楽園の創造者たち(パラダイス・クリエイターズ)

トミー尾杉

第1話 邂逅

邂逅


大地が揺れ、街が燃えていく。

一瞬であった。すべてが崩れていった。家も、家族も、思い出もすべて塵に還った。

その瞬間、少年の心は麻痺した。

それらを失うという現実に、少年の幼い心は追いつくことができなかった。対応しきれなかったのだ。

少年は幸せだった。母親がいて、父親がいて、妹がいた。

母親の腕の中で抱きしめられ、父親に肩車してもらい、妹とテレビの番組を取り合ったり・・・・・・

何気ない日常の中で、少年は生まれてからの5年間を愛情と共に生きてきた。


だが、それはもうない。

全てが燃え尽きたのだ。

一瞬であった。すべてが奪われたのは。

家の瓦礫に押しつぶされそうになるのを母親がかばい、難を逃れたが、次第に母親も力なく少年に倒れ込んでしまった。

感覚は、今となっても覚えている。

肌を燃やすような熱。それとは対照的に冷めていく自分の心。伝ってくる生温かい赤い液体。

泣きたくても泣けない。状況が理解できない。

暗くて、辛くて、しんどいのに泣けない。

泣いてしまったらこの現実を認めてしまうからなのだろうか?少年はそれが嫌だったのだろうか?

もう記憶が消えてしまったのでその時の思いは定かにはできなかった。


助けてほしい。生きたい。

死を迎えそうになる生物はこんなことを思うのだろうか?

少なくとも少年はそんなことを思っていたに違いない。

でなければ、そんな奇跡は起こることはなかった。

少年は救われたのだ。燃え盛る街の中からあとわずかというところで救われたのだ。

男は泣きながら、そして謝りながら俺のことを抱きしめた。

その瞬間から、少年は新しい人生を歩んでいくこととなった。

新しい家族、新しい名前、そして・・・・・・新しい運命と共に


2025年   7月5日

自己、つまり個人を確立するには一体どのような要素が必要なのだろうか?

人間を人間とたらしめるためには、まずは個人という在り方を追求する必要があると思っている。

個人、それはかつて存在し得なかった概念。文明を築き、社会を構成した我々は集団の中で生きることを強制された。


確かに生き残るためならば、動物である我々は個人の在り方を捨ててでもいいだろう。

だが、それでは生き残ることはできても生きにくいではないだろうか。

何千年もの文明という鎖の中で人間は縛られ、個人の意見を通すことは難航を極めたであろう。

集団の中の1になる。果たしてこれは人間を人間として扱われているのだろうか?

村で生きるために、国で生きるために個人であることを捨てなければならなかったのが人類の歴史なのだ。


しかし時は流れ現代、人間は個人で生きる権利を得ることができた。

憲法上でも『人間』ではなく『個人』と記載されている。

世界大戦を終えてようやく、個人というものを手に入れたのだ。

だが、学校や社会はそれらをまるで容認しないかのような生活を強要した。

同じことを同じようにやる。

同じ授業を受けて、同じ宿題をやらせて、同じ意志を持たせる。

俺にはそれが苦痛だった。

皆ができて当たり前、できなければ劣等として扱われる。

少なくとも俺はそんな環境が嫌で嫌で仕方なかった。

何故同じことをしなければいけないのか、社会に出た後に歯車の一部として生きることを俺は教えられているようで学校は辛かった。

その洗脳に近い教育のおかげで今の人間たちは社会的な強制を強制とさえ思うことなく生きているようにも俺は思えてならない。

大人たちはどんな心境なのだろうか。その現実をどう思い、どう受け止めているのだろうか。

きっと諦めてしまった人たちが多いのだろう。

そうやって個人であることを諦めるように教育されてきたから。

そんな多数決的社会の中で生きるのが不安すぎた。


俺が不安なんだ。他の人たちも不安であることに違いない。

だが、現代で生きやすくするためにはには昔と同じように集団の中にいた方がいい。

あまりにも我が強すぎるとかつての俺みたいなことになりかねない。

しかし、自己を確立しなければ果たしてその人間は人間なのだろうか?

そんな中で果たして自己というものを確立できるのだろうか。

精神論になってしまうけど、自己を保つためには自分が自分であるということを自分自身に言い聞かせるというのが一番手っ取り早い気がする。


そして、そのうえで自分らしい事を追求する、例えば趣味だとか学校や職場を超えた人との繋がりとか。

そういったものを作ればきっと学校や職場という社会の中で歯車として機能する羽目になる自分と自己である自分を自分の中で統合できるのではないだろうか?

こういったことに関してはまだ結論がつかない・・・・・・

いや、人類が生きていく上ではこの問題は永遠に答えがないのだろう。

・・・・・・


「ふう、書き終わった」


「何やってるんですか?アルトさん?」


「うわっ!びっくりした!」

突然背後から話しかけられ、ついびくっとしてしまう。

部屋の扉が開いたことに気づいていなかったようだ。

ノートに書いている最中だったら間違いなくミミズが走ったような筆跡ができていたに違いない。


「朝ごはん、できましたよ」


「ああ、そっか。もうそんな時間か。ありがとな、チヨ」


「いえいえ。じゃあ行きましょうか」

俺はペンを置き、ノートを閉じて自室からリビングに向かうのだった。


リビングに着くと、テーブルにはチヨが作ってくれた朝ごはんが置いてあった。

どうやら今日は、鮭の塩焼きとキャベツの千切り、みそ汁とご飯のようだ。


「「いただきます」」

そういって二人で朝ごはんを食べ始める。


「みそ汁のお味の方はどうですか?」

とチヨがワクワクしたような顔で聞いてくる。


「すごくおいしいよ。俺好みの薄味でとても食べやすいよ」


「えへへ、よかったです。いつもアルトさんはおいしいって言って食べてくれるから作り甲斐があります!」

そういって笑顔になる。

桜田千世。薄い栗色の髪は少しウェーブがかかっていて、赤茶色の瞳を持つ笑顔がとても似合うかわいらしい子だ。

基本、家での様子しか俺は知らないが、明るく、家の家事を一生懸命してくれている。

俺がやらなくていいよとか、手伝うよとか言わない限り、自分でなんでもやってしまう子だ。

それでいて、俺が自室にこもったり、一人で作業をしているとよく近づいてきたり、様子を見に来ては周りをウロチョロするのだ。

その容姿と行動が相まって時々子犬を彷彿させるが、本人に言うとプリプリと怒りだすのであまり言わないようにしている。

決して落ち着きのない子ではない。多動ということでもない。

チヨが俺のことを気にしている・・・・・・のかもしれないが、それが正しいのであればチヨの行動には心当たりがありすぎるが


「それで」

と、考え事をしていたらチヨが話しかけてくる。


「さっきは部屋で何をしていたんですか?何か書いてたみたいですけど?」


「ああ、あれは、前に繋一(けいいち)さんに言われてたことをやってたんだよ?覚えてるか、チヨ?なんでもいいから思ったことを記録として残しておけ。いずれ振り返って時にその頃の自分はそんなこと思ってたんだって思えたりするって」

そういうと、ああっと思い出したかのように


「そういえば、繋一さん、そんなこと仰っていましたね。それで、どんなことを書いていたんですか?」


「えっ?」

それ聞いちゃうか・・・・・・

言えない・・・・・・

いつもの印象とはかけ離れ過ぎている。自己の確立とか俺らしくない。

確かに考えている事ではあったがそこまでウィットに富んだ文章を書けた気がしない。

それに久々に書いた理由が、昨日の夜に見たテレビのニュースで労働者が鬱で自死したというもので少し思うところがあったからだ。

チヨの精神衛生上、『死』というものはあまりよくない。

昔を思い出させるようなことは言わぬが花であろう。


「いや、まあ、日記みたいなもんだよ。たいしたこと書いてないよ」


「・・・・・・そうですか、少し気になったんだけどなあ」

少し残念そうな顔をするチヨを横目に俺は朝ごはんを口に入れるだった。


「繋一さん、今頃、どこで何をしているのでしょうか?」


「わからないよなあ・・・・・・元々探検家だったらしいし、またどこかに旅にでも出たんじゃないかな?」

そう、2年程前に、義理の親である立花繋一は突然姿を消したのだ。

何も言わずに。

俺を災害から救い、俺とチヨの面倒を見てくれていたお人よしな人だ。

探検家でありながら15年前の災害以降、家を建てて、俺のためにずっとここに居座り続けてくれたのだ。

そろそろ自由にしてあげたい。

多分それが、俺にとっての最大限の、彼に対する恩返しだと思っている。

そこから、お互いに今日は何時に起きたのかとか、今日のスケジュールとかの話をしていくうちに二人とも朝ごはんを食べ終わっていた。


「じゃあ、行ってきますね。アルトさん。」


「ああ、行ってらっしゃい。気を付けてな」

チヨは今年で15歳。義務教育最後の歳である。

中学を卒業したら、働かないといけなくなってしまう。

昔は高校という、中学よりも難易度の高いところで勉強できる施設があり、受験といったシステムの得点で割り振られた偏差値というものを元にして選んでいくことができた。

今は15歳を過ぎると多くの人が働きに出る。高校に行くのは本当に一部の富裕層だけになってしまった。

おかげで世間では格差というものが広がっていく一方のようだが、別に俺は何とも思っていない。

勿論強がりなんかではない。勉強できるかどうかというものが人の良し悪しの判断材料なんぞになるわけがないからだ。

15年前から、頻繁に起きている災害のせいで人々は金銭が著しくなくなってしまい、金銭に頼る生き方重視の世界がだんだん崩れ始めていった。

なので、主に食料の生成や物流関係の仕事が多い。

しかしそれらを未だに見下してくる輩も多く肩身の狭い印象が強いが、まあ人は人だろう。そこに焦点を当てて、悲観的になるんだったら、女の子のこと考えてた方が幸せだ!なんて俺は思っている。

そんなこともあって俺が10歳の頃、つまり10年前から高校、大学教育の授業料が跳ね上がり高校進学率は30%、大学進学率は10%代となっているのだ。

探検家で様々なものを見つけてきた繋一さんのおかげで生活は成り立っていたものの俺が高校に行くと生活が困窮しそうだったので俺とチヨは高校には進学せずに働くこととなった。

高校に行かないといった時には繋一さん怒ってたなあ。


「金ならある!自分の可能性を広げるために行ってこい!」

そんなことも言ってくれたっけ。

本当は、この生活を続けることが限界だったのに、無理していかせてくれようとしてくれたことがわかっていたから俺が行かない!と頑固になってたら、折れて泣きながらすまない、すまないって言ってたのも覚えている。

俺がそのことを把握してての行かないという意志の表明だったことをわかってたのかもしれない。

扉がバタンと閉まり、チヨは行ってしまった。

一人、残されて少し寂しくなったのは多分気のせいだろう。


「さて、俺も行きますかね・・・・・・と」

服を着替えて歯を磨いた後、俺も家のドアのカギを閉めて家を出た。


午前9時、俺は家の近くにある畑に来ていた。そこが俺の働いている場所だ。

昔、たくさんの建物があった場所はいまとなっては広大な農地へとジョブチェンジしている。

ここに昔から住んでいるので、その様変わりを良く知っている。

畑には多くの作物がいっぱいできていたり、蔓や葉が生い茂っているせいか、遠くから見るとまるで、緑の海のようである。


「おお!アルトくん!来てくれたか!」


「村田さん!遅くなって申し訳ないです!」

一応、時間通りではあるが、普段は15分前にはついているのでいつもより遅めだ。

チヨと朝ごはんを食べているときに話過ぎたかもしれない。

ちなみに、チヨの中学校の朝のホームルームは8時50分からのようだ。

この畑よりも近いので、まあ遅刻することはないだろう。


「なあに、いいってことよ。いつも手伝ってくれてありがとね。」

村田さんは気さくな人だ。いつも笑顔で、いっしょにいるとこちらもつい笑顔になってしまう。


「あら、アルト君。来てくれたんだ。ありがとうねえ」

そういって迎えてくれたのは村田さんの奥さんだ。

この人は明るいがどこか高貴な雰囲気が伝わってくる。

二人とも歳は60代後半の夫婦だ。

以前に繋一さんがこの村田夫妻と何かご縁があったらしく、それもあって俺はここで働かせてもらっている。


「さあ、今日はシーズン最後のそら豆の収穫を中心に、オクラや茄子、キュウリの面倒を見ていくよ!」


「「「はい!」」」

集まった人たちで返事をして、グループごとに作業を始める。

村田夫妻が担当している畑は主に4月から9月にかけての作物、特に野菜が中心だ。

ここで働いている人たちによって育てられた作物はここら一帯の食卓に届くようになっている。全国的にもまあまあ有名で、届けてほしいという要望の声もちらほら聴くことがある。


「今月の俺の担当はどこかなっと・・・・・・」

一か月ごとの担当が書かれている掲示板に自分の名前が書いてあるところを探していると。


「おい、立花」

後ろからポンっと肩をたたかれながら名前を呼ばれる。


「おお!市川じゃんか!どうした?」

市川、俺の古い友人の一人。体格はガシッとしていて、主に力仕事を担当している。

市川はニヤッとしながら俺に言うのだ。


「お前の担当する場所、俺たちと同じ、そら豆のところだぜ」


「おお!マジか!お前らと一緒ならしゃべりながらできていいや」

それならば好都合だ。ダチが一緒ならば虚無な収穫作業中も退屈しなくて済む。俺と市川はそら豆の畑へと向かっていった。


「んだよおせーよおめーら」

そういってそら豆畑で俺と市川を出迎えたのは井出だ。

手先が器用で、収穫の速度は俺たちのグループの中では一番早い。


「まーたさぼりかよ。勘弁してくれよもう」

呆れた顔をしつつ、作業している手を緩めないのは上下(かみしも)だ。

こいつは出荷できるような作物かどうかや虫が食べた後がないかの確認する速度が異常なほど早い。


「まあ、いいんじゃないの、知らんけど」

俺は関係ありませんといわんばかりに作業しながら話かけてくるのは高田だ。

こいつは何と高校にまで行ったすごい奴だ。計算がとても速く、売りに行った際にキロによって価値が決まる作物を瞬時に計算する。

適当に言ってくるやつがいようものなら、真っ先にツッコミを入れてくるこの畑イチの計算王だ。

今時眼鏡をしてる奴なんてあんまり見かけない。めっちゃ頭いいんだよなこいつ!

コイツもまた、俺と同じように高校進学を諦め、働きに出た一人だ。

少し知識のマウントをとってくるのと寡黙なのがあるけども。


「うるせーなあ。おれに関してはいちどもさぼったことないだろうが」

市川が答える。


「俺もだってねえよ」

俺もすぐさま答える。過去の改悪は良くないことだ。


「さあてね」

なんて井出が言ってくるがスルーして作業を開始する。

・・・・・・俺たちはよく話していてよくわからない会話がある。


「そら豆には苦労したもんだよなあ」

上下が収穫する手を止めて俺たちに昔の出来事を話始める。


「だな、4月とか5月ごろのアブラムシがひでーのなんの」

顔をしかめながら市川も会話に参加する。


「しかし、もう収穫の季節だもんな。なんかあっという間だよなあ。」

俺も昔、というよりも数か月前のことだがかなり昔のことのように話す。


「ああ、年は取りたくないもんだよなあ、時間の流れが速くて仕方がない」

おまえは老人かというツッコミを入れたくなったが、収穫しようとしたそら豆を落としそうになったのでツッコめなかった。


「こういう現象ってなんていうんだっけ?時間の流れが、年を取るたびに早くなる~、あれだよあれ」

頭の中にあるものを絞り出すように上下が声を出す。


「シミュラクラ現象じゃなかったっけ?」

高田が返す。全員がうーんとうなる。


「それってなんか、壁のシミとかが顔に見えるやつじゃなかったっけ?」

思い出したので俺が言うとあ、そうだと全員が納得した反応を見せる。


「おやおや、高田君?君のご立派な知識はどこに行っちゃったのかなぁ?俺ごときに負けて恥ずかしくないのかなぁ?」

いつものように煽ってみる。

俺らは誰かがヘマしたり失言したら誰かしらあおりを入れるのが主流になっている。

傍から見れば嫌な光景かもしれないが、俺たちの仲では一種のコミュニケーションと化しているのだ。


「いや、全然、第一に僕は理系だからね。言葉なんてのは別にどうだっていいんだよ」

若干早口に返してくる高田。


「あ~いえいえ、全然、俺たちは気にしてないんで~そんなに必死にならなくて大丈夫ですよ高田氏~」

ニヤつきながら市川はいう。


「そうですよ~高田氏~」

上下も乗ってくる。


「あれ~でも~高田氏~いつもノリノリで言ってきてどや顔してくるのに~今日はどうしたん?具合わるいんか?」

井出が乗ってきた。勿論心配をしているわけではない。煽っているのだ。

こんなに全員が煽りに乗ることは珍しい。稀にしか見ない光景だ。

そうやって煽り続けていると、若干高田が涙目になってきた。


「「「あ~あ。泣~かした」」」

俺以外の三人が俺に冷たい目を向ける。


「って、俺だけかよ!言い出しっぺは俺だけど乗ったお前らもお前らじゃねーかよ!」

という感じで、今日もギャーギャー騒ぎながら作業をしているうちにお昼の時間が近ずいてきた。


「てかよ」

市川が俺たちの騒ぎに水を差す。ありがたい水差しである。


「言いたいことはわかる」

そう俺が返すと全員で・・・・・・


「「「「「今日暑すぎね?」」」」」

それもそのはず、今は7月である。

桜を見れたあの涼しくも・・・・・・まあここ数年はかなり暖かめだけど儚い春が過ぎ去り、鬱陶しく、全身にキノコが生えそうなぐらいジメジメした梅雨と夏特有の暑さと戦いながら、俺たちは農作業を続けていると


「おーいみんな!今日は此処までにしよう!」

そういってこちらに来たのは村田さんだった。

「あれ?今日って17時までじゃありませんか?まだ・・・・・・」

上下が高田のほうに目線を向けると高田が手首につけている時計を確認する。


「12時前だね」


「いやー実はね」

村田さんはそういって肩に掛けていたラジオの音量を上げてくれた。

そこから聞こえたのは


『今朝より続いている猛暑ですが、本日の14時以降から急激に変化し、全国的に40度を上回ることがあります。各地域の方々は、厳重な対策と不用意な外出はお控えいただくようにお願い致します』


「ということです。まあでも、そら豆の収穫の方はほとんど終わっているようだし、みんなが倒れちゃうよりはいいかなって思ってね」


「そうですか。了解しました!」

井出が額の汗をタオルで拭きながら応対する。


「せっかくだから昼はうちで食べていかないか?いっぱい野菜とか果物あるよ?女房もそういってくれてるからさ」

優しすぎないか?村田夫妻。


「え?いいんですか?ぜひ行きます」

そうすぐさま反応する市川。


「「「「お前は少しは遠慮しろ」」」」

俺たち皆で返す。市川は食事の量がすごく多いのだ。昔までまあまあ太っていたが頑張って運動して痩せたと言っていた。

その場面を見て村田さんはニコッと微笑む。


「みんなやっぱり中が良いね。中学校の頃から一緒なんだっけ?」


「そうなんですよ!いつの間にか古き良き友人になっていましてね」


「「「「友達だと思ってるのお前だけだよ」」」」


「おい!ひねくれ者ども!!!!」

といったように俺たちはまあまあどころか、かなり付き合いが長い。

一年の頃に全員同じクラスで、アニメやラノベの話で盛り上がったのが始まりだった。

よく、昼休みになった瞬間に全員で購買部に走ったり、ファミレスで誰かがトイレ行っている最中に水の中にコーヒーのシロップ入れて飲ませた反応を楽しんだりと、まあ、学生らしいやんちゃはあった。

卒業してからは、全員ここで働かせてもらうこととなり、村田夫妻にはとてもお世話になっている。


「じゃあ、戻ろうか」

そう村田さんが言うと皆ではーいと返事をして一緒に戻る。


「しかしなあ」

市川がしばらく続いた沈黙を破った。


「40度は高すぎないか?これも温暖化ってやつかな?」


「さあ、どうだろうね、知らんけど」

いつもの口調と共に返す高田。

最近、知らんけどが口癖になってるのかよ。かっこいいとでも思ってるの。とかうるせーよ。という声に、俺は反応することなく、今朝書いていた自分の文章を思い出していた。


「あ、そういえばさ」

ふと思い出したかのように上下が言う。


「なんか3年ぐらい前まで氷の大陸が溶けてきてて海外の島が沈んだこととかニュースになってたけど最近全然聞かないよな」


「あ、確かにな」


「それだけじゃ無くね?今となっては海外の情報さえも全然入ってきてないじゃんか」

市川が不思議そうに俺たちの反応に返答する。


「あれか、検閲ってやつ?でもそうだとしてもなんでそんなことをする必要があるのか。」

井出も疑問に満ちた声を出す。


「何か外であったのかもしれない。だけど、何も情報がないんだったらすべて推測の域を出ることはないね。知らんけど。もしかしたら、ここ以外全部滅んでたりして」

高田が相変わらずの口癖とともにトンデモない事をサラッと言いやがった。


・・・・・・まあ、そんなことはありえないだろう。

海外は広い。そんな簡単に滅びるわけがない。

少なくとも、どこかの国が亡くなりでもすれば絶対に報道が入るはずだ。

何せこの国は輸入を主軸とした産業であるからだ。海外が滅んでしまったら数年で生活がままならなくなる。

それに、いろんな人が海外にはいる。この国よりもまた別の生き方や価値観を持った人たちがいるに違いない。


できれば行ってみたいものだ。

新しい人間としての在り方というものを見つけられるかもしれない。おまけにそんな人たちがいなくなってしまうだなんて人類の損失だ。

人の命は思い。勿論他の動物もだけど、俺は人間が好きなのだ。

いろんなことを考えて、行動して、思って、進化していく。

そんな生物を消してしまうのは、あまりにももったいない気がしてならない。

昼ごはんの時も誰が何を食べるのかとか、残り物のじゃんけんとかで騒がしくなってしまった。

既に全員20歳になっているのにこの有り様である。


しかし、下手に大人ぶった言動をしているよりは、素で子どもらしく振舞えるあの環境に、俺は居心地の良さを感じてしまう。

そんなやかましくて、いい年した男たちを前に村田夫妻はずっと楽しそうな顔を浮かべていた。

聞いた話によれば、村田夫妻は子宝に恵まれることがなかったという。

もしかしたら、俺たちのことを子どものように大切にしてくれてるのかもしれない。

しかし、俺としてはどうしてもあの包み込むような温かさには、親ではなく祖父母の家に遊びに行った孫の感覚のようなものを覚えてしまう。

どちらにせよ、俺は人との縁に関して言えばとても良い星の下で生まれてきたに違いない。

そんなことを思いながら俺は、やかましいほど愛すべきダチ公と、温かな雰囲気をまとった夫妻の畑を後にして岐路に着いた。


14時30分

自宅には30分ほど前に帰ってきて、俺は日課である筋トレをしていた。

基本はネットに上がっている特定の部位を鍛える動画を見ながらの自重のトレーニングを主に行っている。

本来は、女の子たちにモテるには、やっぱり筋肉っしょ!なんて、バカども(友達たち)と話していたのが始まりで、早くも1年以上継続している。

元から鍛えてはいたものの、時間を増やしたり筋肉の構造についての勉強を始めたのは最近になってからだ。

最初はやり方がまずかったのか、関節が痛くなったりしたものの、下心というものはどうやら痛みをも超越しうるエネルギーが存在するらしい。

結局、今もなお続けているのはあのグループの中では俺ぐらいになってしまった。

もしかしたら、俺が一番下心というものがあるのかもしれない。

身体は1年前よりも引き締まってきていて、腹筋も体脂肪が減ったおかげか、かなりはっきり見え始めている。

前腕も腕の血管が見えてきていたり、二頭筋のコブも、自重のトレーニングながらかなり固く、隆々としてきている。

脚の方も、大腿四頭筋が良い塩梅に出てきていて見るたびに惚れ惚れする。

そして何より、あの汗を流す感覚と、自分で自分を追い込む感じに、俺は極上に近い何かを感じてしまっている。


あれ?おかしいな?

俺ってもともと、女の子にモテるために筋トレをし始めたはずなのに、いつの間にか筋肉をつけることが目的になってしまっているぞ!?

なんて思いながらも俺は淡々とトレーニングメニューを進めていくうちに部屋の温度計を内蔵した時計が示す温度は35度を上回っていた。

それもそのはず、俺の部屋にはエアコンがついていない。

なんでこんな蒸し風呂みたいな中で俺は筋トレなんかしてるんだ。つくづく自分の馬鹿さなのか下心なのかわからないものに苦笑する。

まあ、俺自身がエアコンの風が苦手で長時間でなくとも風にあたりすぎるとすぐお腹を壊したり、具合が悪くなってしまうのでエアコンをつけない方がマシである。

個人的にも寒いより暑い方が好きなので居心地はまあいいが、服が汗を吸収し、肌に張り付く感じは嫌いだ。


「しゃーない。脱いでやるかぁ」

その後俺は服を脱ぎ、全裸で筋トレを再開した。

その後、気分転換にいつもより大きめの音で音楽をつけながら筋トレをしていたら・・・・・・


「アルトさん!音がうるさいですよ!一体なにをして・・・・・・」


どうやら音がうるさかったようだ。チヨが帰ってきたことさえも気づかなかった。

・・・・・・あ、今の格好は


「あ、やべ」

入り口側に身体を向けてスクワットをしていたので俺とチヨが正面を向き合う形になってしまった。

あ、やばいね。すっかりチヨの帰宅時間になっていることを忘れていた。これは見られましたね。

部屋は音楽がながれたままだが、そんなものも耳に入ってきている気もしない。


「あ・・・・・・ああ・・・・・・」

うん、チヨの目線が心なしか下に向いてきていることはきっと気のせいだろう。

うーん、さあ気まずい。きっとこの後気まずくて会話がしにくくなるだろうし、万が一のことも潰さなければならない。

良し、ボケるか。

流石俺だ。頭の回転だけは速い。後は実行するのみ。


「は、初めまして・・・・・・息子です」

そう言って俺はPC筋を使って息子を動かした。


「いやーーーーーーーー!!!!!!!」


「グヘッ!」

チヨは思いっきりバックを俺の顔面に投げつけてきた。

めちゃくちゃ痛い!

バックのチャックが目に入った!


「バカ!変態!最低です!なんてものを見せてくれるんですか!」

チヨは怒りながら俺の部屋を出ていき、バンと音を立てて自分の部屋の扉を閉めてしまった。

うん、これは俺が100%悪い。

とりあえず音楽を止める。身体をタオルで拭いて、さっきまで来ていた服を着てバックを返そうとチヨの部屋の前まで行く。

どうやって謝罪しようかと考えつつ、扉をノックしようとすると中からチヨのため息が聞こえた。


「はあ・・・・・・見ちゃったよー。アルトさんの・・・・・・。いくら何でも、まだ早いよ・・・・・・」

丸聞こえだっつーの。

色々と含みのある言い方をしてくれているようだが、正直な気持ち困ってしまう。

前々からチヨが俺に好意を寄せていたのは知っている。5年も共に過ごしていて好意を寄せられていないことに気づかないほど俺は鈍感でもない。

でも違うんだよチヨ。


君が俺に思ってくれてるその思いは、好きといったものじゃないんだよ。

きっとそのまま勘違いしたら、チヨは俺に想いを馳せたまま人生を棒に振ってしまうかもしれない。

恋愛はあまりにも依存性が高い物なんだ。気持ち次第でモチベーションが一気に上がったり下がったりと精神的な負担が大きくなってしまう。

生活がままならなくならないうちに早くこのことを教えてあげたいけど・・・・・・

俺も今の生活ができなくなるのが怖く感じてしまう。

できることは今のうちに俺への好意が無くなるぐらいまでには好感度を下げて、早くもっといいパートナーを見つけさせることだ。


そうでもしないと、チヨは昔に自分を置いたままになってしまうかもしれない。

変わるしかない。俺がそうしたように・・・・・・

そう思いながら、これ以上チヨの独り言も聞くわけにもいかないので俺はバックを返すのは後にして風呂場に向かった。


16時

トレーニングを終えて、シャワーを浴びて戻ってきた俺は、リビングに来ていたチヨにバックを返して、先ほどの謝罪をする。


「も、もういいですから」

チヨは顔を赤くしてうつむいた。

朝に続き、今日は何かとチヨに悪い事してしまったなあ・・・・・・


「そういえば」


「今日はこの後、行くんですよね?私もついていってもいいですか?」

そう、チヨが急に聞いてきた。


「あれ?俺、どこか行くって言ってたっけか?」

なんか言ってたっけかな?よく覚えていない。


「言ってたじゃないですか?今日は夕方前に孤児院の方に行くって」


「ああ!そうだった!忘れてたぜ!」

そうであった、朝ごはん食べているときに、今日は孤児院の方に顔を出すかなとか言ってたな。

最近忘れがちだなあ。

歳のせいかな?なんて心の中でささやく。


「まーた、歳のせいとかで忘れたって言わないですよね?」

チヨがジロっとこちらを少しにらみながら言ってくる。

どうしてわかったんだこの子は?

まあ、多分俺が何かあると、歳かなという口癖を知っているからだろうなあ。

折角だし、少しからかってみるか。


「ま、まさかチヨ!?」

俺が驚愕したような顔で大きめの声で言うとチヨも同時に驚いた顔をして


「な、なんですか!?」

チヨが返してくる。



「心を読む能力が開花してしまったのか!?こ、こうなってしまったからには一緒に暮らしていくことはできない!俺のチヨに対する思いがばれてしまう!」

俺がそう言うと、チヨはまたしても顔を赤くして


「ち、違いますよ!いつも言ってるじゃないですか!歳のせいとかって!アルトさんは十分若いんですからやめてくださいよ!それにいい歳して、中二病っぽいこと言わないでください!こっちが聞いてて恥ずかしくなってしまいますよ!」

チヨが発言の後にハッと思い出したかのような表情をして、また一段と顔が赤くなり、


「え!?な、なんですか!?俺のチヨへの思いとかって!?そんな、まだ早すぎますよ!」


「何が早すぎるって?」

動揺するチヨとは裏腹に、俺は静かに返してみる


「え、それは・・・・・・」

そう言って顔をしたに向けて何も言わなくなってしまった。

相変わらずかわいい過ぎるなこの子は。からかい甲斐があるってものだ。


「な~んてね。ほら行こうぜ」

俺は切り返して、玄関の方に向かっていく。


「あ!私のこと、からかいましたね!ひどいです!」

チヨは顔を赤くしたまま、涙目で言ってくる。

うーん、歳に似合わない発言をしてみたんだけど・・・・・・今一つか。

しかし、この子の表情の変わりようには俺は関心を超えて、もはや庇護欲のようなものを感じてしまう。

ひたすらに、子犬のようにかわいい。


「ほーら。早くしないとおいていくぞ」


「ま、待ってください!さすがにスカートのままだと嫌なので、ズボンに履き替えてきますから。ちょっと待っててください」


「あ、そうだな。距離もまあまああるし、バイクで行くか」

そう言って俺はチヨの着替えを待ってから、一緒にバイクに乗って孤児院へと向かった。


16時半

「ああ!アルトだ!」

「先生、アルトが来たよ!」

孤児院に着くや否や、子どもたちは俺の方に駆け寄ってくる。


「おお!久しぶりだな!お前たち!元気にしてたか?」

といっていると、子どもたちの中にもみくしゃになってしまった。

そんな光景を見てチヨはにっこりと笑みを浮かべる。

八幡孤児院。ここは15年程前から頻繁に起こる災害で親を亡くし、身寄りがない子どもたちが集められている。

元は、結婚式場だったようでその名残が少し残っている。

それを繋一さんや、村田夫妻をはじめとした地元の人たちが取り壊し予定だった式場を買い上げて、自治体がかなりの資金援助をして成り立っているようだ。

一度、チヨもここに預けられていたので、その縁もあって俺たちはよくこの孤児院に顔を出しに来ている。


「アルト!あれやってよ、お手玉とか~」

小さい男の子が俺にそういってくるので


「よしわかったやろうか!」

頷いて、お手玉をみんなの前で披露する。俺はこういった昔ながらの遊びがとても得意で、よくお手玉をはじめとした、けん玉やメンコ、コマといったもので子どもたちと遊んでいる。

特に我ながらお手玉は得意で、五個までなら見事やり遂げることができる。

それを披露していると、子どもたちからおおー!という歓声が出てきた。

笑顔であふれてくれるこの場所。

皆が楽しんでほしいと思って頑張って練習した成果が出てきてよかった。


「あ!アルトさん!今日もまた来てくださってありがとうございます」


「い、いえいえ~。おれもみんなといると楽しいですし」

母性にあふれたような人がやってきた。

歳は俺よりも上の28歳で独身。

とても笑顔が素敵で、子どもの面倒見がよく、そして美人だ。

それに加えて、あのスタイルの良さ!

首元はすっと細く、一見か弱そうに見えているが、胸元は俺たち男の視線をくぎ付けにさせるがごとく大きい!

しかし、大きいだけではない!形もきれいなのだ!

最近は、暑くなってきていて服を薄着にすることが多くなってきていて、お胸様の形がはっきりみえるようになってきている。

おまけにうっすらとブラジャーの線も見えていて最高!

普段はいているジーパンも本当にパンッパンッという擬音がふさわしい状態だ!

あのジーパンをはいたまましゃがんだりしたらどうなってしまうのだろうか?

ジーパンがかわいそうだ!そこを変われジーパン!俺こそがジーパンだ!

なんて思っていると、右後ろから冷たい視線を感じて、冷や汗をかいてしまう。


「スケベ」

小声でチヨが言ってくる。

はてさて、なんのことやら。

それを見て蓮沼さんは、ほほえましいといわんばかりに笑顔だった。

この人ずっと笑顔だからなあ~。少し何を考えているのかを分からないときがあるのが怖いんだよなあ。


お手玉の披露も終わり、子どもたちといろいろ話していて、ふと気づいたことがあった。


「あれ、成人(なるひと)のやつはどこにいるんですか?」

成人というやつはこの孤児院でも結構長くいる子どもの一人だ。

2,3年程前にこの孤児院にやってきた子だが、なかなかなひねくれ者でみんなと遊んでいる姿を見かけることがない。

先生にもたついていないようで、一人でいることがかなり多い。

中学生活で一人の辛さを知っていた俺はその光景を見て同じ目に遭ってほしくなと勝手に思い、何回も話しかけていたら話をしてくれるようになったのだ。

そんな成人だが、今日孤児院に来てから一度も顔を見ていない。

なので、近くにいるおばさんの従業員にきいてみた。


「あ、成人君ね。あの子、今日もお熱出しちゃって、お布団で寝てるのよ」

あ、そうだった。成人はあまり身体が強くない。

10歳に確か先月ごろなったはずなのだが、いまだに風邪に罹りやすいようだ。


「そうですか。心配ですね。一度挨拶をしたいと思ったのですが」


「あーごめんなさいね。あの子ったら、アルトが来たいって言っても俺の前に連れてこないで。なんて言ってるのよ。昔からどうも頑固なのよね、あの子は。まあ、子どもらしくていいのかな」


「そうでしたか、成人のやつ、昔っから変わらないですね。子どもなのに、いじらしいといいますか。それなのに、誰かが仲間外れにされてたりすると自分から手を差し伸べたりする優しい子ですよね。もっと正直になればいいのに」


本当は優しい子なのだ。ちゃんと見ている人は見ている。

もっと自分を出してもいいんだぞって前にも言ったけど、その時は黙り込んでしまった。

俺と同じ災害孤児だって聞いたけど、ここに来る前になにかあったのかもしれないと考えてそれ以上はこの話を振らないことにした。

俺も災害で生まれてから5年間の記憶を完全になくしている身だから辛いのはよくわかる。

家族の在り方とか、俺も良くわからない。

血のつながり以上の物を俺は繋一さんからもらったからかもしれないな・・・・・・

といった感じでしゃべっていると17時の鐘があたり一帯に鳴り響く。


「さて、そろそろ帰るか」

そう言って俺は子どもたちとままごとをして遊んでいるチヨの下へ向かった。


17時

入り口前まで、子どもたちが見送ってくれている。

皆、いい顔をして笑っているなあ。


「今日はありがとうございました。またお時間があったら来てくださいね。いつでも待っていますから」

蓮沼さんが頭を下げながらお礼を言ってくれた。

うん、頭を下げるともう実ったものが落ちてしまいそうですよ。


「ええ~もちろんですとも~」

なんてヘルメットの中の顔をニヤニヤさせながら言ってると

後ろにしがみついていたチヨがわき腹をひねってくる。

筋トレのおかげで脂肪が減ってつままれる面積も比例して減っては来ているものの地味に痛いからやめてほしい。


「では、また」


「またよろしくお願いします」

俺とチヨは挨拶をして孤児院を後にする。


「夜ご飯何にしましょうか?」

運転中にチヨが話しかけてきた。


「そういえば買い物もしてなかったな。途中のスーパーで買い物していくか」


「じゃあ、夕飯の献立は買い物しながら決めましょう」

少し張り切った返事をしてくれたチヨとともにイボンというショッピングモールへと向かおうとした矢先だった・・・・・・


「な・・・・・・なんですかあれ?」

とチヨが片手を話して右方向に指をさす。


「おいチヨ、運転中に手を離すと危ないぞ!」

普段、チヨがとるはずのない危険な行動をして少し動揺したが、その動揺は大きくなる一方になってしまう。

チヨが震えているのだ。

そう・・・・・・あの時のように。

災害で崩れた神社からチヨを救い出したあの時と同じように。

俺はすぐさま何か起こったのかと思い、まわりに車が来ていないかどうかを見て、バイクを止めた。

そしてチヨが指をさした方向を良く見てみると・・・・・・

空に何か・・・・・・夕日に照らされてるのか、陰になって細かいところまでは見えないが、何かが浮いている。

遠すぎておおきさはよくわからないが、俺たちの身長なんかよりも圧倒的に大きい何か。

音もなく突然現れた何か。

その飛行物体は、歪ながら人の女性の子宮を連想させるような形をしている。


何なんだあれは!?


普段ならばそんなことを思うのだろうが、俺の体は思考をすることなく動いていた。

本能的にやばいと感じた。あまりにも異質で危険だ。

人間は異質なものを遠ざける傾向がある。それは差別的な思想に繋がることもあるが、命を守るための本能なのだと今、この瞬間学んだ。

あの異物は、間違いなく俺たちにとって不都合なものだ!

急いでバイクから降りたチヨの腕をとる!


「逃げるぞ!チヨッ!」

しかし、チヨは両手で自分を駆け込んだまま震えて動けなくなってしまった。

本当は、バイクに乗って逃げたかったが致し方無い。

俺はチヨと走ってその何かから逃げる。

何か後ろで輝いたと思った瞬間、バイクが爆発した。

繋一さんが残してくれたバイク・・・・・・帰ってきたらまた一緒に乗ろうと思ってたんだけどな・・・・・・

いや、今はそんな事を気にしている場合ではない。

逃げている最中に耳障りで、身体の芯から震え上がる人間の深層心理のなかにある恐怖を掻き立てるような音が町中に、鳴り響いた。

国民保護警報だ。本来、テロや戦争による他国からの侵略活動ミサイルや隕石とかが降ってくるという時に発令する警報だ。

これは気を緩めているときに聞けば、身が震えだしそうな音なのだ。


では、あれが他国の兵器か何かだというのか。

いや、ノーだろう。

音もなく突然、空中の高いところにやってくる物質なんてあるだろうか。

俺は高校とかには行っていないものの、本を読んでそういったいわゆる常識というものはわかっているつもりだ。

人間があんなもの作れるわけがない。


『国民保護警報、国民保護警報が発令しました。国民の皆様は、命を確保するために、お近くのシェルターへご避難ください。国民保護警報、国民保護・・・・・』


なんて放送がかかっているが、この国にシェルターなんてものはほとんど用意されていない。

だから、もし何かが起こりサイレンが鳴ったとしても、俺たちのような一般人は死を覚悟することしかできない。

それこそ、都会とかで地下鉄とかがあればそこの駅に逃げ込めばいのちは助かるかもしれない。

だが、ここは昔こそ都会だったものの、今となってはただの農村だ。

逃げ場はない。

そんなことを思っているうちに、スマホの方にも警報が届く。

相変わらず、スマホの方からも気味の悪い、寝てるときに聞こうものならしばらく眠れなくなりそうな音が鳴る。

チヨの手を取り、走りながらになってしまうがスマホを開く。

その警報が出ている地域は・・・・・・


「こ、この国全域だと!?」

ああいうものが全国に来ているのか!?

それともどこに現れるのかわからなかったのか!?

まず第一に、あれは何なんだ!?

そんなことを思っていると警報の内容が少し変わる。


「国民保護警報、これは訓練ではありません・・・これは訓練ではありません・・・

未確認飛行物体が我が国の空領に現れました・・・国民の皆様は・・・・・」

未確認飛行物体だと?

宇宙人が攻めてきたとでもいうのかよ!?

とにかく、震えて黙り込んでしまったチヨの手を取りながらひたすらに走ってそれから逃げる。

しかし、背後から爆発の音が聞こえる。

あれが地上に向けて何らかの攻撃をしてきたんだ。

走る・・・・・・ただひたすら走る。


しかし、あれは光線のようなものを発射して山を壊していく。町にも被害が出るかもしれない。

悲しい、悔しい、けどそれ以上にあの未知なる飛行物体への恐怖の方がおれの心を侵食していく。

だめだ、踏ん張れ。

負に呑み込まれたら確実に死ぬ。

俺だけならまだいい。

けど、チヨを死なせるわけにはいかない。


「もういいですよ、アルトさん」

チヨが足を止めてしまう。もう諦めたと告げるように。


「なんでだよチヨ!」

チヨは俺の目を見ながら気持ちを吐露する。


「だって、アルトさん一人なら逃げ切れるかもしれません!私は今完全にお荷物になってしまっています!だからどうか!」

チヨは腹をくくったような顔と目つきをしている。何でこんな時にそんな顔ができるんだよ!?


「ふざけたことを言うな!」

つい怒鳴りつけてしまった。チヨを怒鳴ったのはこれが初めてかもしれない。いや、他にもあったかな?

チヨが先ほどの覚悟した顔つきから啞然とした顔になってしまう。


「余計なことで覚悟なんざ決めるな!俺はお前に生きていてほしい!その思いは今も昔も変わらない!だから生きることをあきらめないでくれ!!」

俺は久々に出した大声のせいで裏返ったこえになる部分もあったが思ったことを吐露した。


「ごめんなさい。ごめんなさい・・・」

泣き出してしまった。

あーあ、今日はチヨに悪いことばかりしているなと思いながらチヨを抱きしめた。

しかし、それもつかの間の会話に過ぎない。

それは止まることを許してくれない・・・・・・爆音が近づいてくる。

今度はお前らの番だと言わんばかりに。

俺は再びチヨの手を取って逃げる。

逃げる。ひたすら逃げる。

音が近づき、爆音が近づく。

そしてとうとう、俺たちは爆風に吹き飛ばされた。

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうなることは必然、のはずだった。

だが。そうはならなかった。

爆風は俺たちを吹き飛ばすことなく四方へ放散していく。

俺とチヨは黄金の膜のようなものに包まれていた。


「え・・・・・・なんですか、これ・・・・・・」

チヨが膜の中を見渡しながら唖然としていう。俺だって理解できていない。


「わからない・・・・・・だけど助かったみたいだ」

爆風で舞っていた砂埃が晴れ、膜は物音を立てずに消えていった。

何はともあれ助かった・・・・・・と余韻に浸っている場合にも行かない。


「行くぞチヨ!」

俺は急いで再びチヨの左手首を握り、走り出す。

今度ばっかりは、チヨも恐怖よりも先ほどの黄金の膜に意表を突かれたのか、驚きながらもしっかり足は動いていた。

またしても走る。

走って逃げて、つらいけど走った。

だが、まだあの飛行物体からの光線はやまない。

俺たちが先ほどまで走っていた道路のアスファルトが吹き飛んでいく。

俺たちを狙っているのか、それともただただやみくもに打っているのか。

そして後ろを振り返ってみた。

とうとう光線が出るところが俺たちの方に向いた。

次にまた光線が俺たちの近くに撃たれて、さっきのように謎の膜に守られる保証はない!


「・・・・・・!チヨッ!」

せめてチヨだけでもと思い、俺は走る足を止めてチヨの上に覆いかぶさった。

怖い・・・・・・!だけど俺は生きたい!

もっと生きたい!

もっと友達と子どものようにはしゃいで遊びたい!

村田夫妻にもまだ世話になったお礼をしきれていない!

孤児院の子どもたちはどうなる?成人は?みんなのことが心配だ!

まだ童貞なんだ!彼女もできたことがない!

行方の知らない繋一さんだって探さなきゃいけない!

勝手に出ていったことを怒って、それからおいしい物をみんなで食べながら旅の話を聞くんだ!

それに・・・・・・チヨ!

俺は・・・・・・俺は!

お前だけは守らないと!

そして!俺自身も生きないと・・・・・・!

またお前に失う悲しさを味合わせてしまう!

ダメだ!頼む!生きたいんだ!

誰か・・・・・・!誰かッッッッッッ!


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

刹那、すべてが静まり返った。

時がとまったかのような。

それでいて、とても落ち着く。まるで何かに守られているような・・・・・・

すると突然、笛のような音が聞こえてきた。

聞いていて心が落ち着く。こんな命が危ないという時だってのに自然と表情から力が抜けていくようだ。


「あ、アルトさん・・・・・・う、腕・・・・・・」

静まる周囲の中、チヨの声が聞こえた。

腕?腕がどうかしたのだろうか?

俺はチヨに覆いかぶさった顔を上げると・・・・・・


「な・・・・・・なんじゃこりゃッッッッッッッ!」

お、俺の右腕が・・・・・・金色になっていた!

いや金色になっているというのは少し語弊がありそうだ。

正しくいうのなら、金色の鎧のようになっている。

そして右腕から胸部にかけても黄金の鎧のようなものを装着したかのようだ。

胸部は金色の球体のようなものがひっついていて、とてもきれいだ。

そんなことを思っていると飛行物体は光線を撃ってきた。

それに反応するかのように胸の球体が輝きだして・・・・・・

俺は・・・・・・

俺は・・・・・・・・・・・・


某所、地下

何かを移すであろう大画面がひと際目立つその部屋

そこには複数の専門家のように白衣が似合う人たちが4,5名ほどいる。

その中で筋骨隆々、日焼けをしたように焦げた肌色。

金髪でオールバックといった格好で異彩を放ち、白衣の前を開けて腕を組みたたずむ男が一人、突然自分を襲った動悸のようなものに驚いていた。


「な!なんだ今の感覚は・・・・・・!」


「どうしましたか?龍治さん?」

けだるそうな声で、まだ若い少年が聞く。


「い、いや・・・・・・大丈夫だ」


「そろそろ定期健診、受けた方がいいんじゃないですか?いい年して若作りした格好しないでくださいよ」


「俺はまだ20代だぞ!もうすぐ30になるけれども!」

周囲からクスクスと笑いが出てくる。


「ったく、うちの団員ときたら誰も心配のしの字もしてくれないとは」

金髪の男は渋そうな顔をうかべる。


「まあ、そんなことおいておくとして、何があったんですか?」

そう少年が問うと、顔色をさっきとは打って変わってまじめに


「とうとう現れたぞ・・・・・・!星の抑止、金の力が!」

辺りがざわつく。


「いつしか姿を消したといわれるあの抑止が!」


「ああ!帰ってきたんだ!忙しくなるぞ!お前たち!」

おおっと白衣の人たちは騒がしくなる。


「そうなると、前に言っていた龍治さんの役割もまた・・・・・・!」


「そ、そうだな・・・・・・」

男は少し表情を暗くさせながら返事を返す。


(抑止の守護者として、再び俺も動き出すのか・・・・・・しかし、以前より問題が多すぎる。それに・・・・・・)


(今までどこで何をしていたんだ?前任者、コード:ファーストは・・・・・・)

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