船上
「さっき、モイワナ?がどうとかって言ってたよな?あれってなんなんだ?」
少年が眠りについた後、ラファエルさんは船主さんにさっきの話について聞いていた。
「ああ、今のか。お前ら知らねぇのか?ついさっき森をちょっと行った所の村で内戦が起こったらしいぜ」
内戦…?そんなの小説の中だけの話だと思ってた。まさか、この少年は内戦に参加していたとでも言うのだろうか。それに、村のような小さな所で内戦だなんて、聞いたことがない。
「聞き間違いとかじゃないんですか…?あ、いや、その…村で内戦なんて、聞いたことなくて………」
「いやいや、最近ここらで政府と先住民の内戦が起こってんの知らねぇのか?」
「なんだと!?」
ラファエルさんは怒声を上げた。かなり激昂しているようだった。眉間にシワが寄り、目を見開いている。濃い茶色の太い眉毛が、もっと彼の怒りに満ちた表情を引き立てていた。優しい彼のこんなにも怒った顔は、初めて見た。
「クソッ…俺がちゃんと下調べしておけば…!!!!」
「なんだ?そんなの覚悟でスリナムに行ったんじゃねぇのかよ」
船主さんは不思議そうな顔をしていた。確かに、外国に行くなら下調べをもっとしておくべきだった。エマさんやラファエルさんが調べてくれると思い込んで、つい甘えすぎてしまった。
「いや…妻がこの子をボランティアに行かせたいって言ってな…それでこの子も行きたいらしいから下調べもせず連れてきてしまったんだ…」
ラファエルさんがそう説明すると、船主さんは更に不思議そうな顔をした。
「お前ら仏領ギアナの人間だろ?それなら新聞とかで見なかったのかよ」
「俺はつい最近フランスから帰ってきたばかりでほとんど知らなかったんだ…そしてこの子と妻は新聞嫌いなんだよ」
___エマさんが新聞嫌い?私は仏領ギアナに来た時、新聞に
「あーそうか、お前らカイエンヌから来たな?ここらに住んでないんだったら噂にならねぇのも無理はねぇ…のか」
カイエンヌ。私たちが今住んでいる場所で、仏領ギアナの首都的存在だ。スリナムからはだいぶ離れている。
「ケイト、本当に学校で噂とかを聞かなかったのか?」
「う、ん…」
なぜか言葉が詰まり、小さな声で返事をすると、「そうか…」とだけ返ってきた。
「それなら国境付近で仕事している君たちは大丈夫なのか?巻き込まれたりしないか?」
ラファエルさんはこれ以上私に問うのをやめ、今度は心配そうに船主さんに尋ねた。すると船主さんはその言葉に吹き出して、
「はっはっはっ!!!!俺がそんなんに巻き込まれて死ぬと思うか!?俺はそう簡単に死ぬ男じゃねぇ。それに俺は元々警察官だからな、力も脳もあるんだぜ?」
「警察…」
船主さんは途端に、少し寂しげな表情をして上を見上げた。
「…懐かしいな。俺、昔はアメリカで警察してたんだ。だが友人が強盗犯に殺されてよ、もうやってられなくなったんだ」
アメリカ、強盗犯、警察…私の頭にすぐに浮かんだのは、やはり制服を着た父の姿。もしかすると、この人は父の友人かもしれない。父や母のことを何か知っているかもしれない。けど、聞かなかった。お父さんを思い出すと、お父さんのことを楽しそうに話すお母さんを思い出してしまうかもしれないから。アメリカにいた頃の、まだあの宗教とは無縁だったあの頃の、本当に楽しそうな母の顔を。
「…まあ、俺のことはいい。もうすぐ着くからコイツを助けてやってくれよ」
気がつくと、仏領ギアナの建物が徐々に見え始め、スリナムの森林は全く見えなくなっていた。
「ケイト、降りたらすぐ近くの診療所に向かうぞ。」
「うん、わかった」
ラファエルさんは、ガタガタと揺れる舟の上、30度は超えているであろう炎天下で、寝ている少年をおんぶした。少年を怖がらせないよう、大きな揺れに耐えながらゆらゆらとしている姿は、我が子を愛しく想う父親そのものだった。
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