もう1つの昇段祝い

 見覚えのある少女より電話を受けた一輝は少女が指定した公園へと到着する。


 公園を見渡すと一輝と年がそう変わらなそうな少女がおり、少女から一輝に声をかける。


「遅い!」

「突然呼んでおいてそれはないだろ」

「まあまあいいから」

「で、小夜ちゃん何の用なんだ?」


 彼女は牧野小夜という名であり、どうも一輝とは親しい中のようである。


「一輝君が四段昇段を決めたって話を聞いたから、一応お祝いを言っておこうと思って」

「それはありがたいけど、その為にわざわざここに呼んだのか?小夜ちゃんは俺と師匠の家から距離があるだろう」

「……実はさっきまで研究会をしていたの」


 小夜の言う研究会とは棋士同士が集まり、将棋の戦法や戦形の研究や練習将棋をすることである。


 彼女は女流棋士であり、現在女流初段なのである。


 小夜の言葉を聞き、一輝は研究会の理由を察した。


「そうか、次の対局が近いからか。確か相手は……」

「そうよ。宮里さん、宮里女流三冠よ」


 小夜の言う宮里なる人物は宮里春香女流三冠であり、女流タイトルを3つ保持している。その宮里と小夜は次戦で当たるため、その研究会をしていたのである。


「宮里さんは確かに強いけど、トーナメントならなにがあるか分からないし、宮里さんに勝てれば私にもタイトル挑戦の可能性はあるわ」

「そうか、悪いな忙しい時にわざわざ来てもらって」

「いいの、私がしたくてしてるんだから。私から昇段祝い受け取ってくれる?」

「ああ、もちろん」


 一輝の言葉を聞いて、小夜は微笑み発言をする。


「将棋、しない?」


 小夜がそう言うと、自身のリュックからマグネットの将棋盤を取り出していた。


「マ、マグネット盤⁉って事は……」

「そうよ、今ここでしましょう。あのベンチで互いに盤を挟みましょう」

「将棋なら俺はいつでも誰とでもやってやる」

「そうね、それでこそ一輝君だわ」


 そう言って2人はベンチに座り、マグネット盤を開いて挟んであった駒を取り出す前に小夜より一輝に対して言葉が投げかけられた。


「一輝君、駒を取り出してくれる」

「でもそれは一応格上の作法で……」

「何言ってんのよ、今日から一輝君はプロの四段でしょう。だから王将も一輝君の駒よ」


 あくまで作法だが、将棋とは格上とされる人物が今回はマグネット盤に挟んだ駒を取り出すのだが、本来は駒箱より取り出し、駒袋をあける役割がある。


 また、将棋の駒には王将と玉将があり、格上が王将を持つというルールが存在する。


 これまでは女流棋士として先にデビューしていた小夜が奨励会員だった一輝より格上ではあったが、プロ棋士として一輝がデビューしたことにより一輝が格上となったのである。


 将棋の上では関係の変化した2人の将棋が今始まろうとしている。

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