第13話 告白
しばらく時間が経ち、友人から『これがそれね』とその子の連絡先が送られてきた。
どうやらその子からOKの返事をもらえたようだ。
友人から送られた連絡先を確認すると、たしかにその子の名前とプロフィール写真が載っていた。
そのプロフィール写真のその子の姿は、化粧をして、オシャレもしていて、どことなく大人びて見える。
今でも変わらずその子は美人だった。
俺は、友人から送られてきたそれを自身の電話帳に保存した。
あんなに遠かったものが今はこんなにも近くにあることが、未だに信じられずにいた。
高校生だった頃、同じクラスで毎日同じ授業を受け、でも俺の臆病な性格によりずっと遠い存在のまま卒業し、離れ離れになってしまったこと。
自分の想いをずっと誤魔化して見ようとしなかったものが改めてこんなにも大きかったんだと感じる。
心臓のドキドキが止まらない。
指がビクビクと震えている。
”ここで逃げたら5年前の二の舞いだ"と俺はその子にメールを打ち始めた。
俺『久しぶり――』
この後の文章がなかなか決まらない。
一回もまともに話したことがないから、どんな会話をすればいいのかもわからない。
面白い話をした方がいいのか? それとも彼女を褒めてあげたりした方がいいのか?
いろんな考えが錯綜する。
『久しぶり。突然、連絡してごめん。元気?』
俺は、散々悩んだ挙げ句、当たり障りのない内容を送ることにした。
”元気?”ってなんだよって俺自身思うけど、それ以上に言えることがなかった。
メッセージを送って1分も経たないくらいでメッセージに既読がついた。
その子『久しぶり~! 元気だよ~!』
既読がついて2~3分経った頃にその子からそのような内容のメッセージが送られてきた。
姿かたちも見えないけれど、まさしくその子のプロフィール写真をした相手からのメッセージだった。
しかし俺は、その後どのように会話を発展させていけばいいのかわからず、数十分返事ができなかった。
"最近は何してるの?”とか"俺はね~"といきなり自分の話をするのもどれも相手に失礼だったり迷惑じゃないかなと心配が拭えない。
他人とコミュニケーションを取るのはこんなにも大変なことなのか。
もっと真っ当に生きていればこんなことで躊躇しなかったのかもしれないと、何度目かわからない後悔をした。
俺はしばらく悩んだ結果、ゆっくりとメールを打ち始めた。
俺『ほんとうに突然の連絡でごめんなさい。』
『きっと、今更なんで? とびっくりしてると思います。俺もそう思います』
『どうして今になって急に◯◯さんとお話がしたくなったのか、俺は◯◯さんに説明しなければならないと思うので、まずそれをします。』
『その前に、一番最初に謝らせてください。』
『5年前、高校で長い間CD借りっぱなしだったこと、CD貸してもらったのに全然話できなかったこと、本当にごめんなさい』
『ほんとうに酷いことをしていたと、すごく反省してます。』
『なんでそんなことをしてしまったのか、俺はそれを説明する義務があると思うので一方的な話ばかりになっちゃうけど聞いてください。』
俺は一旦打つ指を止めた。
かなり一方的で会話にすらなっていない。
でも、これが俺の本音だった。
今の俺はその子と連絡を取り合う資格すらないのだ。
その子と連絡を続けるには、俺の過去の罪を精算しその子からの赦しが必要なのだ。
だから醜く、たとえ一方的だとしても俺の全てを曝け出し、その子に知ってもらう必要がある。
『高校生の頃の俺は、本当に救いようのないアホで馬鹿でヒトの気持ちのわからないガキでした。』
『そして、何よりも思春期真っ只中で、異性という存在が俺にとってとても異質で遠い存在で、よくわからないものだった。』
『だから、高校1年の時、◯◯さんから急にCDを渡されたことがわけがわからず、ものすごく戸惑い、どうしたらいいかわからず、そのことをなかったことにして、記憶の底に埋めることにしたんだ。』
『でも、ほんとうは◯◯さんとずっと話してみたかった。CDありがとうって、CDのこの曲が良かったよとか、そういう普通の話がしてみたかった。』
『恥ずかしかったんだ。女性と話すことがそもそも当時は抵抗しかなかったし、何よりもCDがきっかけで◯◯さんのことをすごく意識するようになってしまった。』
『そして、怖かったんだ。あまりに恥ずかしくて、緊張で俺がそこで変なことして、かっこ悪いって思われないかとか、嫌われたりしないかって・・・。』
『そう、どうしようもなく考えてしまう程、◯◯さんのことが、当時好きだったんだ。』
『そんなこと今更言われてもって思うと思う。でも、◯◯さんに連絡したかったのは、5年前をどうしてもやり直したかったんだ。全部俺自身のせいだけど、叶わなかったことをもう一度、取り戻したいんだ。』
『ごめん。長々書いちゃって・・・。もし良かったら、これから仲良くしてくれると嬉しいです。』
我ながらひどい文章だ。
書き始めたら思いの外言葉は次々と沸いて出てきて、一瞬で書き終えることができた。
あとは送信ボタンを押すだけ。
でも、こんな言い訳みたいな長文送られたら迷惑じゃないか? とか、ほんとうにこれが俺が伝えたかったものだったのかを直前になって何度も読み返して熟考する。
どの言葉も真実なのはたしかだし、そう思っていることは間違いない。
それを◯◯さんに知ってもらうことは、それを知ってもらった上でこれからどうするかを彼女に委ねる意味でも非常に重要なことだと思う。
でもほんとうにそれでいいのだろうか?
・・・わからない。
自分じゃ判断つかない・・・。
送信を押す勇気がない。
俺は送信ボタンを押せないまま、また数十分程そのままでいた。
◯◯さんの立場になって考えようとしても、俺自身の対人経験の無さのため良いか悪いかの判断がつきそうにない。
俺はしどろもどろになりながら、この言葉たちの良し悪しを客観的に判断するため記憶をくまなく探した。
――ひとつだけ出てきたものがあった。
俺は、その場面を想像し、"彼"だったらどうしていたかをイメージした。
彼――貴樹だったらどうしていたか?
あの踏切で明里が待っていたら、貴樹は明里になんて伝えていただろうか?
踏切で電車が過ぎ去って、明里が待っててくれた時、多分貴樹は「久しぶり」って声をかけただろう。
その後「元気だった?」とか「背、大きくなったね」とかそう話をするだろう。
俺は、今まで書き上げた文章を全部削除した。
俺も、貴樹も、こんなことを彼女に伝えたかったんじゃない。
俺は、もう一度言葉を紡いだ。
俺『ほんとうに突然の連絡でごめんなさい。』
『きっと、今更なんで? とびっくりしてると思います。俺もそう思います』
『まずはじめに、今までのことを謝らせてください。』
『5年前、高校で長い間CD借りっぱなしだったこと、CD貸してもらったのに全然話できなかったこと、本当にごめんなさい。』
『ほんとうに酷いことをしていたと、すごく反省してます。』
『◯◯さんに話しかけるのが当時の俺はどうしようもなく恥ずかしくて、ずっと無視するような態度ばかり取ってたけど、ほんとうはずっと◯◯さんと話をしてみたかった。』
『貸してもらったCDのことや、CDのあの曲が良かったとか、そういう話をしてみたかった。』
『全部、俺の勇気のなさが招いたことで、◯◯さんにとってはとっくに昔のことで過去の話かもしれないけど――』
『――5年前からずっと好きでした。』
『高校1年の頃、◯◯さんにCDを貸してもらった日から、ずっとずっと好きでした。』
『どうしても、その気持ちだけは伝えたいと思って、友人から◯◯さんの連絡先聞いて連絡しました。』
『ほんとうに、今更でごめん。そして、返事してくれてほんとうにありがとう。』
俺は、気づいたらメールを打ちながら涙を流していた。
これが、5年前――ほんとうに伝えたかった気持ち。
そして今――赦しを乞うのではなく、これから彼女とどうしていきたいかを表した言葉だった。
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