2.

 俺の作る弁当はいたって普通。


 特別料理が上手いわけでも、目新しい物が入っているわけでもない。

 総菜とご飯をざっくり詰め込んでるだけだから見た目も映えないし。


「うぅ……。有間くんのおべんと……」


 だから、半泣き寸前になられるほどありがたいもんじゃない。


「そんなに目をうるうるさせるようなものかな、これ?」

「はいっ……」

「別に普通の弁当なんだけど」

「ずずっ。どう見ても違いますよう……。胸肉を張って言えます」

「胸を張ってよ。ちょっとヘルシーそうだね」

「ヘルシー……。ヘルシーは人類共通の敵です、やっつけないと!」

「ぽっちゃり戦隊ぽっちゃりマン……」

「ちょっと、私のキャラに変な味付けをしないでくださいよぅ……」

「下味でジビエくらいの癖があることはお分かりで?」


 ずっと泣きかけだけど調子いいなあ。明らかに俺の弁当に釣られて舞い上がってる。


「けっほん。それじゃ、お言葉に甘えて」


 軽く咳ばらいをし、背筋をただす大森さん。

 箸をカチカチと静かに鳴らし、かなり多めのまばたきで愛おしそうに俺の弁当を眺めている。


「いただきます……っ!」


 そして晴れやかに、パチィン! と強く手を合わせた。真剣すぎる。


「ごめん大森さん、ちょっと待って?」

「え。食べても良いんじゃないんですか……?」


 マンガだったら確実に青い三本線が額に入っている。でもこっちにも考えがある。


「弁当自体はあげる。でも明日にしよう」

「ひ、ひどいっ……! 有間くんの焦らし魔!」

「じらしてるつもりはないんだよ!」

「ウソだウソだ! テンション上がってる私を見てニチャニチャしてたんだ!」


 ぽかぽかぽか。

 可愛い握りこぶしで叩かれる。

 本人は攻撃のつもりなんだろうけど、これはただのじゃれ合いだ。癒しでヒットポイントが回復する。


「大森さんはなにか食べたいものとかあるの?!」


「ほえ」


 大森さんの激しさを振り切るように言うと、ぴたりと大人しくなった。


「ほら、今日のお弁当ははっきり言っておにぎりがメインで手抜きだし。せっかくならホンキの弁当を食べて欲しいなあと」


 本気の弁当で一発で満足させたほうが合理的だと判断した。俺も悪いな。


「おにぎりが手抜きってのはおにぎりに失礼ですよぅ!」


 ぷくっと頬を膨らませる。おにぎり目線で俺にささやかな抵抗をしてくる。


「ほら、他にももっとごちそうはいっぱいあるし!」

「それはそうですけどぉ……」

「大森さんだって、川で焼肉とおにぎりが溺れてたらさすがに焼肉を助けるでしょ?」


 比較のために訳のわからなさすぎる質問をした。


「それで言うと、焼肉とおにぎりはセットなので川に飛び込んで2人とも助けます! 私が守る!」


 もっと訳のわからない答えが返ってきた。

 そもそも大森さん、とてもじゃないけど一緒に溺れていきそうにしか見えないが。


「ただ有間くんの言うことはよーくわかりました。私も貰う立場なのでわがまま言えませんよね」


 わかってくれたみたいだ。

 これで俺の作戦は順調に進む。


「でも、いいんですか? 急にこんなことになったら有間くんのママが困りませんか?」


 そっか、大森さんはこの弁当が母親製だと思ってるのか。、そうなるもんな。


「大丈夫。このお弁当、毎朝俺がつくってるから」


 見栄を張りたいわけじゃないのでサラリと言う。

 だが大森さんは今日一の驚きで。


「…………有間くん、自炊系男子だったんですね」


 キツネにつままれたとはこのことか。

 俺と弁当を交互に見て、『スゴい、絶対モテる』などと口をパクパクさせている。


(俺みたいな地味男がマメに料理をしてるなんて、意外だったんだろうな)


「ホントに毎日お弁当を?」

「うん。すっごく大変だけど」

「なのに、私のリクエストまで聞いてくれるんですか?」

「ぜ、善処するよ」


 会話の1ラリーごとに、大森さんの丸い顔が近くなってくる。


 それはいよいよ、額と額が触れるぐらいの距離にまで接近。

 ド至近距離の大森さんの肌はすべすべで、ありえん柔らかそうな質感が手に取るように伝わってきた。


「ふにゅにゅ……」

「ちょ、ち、近すぎない……?」


 俺の焦りも大森さんには伝わらず。

 一心不乱に目を合わせ続けてくる。顔が爆発しそう。



「だってカッコいいんですもん、とっても」



 その声に、吐息に。

 妙な真剣味と熱がこもっていたのは気のせいじゃない。


 焦げる! 体が焦げる!!

 なんだ、俺を焼肉にでもして食べるつもりか?! おおうっ?!


「とにかく教えてみ! 大森さんは何食べたいの?!」


 ドキドキを振り払うように声を荒らげる。


「んー。がっつり系も捨てがたいですし、庶民的なのも――」


 顎に手を当てて、入試問題に向き合うかのごとくうんうん唸る。賭けすぎである。


「はい! はいはいはい! 私、コロッケが食べたいです!」

「コロッケか……そう来たか」

「ついでにタコさんウインナーなんかがあったら最高かも! 全雲来が泣いちゃう!」


 俺のタコさんウインナーは名作ハリウッド映画じゃないぞ。


「有間くんのウインナー……口いっぱいに頬張ってもぐもぐしたい……、じゅるりゅ」


 ぽけえとした顔で舌先をペロリと出す。

 これまたなんつう表現を……っ!


「言い方言い方! おおい言い方っ!!!」

「? 有間くんのソーセージ、って言ったほうが良かったですか?」

「どう考えてもそこが問題なんじゃなくてッ!!!!!!」

「むぅ……? なんかさっきから有間くんが変です」


 本人にやらしい意識は皆無。

 ピュアすぎて自分が恥ずかしくなる。


「とにかく! 私、すっごくすっごくすっご~く楽しみにしてますので!」

「あんまりハードル上げすぎないでよ?」

「えへへ、もう手遅れかも!」

「まったく……」

「じゃあまた明日のお昼、机ひっつけましょうね? やくそくっ!」


 言って、大森さんはにぱあと俺に太陽のごとき笑みを浴びせる。


「ふっふ〜ん、わくわく。今日寝れるかなぁ……?」


 ということで、ワックワクの大森さんに手作り弁当を食べさせることになった。

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