚で、外れるかもしれねえけど・・・・・・ちょいと昨日から体の調子が悪くてな」


「抑止との一体化には体の内部構造以外に異変は見られなかったはず・・・・・・バベルの力の影響か」


「かもしれねえ、ほらみてくれよ」


「・・・・・・これは!」


「ああ、どうやら始まっちまったみたいだ。リードの言っていたことが真実だった。あの野郎、いけすかねえやつだが嘘は言ってなかった」


「それで、出た影響は・・・・・・!」


「・・・・・・味が感じなかった。昨日の晩御飯の時間からな。それに食欲も全然わいてこないんだ。多分このままいけば俺は抑止と一体化する前にジェルだか化物にでもなっちまうかもな。バベルの力と金の力、夢のダブルマッチはどうやらバベルの勝ちみたいだ」


「・・・・・・感覚でいい。もってどのぐらいだと思っている?」


「ざっと一年・・・・・・いや、もう少し短いかも。悪いが旦那、俺が獣を万が一倒しきれなかったら腹くくってくれ。一体は旦那に倒してもらうことになる。その場合は」


「ああ、そのぐらい覚悟の上だ・・・・・・」


寿命・・・・・・一年って、何を言っているの?

また・・・・・・いなくなるとでも言うの!?

大事な人が・・・・・・大切な人が・・・・・・愛した人がまたいなくなる!

身体の震えが止まらない。熱い・・・・・・熱い!

震えてるけど、熱いけど、一度ここから離れないと・・・・・・

私は震える体で頑張って立ち上がってそこから離れた。


午後の特訓は休みだと旦那には言われていたが、自分の内情を吐き出したことで少し落ち着けたので少しだけ行うことにした。

とは言っても、金の力を纏ったりするものではなく、心の状態を落ち着かせるための瞑想やその派生である体氣の特訓であった。最近の特訓はほぼ全部体氣をできる限り取得して抑止との一体化を遅らせることを目的として旦那と共にやってきたものであったが、紫の力の浸食も遅くしている可能性があると個人的には思っている。


リードはあの時、ストレスや負の感情を抱えすぎないと言っていた。あのことは抑止との一体化の話ではなく紫陽花病の話であるならば納得だ。

紫の力はストレスなどの負の感情を原動力として活性化するとしたら、体氣の特訓はもってこいだ。旦那にもそのことを言ったら納得してくれたので夕方までつきあってもらったのだった。

自動で流れる蛇口から手を放して、俺は手洗い場の鏡を見つめる。

外でだらしないかもしれないが、鏡の前で舌を出して改めて確認する。


「やっぱ、気のせいじゃないよな・・・・・・」

鏡に映る俺の舌は不気味な模様と共に紫色に変色してしまっている。

折角体氣の特訓をしたのに少しだけ不安に襲われてしまい、ついつい鏡に手をついてしまった。

重くなってしまった気分を解消させるためについついデカい溜息をこぼす。幸いお手洗いには誰もいなかったので助かった。

死んでしまうのは勿論嫌だ。それに紫陽花病となればその顛末は、俺の知る限りではジェル状になるか化物になるか・・・・・・

だけど死への不安や恐怖以上に俺の気持ちを重くさせた原因があるのだ。


「チヨにどうやって伝えたもんかな・・・・・・それにいつ言いだすべきか・・・・・・?」

受験が終わって、結果が出てからでいいかとも前までは思っていたのだが、実際に寿命のことを話す日が近づいてくると思うと体と心が重い。

それにチヨは金の力との一体化で俺が『人としての死』を迎えることだって知らない。


・・・・・・滅茶苦茶怒るだろうなあ。まあ、何言われても仕方ないけどさ。

俺は再び大きくため息をこぼす。今まで隠してきたことだが、先ほど旦那に言った残り一年というのも感覚であるのであてにならない。いつ俺が浄化した人たちや戦ってきた化物たちと同じような姿になるかわかったもんじゃない。


それにチヨに対して死の話はタブーだ。下手に刺激してしまったら、また昔のように俺がつきっきりで面倒を見ることになるかもしれない。そうなってしまったら、一体俺が死んだ後に誰がチヨの面倒を見てくれるのか。


加えて、チヨと過ごしている寮の部屋の中で俺の身体がジェル状やら化物やらになってしまったら確実にチヨの中に傷が残るし、チヨの身が危険だ。それだけは何とか避けなくてはならない。

必要以上に目の前で人が死ぬ様は見る必要がないのだから。


ならば部屋を変えて最低限の傷を残さないようにすればいいのではないだろうか?

例えば、高校生になったから別の部屋で、なんて言ったら絶対に猛反対されるだろうし、チヨがいるとムラムラするんだ・・・・・・なんて言ったら多方面から確実に誤解を生む羽目になってしまう。

それに部屋を変えることができたところで、チヨは間違いなく俺の部屋に入り浸るだろうし・・・・・・


「はあ、どうしたもんかな」

果てなき悩みに俺は苦悩しつつも、手洗い場を出て寮の部屋に帰るのだった。


日はほとんど沈み、辺りは真っ暗になりつつあった。

そろそろ春が訪れて、日が沈む時間も遅くなってくる。

夜が来るのが早すぎる冬はあまり好きではない。一日がもう終わってしまうのだと思わせて来るから。

お前はこの一日何をしたのか、どんな価値のある日にしたのかと迫ってきているように感じてしまうから。

だけど今になって、寿命を感じてこそ改めて思うことがある。やっぱり日が沈むのが早いのは嫌だなと。

太陽も、月も、青空も、星空も。俺はあと何回見ることができるのだろうか。


・・・・・・うん、ダメだ!


こんな事ばっかり考えていたらチヨの制服姿が見れなくなる!

せめてチヨが安心して大人になるまでは生きなくては!

大人か・・・・・・チヨが俺に彼氏を紹介してきたら・・・・・・

うん、すごく悲しい。だけどそれは成長であり、俺からの独立であり・・・・・・

そうすればきっと俺は役目を終えて死ねるはずだから。

そうこう思っているうちに寮の部屋の前に着いた。以前、飛月を止めるときに空けてしまった廊下の穴からかすかに冷たい風が吹いて身震いをしてしまった。

身体を温めるのは部屋に帰ってからにしよう。チヨにも何か温かい物を入れてあげよう。

そんなことを考えつつ、ポケットからカギを出して開ける。


「ただいま、チヨ」


・・・・・・

部屋の中は闇に包まれている。明かりが何一つついていない。

おまけにいつもならば、チヨがお帰りと言って出迎えてくれるのだが・・・・・・

寝ているのだろうか。

少しだけ、あの笑顔と子犬のように軽く走って迎えに来るあの姿が見れなくて残念だがまあいいだろう。

俺はできる限り物音を立てないようにリビングまで歩く。チヨの部屋の前を通ったのだが、隙間からいつも零れてくる光が見えなかったので寝ているのだろう。

リビングにつき、コートを脱いでお気に入りのマフラーと共にハンガーに掛ける。なんとなく気分で明かりを付けなかったせいで掛けにくい。やはりつければよかった。

部屋の中はいつにも増して静寂に包まれている。少し俺の中に不安がよぎる。


「・・・・・・チヨ」

具合でも悪いのだろうか?それならば医者にでも、ヤブさんのところにでも行けばこの時間にでも見てくれるはずだ。

俺はチヨの部屋に行こうと動き出したのだが、テーブルの上に朝までなかった物陰が目に入ってきた。

俺はそれを手に取って確認する。手に伝わってきたのは少し重たい薄い布で縛られた四角形の物。


「弁当・・・・・・?チヨが作ってくれたのか?」

作っている最中に具合が悪くなったのだろうか?それとも怪我でもしてしまったのだろうか?

寝ているかもしれないけど、一度確認しなくては。

それにこの時間まで寝ていたら具合が悪くても夜に寝れなくなってしまう。


「チヨ、起きてる?」

俺は二回だけチヨの部屋の扉をノックする。しかし、チヨから返事が来ない。

次は先ほどよりも強くノックをする。だけど、チヨの声どころか物音ひとつしない。


「チヨ、開けるよ」

俺はやけに重く閉ざされていると思いながら扉を開いた。

部屋は真っ暗だった。もしかしたらこの部屋の中で一番真っ暗かもしれない。

辺りを見回すと、ベットの上で足を下ろして座っている人影が見えた。


「チヨ、起きてたんだ。どうしたの、具合悪い?悪かったら、今からならヤブさんに診てもらえると思うから行く?」

人影は全く反応を見せない。身動き一つとらない。

いつもならば大丈夫ですとか、元気ですよ、心配してくれてありがとうございます。とか言うはずだ。

具合が悪い時であれば必ず俺にはヘルプを出すはずだ。あまりに普段と違い過ぎる。

チヨに行っては失礼だし傷つけてしまうかもしれないがいつもの元気なチヨと違って不気味ささえ感じてしまう。


「えーっと、弁当作ってくれてたんだ。ありがとな、チヨ。チヨの作る料理はおいしいから楽しみだよ。いやー、今日忙しくて昼食べる時間なくてさ。お腹すごくすいちゃったから助かるよ!」

自分で言ってて少し悲しくなる。胸がまたズキリと痛む。

チヨの料理の味がわからないのか・・・・・・少し悲しくてって涙が出てきそうになったがここは流さないように耐えた。

チヨからは返事がない。いつもならば甘えてきたり、照れたりする反応をするはずなのに。

あ、この感じは・・・・・・

昔のチヨだ。俺と繋一さんの家に来た頃にチヨと同じだ。

何かに憑りつかれたかのように身動き一つとらない。あの頃の俺はチヨから人らしさを取り戻すためにいろんなことをした。

だけど、何故今になって?受験勉強のストレスが今になって爆発してしまったのだろうか?


「チヨ、どうした?何があった?」

俺はベッドの人影に歩いていく。身動き一つとらない人影は、俺が近づくとおもむろに腕を掴み、ベッドに押し倒した。


「・・・・・・え?」

抑止との一体化が著しく進み、並大抵の人では俺のことを押し倒そうとしたぐらいではびくりともさせられないはず。

そのうえ、まともに鍛えていないチヨであるならばそれは必然のはずだ。


「アルトさん」

人影は俺の身体の上にまたがる。非常に熱がこもった何かが俺の腹部の服を濡らす。


「アルトさん」

人影は顔を俺の顔に近づけてくる。


「アルトさん」

人影は何かを確認し終わったかのように顔をまた離す。


「どうしたんだチヨ!?すごい熱出てるじゃんか!今すぐにでもヤブさんのところで診てもらって・・・・・・」


「味・・・・・・感じないんですか?」


・・・・・・今なんて言った?

いや、疑うまでもない。チヨは味を感じないと俺に確認をした。そのことを知っているのは今のところ旦那しかいない。


「寿命って・・・・・・本当のことですか?」


「・・・・・・チヨ、どこで聞いた?」


「いいから答えてください。寿命って本当なんですか?」

俺の胸元に置かれた手にグッと力が入る。少し息苦しくなってしまう。

聞かれたというのか?しかし、一体どこで?


「寿命のことは、本当だ・・・・・・」


「・・・・・・そう、でしたか」

チヨの手の力が段々と抜けていく。

とうとう言ってしまった。伝えてしまった・・・・・・

しかし、こちらも聞いておかなければならない。


「次はこっちの番。チヨ、どうしてそのことを知っているんだ?」


「・・・・・・お弁当を、届けに行ったとき、です。アルトさんと龍治さんが客間の中で話しているのを聞きました」


「客間って、あそこは」

そう、あそこは完全防音なのだ。中に入ったのならばいざ知らず、外からなんて聞こえてくるはずがない。

だが、チヨは客間からと言っている。明らかにおかしい。

だが、チヨがそんなウソをつくわけがない。この以上に高い熱といい、この力といい、チヨの身体に何が起きているんだ?


「チヨ、そろそろ降りてくれ。解熱剤飲むか?少しは楽になると思う・・・・・・」


「ふざけないでください!」

起き上がろうとした俺の身体を力に任せてチヨが押さえつけてきた。


「チヨ、どうしちゃったんだ!?前からそうだったがその強い力は一体・・・・・・」


「そんな事いいんです!どうしてなんですか!?」

人影はプルプルと震え始める。


「どうして・・・・・・どうしてアルトさんが?アルトさんは全然悪いことしてないのに・・・・・・」


「チヨ・・・・・・」

人影は俺の胸元に顔を下ろす。服の胸元をグシャリと掴んで、次第に服がめくれた胸に雫が落ちてくる。


「ごめんな、チヨ。黙ってて」


「違う・・・・・・違います!アルトさんは私のことを想って黙っててくれて。それに私が今泣いてるのはアルトさんのためなんかじゃなくて自分のためなんです!私は・・・・・・アルトさんと違って人のことを思う気持ちなんてない!昔から変わらない!失うことが怖くて、ただただ怯えて、悲しくて・・・・・・でも私」


「・・・・・・チヨ?」

急に震えた人影の身体が止まった。まるで時が止まったかのように。


「そうだ、刻もう。刻んでしまえばいい」

明らかにチヨの声。だがしゃべり方がチヨのそれとは全然違う。


刹那、桜が咲いた・・・・・・!


人影の臀部の辺りから桃色の何かがゆっくりと飛び出してきたのだ。

あれは尻尾?何かの動物のような尻尾だ。それが何本も生えてきている。

その尻尾はほんのりと部屋を照らし、人影姿と顔が見えるようになった。

そこにいたのは間違いなくチヨだ。だけど、その目の色は赤く艶めかしい。

頭頂部には何かの獣のような桜色の耳のようなものが生えてきている。


「・・・・・・チヨ・・・・・・なのか?」

チヨは何も言わずに急に服を脱ぎだした。

服の下には・・・・・・何も着ていなかった。

歳相応、いやそれ以上に発達した女性らしい胸。先端は薄い桃色をした・・・・・・

チヨは俺の腕を掴んで自分のそれを触らせた。柔らかい肉感と先端の小さくほんのり固くなったそれはあまりにも官能的で・・・・・・


「チヨ・・・・・・!?」

一瞬、下半身に血が回ってしまった。だが、理性と脚に力を入れてそれを抑える。

だが、なんだこの光は?どこかあの獣の紫色の光線を浴びた時と同じような感覚が・・・・・・

でも、獣の時よりも何かに・・・・・・いや、俺は今!チヨに魅了されているのか!?


「アルトさん。私、ずっとアルトさんの事が大好きなんですよ。今までも、これからも」

チヨが顔を俺の顔に再び近づけてくる。あまりに魅力的で艶めかしい二つの赤い瞳に引きずり込まれそうになってしまう。

胸を触らせられた手ではない右手で俺は自分の口元を覆う。チヨの顔の動きが止まった。


「ダメだ、チヨ。これ以上はダメだ」


「・・・・・・アルトさんのベロが紫陽花病になってしまったから?」


「それもある。だが、それとは別だ。チヨ。それはきっと勘違いだ。俺は確かにあの時チヨを助けた。だけど、それで好意を持ったらダメなんだ。それはきっと俺への恩義。恩なんだよ。それじゃあだめだ

・・・・・・だってそれは、本当に好きになっているわけじゃない。チヨが他の男と一切かかわりがないことはもちろん知っていた。

だから、高校はチャンスなんだ。ただでさえ今のご時世は将来的な生活の安定のために高校への男子の進学率は高い。だからきっと素敵な出会いがたくさんある。俺よりも良い人間なんて探せばゴロッゴロいる。本当の恋をして、デートをして・・・・・・

そうすればきっとチヨは本当に解放される。俺への恩義も過去からも。もう必要以上に俺と一緒にいる必要はないんだ。だから」


話を続けようとすると顔に衝撃が走った。


一瞬、何が起きたか全くわからなかった。


・・・・・・俺は叩かれたのだ。5年間一緒に過ごして初めてチヨに叩かれたのだ。


「何・・・・・・言ってるんですか?勘違い・・・・・・?私の5年間が勘違い・・・・・・?なんでそんな簡単な言葉で片付けてしまうの・・・・・・?」

信じられないと言わんばかりの声音。そして今まで見たこともない悲しそうな顔を浮かべるチヨ。

しかし、次の瞬間、それは怒りへと変貌した。


「ふざけ、ないでくださいよ!勝手に人の事をわかったような口きいて!人に何も聞かないで知ったようなことを言って!」

チヨは俺の首元に顔をうずめてきた。そして、舐め始めた。舌先のぬめりとした感覚が首に伝わっていく。


「アッ・・・・・・グッ・・・・・・」

首元を噛まれたのだろうか、痛みに声が出てしまう。

うずめた顔を上げると、チヨの白い歯に少し血がついていた。

そして、口を押さえつけられた。チヨの口で。


「ん・・・・・・ンン・・・・・・」

口の中に暖かくてヌルヌルとした異物が入ってくる。口の中が蹂躙される違和感と快楽で身体がおかしくなってしまいそうになる。

抵抗しようと手を動かそうとするが、本来人にはない器官(尻尾)で拘束されてしまい全く身動きが取れない。


「ン・・・・・・プハッ・・・・・・」

チヨが口を離す。繋がっていた口元から透明な唾液が音を立てて外に出てくる。


「チヨ・・・・・・俺の舌は・・・・・・!」


「関係ありません!私はアルトさんのことが好きです。大好きなんです!もうおかしくなってしまいそうなほどに!

アナタが他の女の人に興味を持つたびに胸が痛くなりました!私がいるのにって。

アナタがエッチな本を買ってくるたびに心がチクチクしました!私がいるのにって。

これは恩義なんかじゃない。恩義なんかで済まされていいものなんかじゃない!

アルトさんがどう言おうとも私はアルトさんのことが好きなんです!もっと手を繋いでデートしたい!キスだってしたい!いっぱいそういうこともしたい!それでもアナタはこの気持ちを否定するんですか!?」


「チヨ・・・・・・」


・・・・・・どうしよう、すごく嬉しい。

俺はそこまでチヨに想われていたのか・・・・・・!

思えばそうだった。俺が女の人に興味を抱こうと思ったきっかけはチヨだったのだ。

男としてダメなところをチヨに見せつければ、チヨもがっかりして他の人が好きになるんじゃないかって。


だけど、俺はそのころからきっとチヨのことから逃げていたのかもしれない。

チヨが俺に抱いてくれた本当の恋心から。

それなら俺だって・・・・・・


「アルトさんは、私の事・・・・・・」

でも、いけない。いけないんだ。遅すぎたのだ。

俺にはもう、あまりにも時間がない。

チヨはもっと長く生きる。俺なんかよりも長く幸せになって生きることができる。


だから、俺とはダメなんだ。これ以上、チヨを傷つけさせるわけにはいかない。

俺はもう、これ以上の幸せを望んではいけない。

きっと、せっかく無意識のうちに麻痺させた気持ちが解放されてしまうから。

そうなればきっと俺はもう、戦えない。ここで終わってしまう。

悲しい・・・・・・悲しいけど。


「チヨ、ごめんな・・・・・・俺はもう長くない。だからいろんな人と出会ったたくさんの幸せを・・・・・・」


「そう、ですか・・・・・・」

俺が言い終わる前に尻尾の力が弱まっていく。だけどチヨは動かない。


「なら、奪ってしまえばいい」


「・・・・・・チヨ?」


「全部、全部。親愛も性愛も、全部全部、全部!」

明らかにチヨじゃない誰か。だけど声はチヨのせいで何が何だかわからない。

それに尻尾から視界に入ってくるこい桃色の光や先ほどの深いキスの刺激で頭がボーッとしてきている。

意識が完全に朦朧とし始めているのだ。


「ハアッ・・・・・・ハアッ・・・・・・熱い」

チヨの息が上がり始める。少し冷めたかと思った熱がまたさらに上がっていく。


「アルトさん、アルトさん!好きです。好きなんです・・・・・・」

チヨは立ち上がりスカートを脱ぎ、下着も脱ぎ始めた。

薄暗い部屋の中でも視力が良くなってしまったせいで脱いだ下着から、キスをしたときのように透明の線が垂れてきているのが見えてしまった。

それを見てつい生唾飲んでしまう。ダメだ、チヨ!止まってくれ!


「アルトさん、アルトさん・・・・・・」

俺のズボンを力任せに脱がせる。クソ、力が入らない・・・・・・

段々と俺の身体も熱くなっていく。まるで炎の中にいるかのように。


「だ、めだ。チヨ。それ以上は・・・・・・」


「これがアルトさんの・・・・・・嬉しい。私で興奮してくれて」

チヨが再び俺の下腹部に馬乗りになる。ビチョビチョに濡れたチヨの下半身が俺の身体を濡らしていく。


「アルトさん、いなくならないでください・・・・・・ずっと一緒にいて・・・・・・」

チヨは俺にキスをした。二回目の口づけである。

先ほどよりも激しいキスは俺の口内を弄ぶかのようにかき乱していく。


・・・・・・ああ。

そうか。チヨは俺がいなくなると寂しいのか・・・・・・

それは、あまりにもかわいそうだ。


俺が八咫烏に入る時だってチヨは泣きながら俺のことを止めてくれていた。

なのに、俺は俺にしかできないことのために戦場に立って。

俺はチヨの事、結局何も考えられていなかったんだ。


「ごめんな・・・・・・チヨ」


「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい。もう我慢できない・・・・・・大好きです、アルトさん」

ならば受け入れてあげないと。せめて今日だけは。

俺の心と体をすべて、チヨの思うがままにさせてあげよう。


「アルトさん・・・・・・」

俺たちは身体を合わせ、そして・・・・・・

俺はこの日、初めて女を知った。


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