第20話 家族
家族
家族とはこの世界に生まれてきた子どもが初めて手に入れる居場所である。
『家族は社会構造を知るためのもの』なんて難しく捉える考え方もあるようだが、いちいちそんな堅苦しく考える必要はないと私は感じている。
だって、家族というものは温かくて、大切で、自分の帰る場所だから。
でも、その場所が不安定だったり、冷たい場所だったら・・・・・・その子どもは一体何を自分のよりどころにするのだろうか。
人間は常に自分の居場所を追い求める存在だ。居場所こそが自分を確立させるための大きな要因だ。その居場所の性質によって人間の根幹にある生き方や考え方も私は変わって食うと思っている。
二度家族を失った私が、再び家族を失った時に感じた寂寞と悲壮、そして憤慨はきっと自分というものがわからなくなってしまったからなのだろう。
しかし、私は家族・・・・・・血のつながりこそないけれど新しい家族を再び見つけることができた。
嬉しかった。守りたいと思った。3度も失いたくないから。
だけど、きっと私は恐れすぎたのだ。喪失を、誰もいない静寂な場所を・・・・・・
一瞬、旦那が何を言っているのかがわからなかった。
五代がいなくなる?
「なっ、なんでだよ!?いくら何でも急すぎるだろ!」
まだ別れの言葉も言っていないし、事が速すぎて何が何だかわからない。
さっきで伏せていた飛月も顔を上げて驚愕の表情をしている。
「以前、政府が紫陽花病に関することを公表しただろう。それは明らかに罠だった。何者かがすでに政府中枢に入り込み、わざと表沙汰にさせて国民をパニックにさせた。今ではデマさえも広がっている」
「デマって?」
「そうだな、粉物は食うなとか。紫陽花から出ているからすべて燃やせとか。根拠のない事を言い始めたのだ」
ひ、ひどすぎる。言いがかりも良いところだ。
「いずれ公表はされるだろうからそれはいい。だが問題はそのあとだ。政府はその紫陽花病と共にこの国の神、すなわち龍の情報をも解禁したのだ」
「は!?わけわっかんね。何で龍の存在をみんなに流したんだよ」
「そして、その力を持つものがいるということも流し始めた。選ばれた存在がいるということをだ」
「じゃあ、何か!?俺の存在が明るみになったってことか!?他の国が黙ってはいないだろう!?」
「いや、アルトの存在はいまだに秘匿情報だ。政府外には一切漏れ出ていない。政府は紫陽花病への恐怖心と共に、救いの存在である選ばれた人たちの存在を表に出した。
しかし、一般的には化物の存在なども公表されていない。これ以上不安を煽ると一気に国家の存亡が危うくなるからだろう。
だが事実、戦う相手は化物だ。あの五代でさえ不意打ちでは命が危なかったほどのやつだ。適合率が高いとはいえども戦いの素人がまともに真正面から戦えば確実に殺されるだろう」
「・・・・・・ふざけてやがる!」
「ああ。やつらは、間違いなく徹底的にこの国を潰すつもりだ。獣と紫陽花病を使って。適合率の高い人間とこの星の抑止力を」
「なんだよ・・・・・・それ。紫陽花病をまき散らして、獣で世界を終わらせるってことかよ。この国の政府は何をしているんだよ!」
旦那が深くため息をする。
「政府はな。さっき言った通り乗っ取られたんだよ。かつて存在し、消えたはずの世界政府に。そして公表した。龍之国以外の国はすべて、紫陽花病によって滅亡したとな」
ま、マジかよ・・・・・・
「な、なんでだよ。世界政府が獣とか紫陽花病を操ってるみたいじゃんか」
「可能性はあるな。そして、その選ばれた4名のうちの一人が、五代だ。顔も指名も公表され、国民からは印象操作により英雄とさえ呼ばれている。彼らは間違いなくひどい目に遭う。俺はそう思って昨日の夜のうちに政府に駆け込んだが、事は遅かった。
やつらの狙いはその選ばれたものを世間に晒し、それを完膚なきまでに叩き潰し、この国中に恐怖をまき散らすことだろう。とうとう、チヨ君が解読してくれた神託通りになってきたな」
やはりあの神託は実際になってきたのか。
『星、太古の時代から狙われているぞ。よく周りを見ておけ。食われる人多いぞ。恐怖に駆られ過ぎるなよ。食われるのは体とは限らないぞ。心もやつらは食らうぞ』・・・・・・だったかな。
一体何がしたいんだ?やつらは。
「それで今五代は!?」
「部屋で恐らく荷造りをしている」
「わかったすぐに行く!飛月!飛月?」
机に座っている飛月が冷や汗をかいている。
それはどこか何かを怖がっているような恐れているそうな。
「大丈夫か飛月。五代なら心配いらないって。あいつは何回も俺たちと戦場に行って無事に生きているんだ。これからも大丈夫だろう」
「あ、ああ。そうだな」
ますます様子がおかしい。
何かをこれから失うような・・・・・・それを予期するかのような雰囲気が飛月からこぼれだしている。
「どうした、飛月?さっきの選ばれた人たちの話のことか?俺たち以外の人を巻き込むのは本当は嫌だし、やってほしくないけど、俺たちにはどうすることもできないんだ。この国の誰かが選ばれてしまう。もしかしたら俺の身近な人かもしれないし、飛月の知っている人かもしれない。だから、その人たちができる限り戦わないようにするために俺たちもこれから頑張らないとな」
「・・・・・・!」
「じゃあ、行こうぜ飛月!五代が行っちまうよ!」
「そうだな。行こう」
俺たちは会議室から走って飛び出していった。
「まだいるといいが」
寮へ向かっている最中。エレベーターが降りてくるのがやけに遅く感じた。
俺が急いでいるからだろうか。
「なあアルト」
「どうした飛月?」
飛月が不安そうな表情を浮かべる。
先ほどとは違った雰囲気だ。
「アルト、お前。どこまで知っているんだ?」
「えっ?なんの話だ?」
「いや、いいんだ。知らないならな」
飛月のやつどうかしてしまったのだろうか?さっきの旦那の話を聞いてからどこか様子がおかしいままだ。
だけど、今はそれよりも五代が行ってしまう。
せめて見送らないと!
俺と飛月は急いでエレベーターに乗って寮へ急ぐのだった。
「五代!」
俺と飛月は五代の部屋に入る。
「おお。アルトに飛月じゃないか。どうしたんだ?」
五代はリビングにいた。その周りには二つほど大きなバックがあった。どうやら荷造りをちょうど終えた頃のようだ。
「どうしたかってお前・・・・・・」
「その感じだと、聞いたようだな。私がここを去ることを」
「ああ・・・・・・」
五代は少し寂しそうな顔をする。
「急な話だった。国からの要請だ。本当は素直に聞きたくなんかないが、この組織はもともと政府から見れば厄介な存在だ。協力関係といえどもな。今となっては政府の中枢にも何かが潜り込んでいる可能性もあるし、これ以上関係性に日々を入れるような真似をすればここもただでは済まされないだろう。だから・・・・・・」
「自分が行くと。それでいいのか?」
「ああ、二人とも止めてくれるな。勿論これだけが理由ではない。この力に選ばれ、いろんな人を守ることができるようになった。私は言われたから行ったり、やるんじゃない。自分で選んでここを去り、新たな戦場で戦うのだ。化物が出てきてからは動揺することが多くてあまり二人には頼もしい姿を見せることはできなかったが、龍女の部隊では頑張ってくるよ」
五代は荷物を担いで部屋を出ようとする。
「なあ、五代」
飛月が五代を止める。
「なんだ?」
「五代の入る部隊のメンバーに、俺と同い年の金髪の女の子はいるか?」
金髪の女の子?
飛月がそんなチャラい子とお知り合いなのか?
おまけに15歳で金髪ってマセてるなあ。
「えーと、ああいるぞ。確か名前は」
「いや、もういい。大丈夫だ・・・・・・」
名前を言おうとする五代を飛月が遮った。今の会話は一体何だったんだ?
「それがどうかしたのか飛月」
「・・・・・・いや、なんでもない。止めてすまない」
「ああ、構わないが。私は一応これから本部に戻り、みんなに挨拶をしてからここを去るつもりだ。私はそこでみんなにさることを話そうと思っていたのだが」
「そ、そうだったのか・・・・・・」
それもそのはずだ。
五代は無言でそこかに行ってしまうほど薄情なやつではない。
短い付き合いだが、そのぐらいはわかる。
「少し早とちりしすぎたみたいだな。旦那からいなくなるって聞いて、いてもたってもいられなくてな」
「なんだ、私がいなくなるのが寂しいか?二人とも?」
何をいまさら。この三人は何回も戦場に行き、戦った間柄だぞ。
「そりゃ寂しいに決まってるだろ」
「何当たり前な事言ってるんだよ」
俺の後に続いて飛月も同じような反応をする。
「そうか・・・・・・私もいなくなって寂しいと思われるような人間になれたのだな」
そう言った五代の顔は寂しそうなままではあったが、どこか嬉しそうな顔をしていた。
災害孤児だった。
私は3歳にして災害に巻き込まれ家族を失った。
私を救ってくれた人は身分を明かさず、孤児院に私は預けられることになった。
幼いながら私は現状を把握し、そして期待していた。もしかしたら、お母さんやお父さんが迎えに来てくれるかもって。
・・・・・・しかし、現実は非常だった。
災害から一か月ほどして、迎えに来たのは両親と縁のあったとある組の頭の人。
いわば、ヤクザというものであった。
私は引き取られると共に昔の苗字を名乗ることは無くなり、五代組の組長の苗字から、五代という苗名を授かった。
かなり地域では名の知れた組であったらしく、組員もかなり多い大御所だった。
しかし非道なことはすることなく、他の組からも信頼を寄せられていて縦の関係ではなく、横の関係にもっていくのが得意な組長だった。
私はかなり大切に育てられた。
多種多様な武術、特に空手や剣道に力をおいて私は日々を過ごしていた。
大会がある日は組員ほぼ総出で応援に来て少し恥ずかしかったことも覚えている。
小学校にも通い、中学校にも普通に通った。
どこにでもいる普通の子どもだった。
しかし、15歳になりあることが告げられる。
組長とその奥さん、父と母は12年前の災害で一人娘を失っていた。
私が家族を失ったのと同じ災害。家族を失った私と、娘を失った彼ら。
そういった悲しい縁によって築き上げられた家族だと、そう告げられた。
父親や母親らしいことはできていただろうか。
私たちの自己満足になっていなかっただろうかと、12年間二人がため込んでいたことを吐き出された。
私は、どう反応していいかわからなかった。私は私として見られていなかったのだろうか。
その愛情は私に向けられてはおらず、死んだ娘の代わりであった私にむけられたものであったのか。
そんなわけないと今なら言える。
だが、当時の私は自分の情緒に流され、何も言えず、ただその場を去った。
その日は友達の家に泊まらせてもらって、次の日の夜に組に帰ることにした。
・・・・・・次の日の夜、帰ると組は崩壊していた。正しくは、ほぼ跡形も残っていなかった。
燃え切った家、跡形もなく散ってしまった居場所は、私を唖然とさせた。
生き残った組の幹部から聞いた情報だと、両親はある物を持っていてそれを政府機関が奪いに来たということだった。
元々政府機関からの要請に断り続けてきたため、私の知らないところで相当もめていたらしい。
そして私は、その生き残った幹部は父の遺言と赤い玉、節目である15歳の誕生日に父と母が送ろうとしていた逞しくも美しい太刀を私に渡した。
・・・・・・私は後悔した。何もできなかった。
またしてもだ。3歳の少女なら仕方がない。
だが私は15歳だ。
もう働ける歳でもあり、自立もできる年齢だ。
それなのに、親の隠し事一つで動揺し、親の愛に疑問をもってしまった。
疑った自分と、私から居場所を奪った政府(やつら)が許せなかった。
後の報道では、他の組での抗争で組員と組長ほとんどが殺害され放火されたということにもなった。
完全に隠蔽されたのだ。
何をやつらが欲していたのかはわからないが、私は我慢ならなかった。
私は堅気ではない。五代組の跡取りの娘だ!
私は国を相手に、生き残った組員と共に戦争を仕掛けた。
訳も分からず、導かれたかのように赤い力を纏って、圧倒的な力を振るって・・・・・・
何人も殺害した。何人も殺された。
私は次第に逃げ場を無くし、国からも顔写真こそ公表されなかったものの、名指しで懸賞金もかけられ、ろくに町に出ることすらかなわなかった。
他の組の人から匿うと言われても、この戦争に巻き込んでしまう。
私は組員たちと災害で空き家になった家で過ごす日々だった。
戦争を初めてから1か月が経過し、組員のおよそ8割が殺害及び拘束された状態。
ほぼ敗戦確定だろう。捕まれば死刑が確定する。
私は血だらけになった太刀とすでに亡くなった幹部から受け取った赤い玉を持ち、再び政府官僚が集まる場所へ行こうとする。
しかし、時は遅かった。
組員たちと昨日から入り込んでいた建物はすでに包囲されていたのだ。
・・・・・・外から男の声がする。投降を促す声だった。
私は組員にとどまるように命令し、太刀を持って部屋の窓から飛び降りた。
目指すは地上。政府の犬どもが群がる場所へ。
私は太刀を声の主の方へ振り下ろした。
いつものように殺した。
血しぶきが舞い、その鮮血は私と美しい太刀をその色に染める。
・・・・・・はずだった。
振り下ろした太刀は男の右手の指一本に抑え込まれていた。
「・・・・・・え?」
獅子のような黄金の髪。威圧感で身震いしてしまいそうなその気力。
その男は抑え込んだ方とは逆の手を私の顔の手前にもってきた。
その瞬間、私は吹っ飛ばされた。
体も意識も・・・・・・
私はその瞬間に見たのは私を吹き飛ばした男とそのそばにいた長髪の男の二人だけ。
そうだ、私は勘違いをしていたのだ。
この建物は包囲などされていなかった。
たった二人の男の気配が、まるで数多の人間が攻めてきたと思わせるほどのプレッシャーを私に与えていたんだ。
勝手に勘違いして、勝手に騙され、無惨に散った。
・・・・・・終戦はあっという間なものであった。
その後、政府機関による裁きは下されるものかと思ったら何事もなく、私は二人の男から組員共々勧誘され、この組織に所属することになったものの、最初は政府機関の一部だと聞かされていたので、内部工作などを図ったが悉く失敗し、それでも彼らは私に優しく接してくれたのだ。
そして私は、久々に心を開いた。嬉しかった。喜んだ。
寂しくなくなったのだ。自分がいてもいい場所を与えられたのだ。
守りたいと思った。もう失わないために。
だから私は組員の意見を押し切って、『戦闘員』としてこの組織にいることを善しとしたのだ。
だが内部工作の腕を買われたのか、同時に様々な情報を管理する仕事にも携わることになったのだ。
勿論、不用意な情報のアクセスはしない。せっかくもらった信頼を裏切りたくはなかったからだ。
だが、たまたまだった。そう、本当に・・・・・・その日はたまたま魔が差してしまったのだ。
私はあることを調べ、そして知ったことが二つ・・・・・・
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