母親

 人を信じられる人と、信じられない人。

 信じられる人の方が優しく、信じられない人の方が冷たいという印象がある。ねえ、人を信じられない人は、本当に冷たい人?だって、信じられない人は、すでに誰かに裏切られた人じゃない。優しいとか、冷たいとか、そんなの関係ないと思うの。

 お母さんは、どう思うの?人を信用できなかった私は、冷たい人?


「気をつけて行ってくるのよ、ケイト」

「うん。行ってきまーす」

 ガイアナから仏領ギアナに越してきて約5年。私は、6年前に拾ってくれた夫婦と一緒に暮らしていた。彼らはもともと仏領ギアナの人で、あのときは偶然、ガイアナの親族に会いにきていたらしい。

 今は、近所の学校に通っている。13歳になるので、もう働くよとは言ったが、あの2人は、

「私たちのことなんて気にしないで、あなたは勉強してきなさい」

と言うばかりだった。夫であるラファエルさんは今はフランスの大企業で働いていて、たまにこちらに戻ってくる。だからお金の心配はいらないと聞いた。それでも、妻のエマさんは、ラファエルさんがいないとき、私のことを1人で支えてくれているので、早く恩返しがしたい。

(いつか私も、2人に恩返しできるかな)

 そんなことを考えながら、私は駆け足になりながら学校に向かった。

 学校は、楽しくて仕方がなかった。友だちと一緒に勉強して、遊んで、ご飯を食べて。ガイアナにいた頃はそんなことできなかったから、初めて学校に行った日は、ずっとここにいたいと思うほどだった。


 授業が終わり、お昼ご飯を食べて家に帰ると、エマさんはリビングに座っていた。いつもならまだ洗濯や掃除をしているのに、珍しい。

「エマさん、帰ったよー」

 私が声をかけると、エマさんはこちらをばっと振り向き、空色の大きな目をきらきらと輝かせた。

「ど、どうしたの?」

「ケイト、聞いて!!!」

 唐突に肩をガシッと掴まれて、びっくりした。今まで見たことないほど目が輝いている。黒く長いまつ毛も、長いブロンドヘアーも、一緒にきらりと光っているように見えた。

「あのね…?」

 エマさんは物凄い目力で10秒だったか、20秒だったか、そのくらいずっと私を見つめてきたので、時が止まってしまったのかと思った。

「え、エマさん…?どうしたの?」






「ケイト、私お母さんになるのよ!!!」


『お母さん』

 胸が苦しくなった。聞いた瞬間、頭が白くなった。嬉しいはずなのに、素直に喜べない自分がいた。息が詰まる。苦しい。

「よかっ…たね……よかったね!エマさん!」

 ネガティブな自分を隠そうと、無理に笑顔を作った。ハッピーな気持ちでいっぱいの彼女を、心配させたくなかったから。

「…でしょう!?とっても嬉しいわ!あなたもお姉ちゃん代わりとして、よろしくね!」

 エマさんは、私を本当の子どものように愛してくれている。だから私にとってもエマさんは今のお母さんのような存在。それでも実親を忘れることはできない。

__もし、あの時私がお母さんと一緒に逃げていれば、お母さんは助かったのかな。

 最近、こんな後悔がついてまわる。お母さんの遺体は、周りの人の幸せそうな顔とは違い、どこか寂しそうだった。

 私は…私は、あのときお母さんを見捨てたのか。

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