3話 奇妙な条件

「もっとその詳しい求人内容を教えていただけないでしょうか?」


身を乗り出すイレーネに男性職員はメガネをクイッとあげた。


「はい、良いでしょう。え〜と、まず場所ですが……『デリア』という町ですね。この町から汽車が出ていますね」


「『デリア』なら聞いたことがあります。あの町はここよりもずっと近代化の進んだ町ですよね? 確か汽車で三時間程ではなかったでしょうか?」


「ええ、その通りです。勤務時間は……おや? 一応二十四時間体制とはなっておりますが、基本夜の勤務は殆ど無いみたいですね。けれど夜勤が入る場合は別途給金を上乗せしてくれるそうです。仕事内容は面接のときに教えてくれるそうですが……う〜ん……いかがいたしますか?」


男性職員は少し首をひねりながらイレーネに尋ねる。


「はい、構いません。ぜひ面接を受けさせて下さい」


「ええ!? ほ、本当に受けるのですか? 全く仕事内容が不明なのですよ? しかも奇妙な条件ですし……」


「面接に行けば詳しく仕事内容を聞かせてくれるのですよね? すぐに紹介して下さい」


今にも住むところを失いそうなイレーネにとって、衣食住保証付きの高額給金の仕事はとても魅力的だった。

あれこれと選んでいる時間も手間も惜しかったのだ。


「分かりました……それでは紹介状を書きましょう。少しお待ち下さい」


男性職員は傍らに置いた便箋に、スラスラと文章を起こすと封筒に入れてイレーネに差し出した。


「はい、ではこちらの手紙を持ってマイスター伯爵家に渡して下さい。面接日時は特に細かい決まりはなく、平日の十時から十七時までの間に伯爵家に直にお越し下さいと書かれておりますね」


「え!? そんないい加減……いえ、そんな大まかなことで宜しいのでしょうか?」


イレーネは驚きで目を見開く。


「もしかすると先方も早急に人手を捜しているのかもしれませんね。何しろ二百キロ以上も離れたこの町にも求人を出している程ですから」


「そうですね。色々なにか事情があるのかもしれませんね。妙な質問をしていまい、申し訳ございません」


謝罪の言葉を述べるイレーネ。


「いえいえ、そんなお気になさらないで下さい。あ、そう言えば先程の求人欄で気になる箇所が書いてありました」


「え? 本当ですか? 教えて下さい」


イレーネは再び、身を乗り出した。


「もちろんです。え〜と、口が固い方……秘密保持出来る方を望む、とありますね」


「それなら大丈夫です。私はエステバン伯爵家のメイドの中でも、口が固いことで有名だったのですから」


「それなら大丈夫そうですね。では無事に採用されることをこちらも祈りましょう」


男性職員は笑みを浮かべた――




****



「ふふふ……良い求人先に巡り会えたわ」


職業紹介所から出てきたイレーネは満面の笑みを浮かべて、封筒に目を移した。


「早速明日の汽車でマイスター家に向かいましょう」


そのとき――


「あの……もしかして、お姉さんの名前はイレーネですか?」


不意に背後から声を駆けられたイレーネは驚いて振り向いた。


「あら? あなたは……?」


そこには古びた麻のワンピースを着た十歳程の少女が立っていた。少女の右手には花が入った籐のカゴが握られている。


「私、ルノーさんと言う人から伝言を預かっています」


「え? ルノーから?」


少女はポケットから小さく畳まれた紙片をイレーネに差し出してきた。


「はい、これです」


「ありがとう」


イレーネは礼を述べて受け取ると、早速紙片を広げた。


『イレーネ。仕事に戻るよ。君が終わるのを待っていてあげられなくてごめん。悪いけど、一人で帰ってもらえるかな。 ルノー』


「ルノーったら……」


イレーネは紙片を再びたたむと、少女を見た。


「ありがとう、もしかしてずっとここで私が出てくるのを待っていたの?」


「はい。私はこの建物の前でお花を売っていたときに、ルノーさんという人からお姉さんにメモを渡すように頼まれました」


キラキラした目でイレーネを見上げる少女。


「そ、そうなの……?」


(う〜ん……困ったわ。この子……きっと、私からもお駄賃を待っているわね)


明日の旅費の為に、少しでも節約をしたかったけれども期待に満ちた視線を向ける少女にお金を渡さないわけにはいかなかった。


(仕方ないわね……面接先で採用されることを祈りましょう。見たところ、お花は全然売れていないみたいだし……)


「はい、ありがとう。少ないけれど、これは私からのお駄賃よ」


イレーネは少女に三百ジュエルを渡した。


「うわーい、ありがとう! お姉さん! またね!」


少女は大げさなくらいに喜ぶと、手を振って走り去っていった。


「ふふふ……可愛い子だったわ」


イレーネはその後姿を見送ると、自分の屋敷へ足を向けた――

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