第2話 初詣で祈るのは内定

 ゴーーン、ゴーーン


 やたら、鐘の音が聞こえる。

 恐らく除夜の鐘だ。

 眠る前は、クリスマスだったはず。長く寝たもんだ。

 外からは大勢の人が、歩く気配がする。


「初詣か。あっ、俺も行こう」


 神様に就職のお願いをしに行こう。

 正社員は無理かなあ。総理大臣になれ無いかなー。

 もし俺が総理大臣になったら、会社が雇えるのは正社員だけにするのだけどなー。

 そして、給料のベースアップ、賞与、退職金は全員もらえるようにする。

 え、それじゃあ会社が立ちゆかないって。


 だったらそこから値上げでしょ。

 庶民の収入が上がってそれから値上げ。

 俺みたいな底辺の人間の収入が上がらないのに先に物価が上がるって、ただただ値上がりした店には行けなくなるだけだ。

 近所の中華料理店が、ランチ七百円から八百円になった。当然税別。

 月一の贅沢だったが、もう二ヶ月行っていない。


 百円回転寿司って、お寿司が高いから庶民が食べられるように、百円にしたのでは無かったか。

 それで人気が出た。

 高くしたら足が遠のくだけじゃ無いのだろうか。

 俺なら、今こそ百円寿司にこだわり、人気独り占めにするのだけどなー。

 などと考えながら歩いていると、何かがおかしい。


 まわりのゴミが消えていく。

 人が大勢歩いているためか、ゴミがやたら散らかっている。

 そのゴミが不思議と消えて無くなり、街が綺麗になっていく。

 俺の手が勝手に伸びてゴミを消している。

 それが速い、普通の人には目にも止らぬ速さなのか誰も気付かない。

 だが、なぜか俺は、それを目で追う事が出来る。


「うわあ、やめろーーー!!!」


 僕の手がピタリと止りスッと元に戻った。

 犬の糞に手が伸びていたのだ。

 それだけはやめて! 心の問題なのだが、人としてそれは嫌だ。

 動物の糞と、人間の死体は食べないように、心に言い聞かせた。


 その後は、糞には手が伸びなくなった。

 言う事は聞いてくれるようだ。

 神社に着くと、俺は大企業の社員になれるように手を合わせた。

 でも、お賽銭は十円にした。

 どうせ駄目だから。


 その後もいくつか神社を回った。

 体は勝手になにか行動しているみたいだが、意外と受け入れられている。

 ふふふ、異世界アニメのおかげかな。

 勝手に体がしたいようにまかせていると、いいことが一つある。

 いっこうに腹が減らないのだ。


「食費がいらなくなるのかー!!」


 うおっ、しまった。太った体で、かれいなステップでクルクル回ってしまった。

 まわりの視線が痛い。

 外出は、おっくうで嫌だが、食費を浮かせる為なので、我慢して続ける事にした。




 夜が明けた。

 御来光は、不法投棄の白物家電を手が飲み込んでいる所で迎えた。

 プラスチックは、どうやら好物なようだ。

 金属は消化できないようで、分離して体に蓄えている。


 俺は、不法投棄を求めて、川沿いを川上に向って進み出した。

 不法投棄禁止の看板の下に不法投棄が大量にあるのは、滑稽だった。

 少し楽しくなって数日が過ぎてしまった。

 気が付くと人気の無い山の中まで来ていた。

 そこで真夜中を迎えた。


「うわっ」


 俺は驚いた。寂しい山道に一台車が止っていたのだ。

 その車から黒いスーツを着た、三人組の男達が降りた。

 トランクから大きな袋を出している。

 目をこらすとその袋が少し動いた。


 ――あっ、あれは、人じゃねえのか。


 どうする。どうする。

 ひょっとすると女の人かも。

 車のテールランプに照らされた、袋には何カ所も血痕が付いている。

 尋常じゃ無い。


 自慢じゃ無いが俺はこの年まで、暴力なんて物は使った事が無い。

 こんなところであんな奴らの前に出る事なんか出来ない。


 ――じゃあ、前に出なければいいのじゃないかな。

 そして手に頼んでしまおう。

 あいつらを倒せと。


「あっ」


 そう考えた瞬間手が伸びて、三人の胸を押した。

 三人は訳も分からず、大きく吹き飛んだ。

 しかも、すげーー飛んだ。

 もうそれは人間業では無かった。

 俺は、もはや人間では無くなっていると自覚した。


 ――助けなきゃ!!


「だ、大丈夫ですか?」


 俺は、女性に声をかけるように優しく袋に声をかけた。

 そして、いそいで袋の口を開けた。


 ――開けなければ良かった。


 中から、この世の闇の様な瞳をした、悪魔の様に目つきが滅茶苦茶悪い男が出て来た。

 全体的な作りは、甘いいい男なのだが、目が恐い、悲鳴を上げても良ければヒーッと声をあげたかった。

 体中に巻き付けられたガムテープを外し、口にはられたガムテープを外すと男は言った。


「すまん。助かった。あいつらはあんたがやったのか」


「ま、まあ、そうです」


 くっ、明らかに年下だが丁寧な言葉使いになってしまった。

 本当に俺がやったのかと言えば、正確には俺の中の何かがやったのですけど。


「すげーーなーー、俺でも勝てなかったのに。いてててて」


 袋から出て歩き出すと、倒れている男のポケットを左手で探っている。

 右手は、あり得ない方向に曲がっている。

 完全に折れているようだ。


「だ、大丈夫ですか?」


「あんた、名前は?」


 俺の質問には答えなかった。

 大丈夫じゃ無い事ぐらいみりゃあ分かるだろうと言っている様だ。


「お、俺は、木田」


 もちろん偽名だ。

 止っている車のメーカーの名前から横棒を一本取ったのだ。


「ふふふ、俺はゲンだ。呼び捨てで呼んでくれ。おっと、あった。あった」


 ポケットからスマホを取り出すと、電話をかけている。

 しかし、この男はすごい、見ると全身血だらけで、骨折は腕だけじゃなさそうだ。

 それなのに、袋から顔が見えた時、その目は負け犬の目では無かった。

 心が少しも折れているように感じ無かった。

 俺はどえらい男を助けてしまったのかもしれない。


「おう、俺だゲンだ。迎えを頼む場所は……」


「ゲン、俺は帰るよ」


 俺は、手をあげて電話中を良い事に、返事も聞かずに逃げるようにその場を後にした。

 出来れば二度と会いたくないと、強く願った。

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