第14話 おじさんの家
絵美が最初に入った。それからゆかり、私もきょろきょろとしながら中に入った。千紗は、私のジャンパーの裾を握りながら入ってきた。
玄関が、すごく広い。
そして、埃っぽいしカビくさい。
ゆかりは、それに耐えられないのか顔をしかめている。
「散らかっていて、申し訳ない。消毒液と絆創膏を探してくるよ。こっちのドアの部屋がリビング、この廊下の奥の右手がトイレ。お菓子もジュースも準備できないが、待ってなさい」
おじさんはそう言って家の奥へ消えた。二階へ上がる音が聞こえる。
「と、とりあえず、この部屋に入ろうよ。四人でいるんだから大丈夫だよ」
絵美がドアを開く。
すると、豪華なシャンデリアが目についた。
「すごい。このテーブル、パパと行った家具の専門店で見たことあるよ。棚の中のグラスも、ママが好きなブランドのものばかり!」
ゆかりが部屋の中をうろうろとしながら、はしゃいでいる。埃っぽいのは気にならないみたい。
「お金持ちなのにお手伝いさんいないんだね。一人で暮らしてるのかな?」
千紗がつぶやいた。
ゆかりは部屋の中を歩き回り、絵美はゆかりの家具などの説明をひたすら聞いている。千紗は、私のジャンパーから手を離したけど、私の傍から離れようとしない。
私はおじさんの正体が気になりながら、部屋の中をきょろきょろと眺めている。そんな風にしていると、ドアが開いた。
おじさんは、洗面器を持っていた。その中には水とハンドタオルが入っているようだった。
「消毒液と絆創膏が見当たらなかったんでな。これで顔と手を拭いたらいい」
おじさんは、洗面器をテーブルに置いた。
ゆかりが騒いでいた高級テーブルに百均の洗面器が置かれた。ゆかりはそのギャップに呆然としている。
絵美は洗面器の中のハンドタオルを絞ってゆかりに渡す。一枚ずつ丁寧に絞って、私と千紗にも手渡した後、絵美はおじさんを見ながら言った。
「祠の周り、荒れ放題でした。おじさんは祠があることを知らなかったんですか? 知ってたけど、どこにあるのか知らなかったんですか?」
絵美の質問を聞きながら、おじさんは「とりあえず座りなさい」と言い、私たちが座るのを待っていた。
おじさんは「さっきは怒鳴ってすまなかったね」と言った。
「まず、祠の由来から話そうか」
おじさんはそこまで言うと、ふうっと深呼吸をした。
深い溜息の後、しばらくおじさんは黙ったまま、眉間に皺を寄せ、考えているようだった。
「時間は大丈夫かね?」
ふと思いついたように言った。
私たちは全員、頷いている。
「さっき君たちが見た祠は、この町に長く住んでいる人でも知らない。長い間、祠は私達一族が守ってきたんだ」
おじさんの言葉に、絵美が「だからかー」と、呟いた。
「ここにあった小高い山は、戦前まで祠を守る一族以外は立ち入りを禁じていて、入らずの森とも言われていたんだよ。今は、ひかりニュータウンができているよね」
おじさんはそこまで言うと、
「これから話す事、誰にも言わないと約束できるかい?」
と、私たちに訊ねた。
私たちは、深く頷く。
キューピッド様が本当に存在していて私たちを導いたと、そう思わずにはいられない話だった。
恐怖よりも好奇心が、私の中ではわずかに勝っている。
「あの祠を誰も知らないの信じます。この校区の地図で、おじさんの家の隣は空き地になってました。でも実際見てみると普通の空き地じゃないのはわかります。それと、この町の歴史は、明治時代以降しか記録が残されていないというのもありました。祠を秘密にしなきゃいけない理由があるってことですよね」
絵美が言った。冷静な言葉に感じるけど、微かに震えている。恵美は怖いのかもしれない。
「呪い、ほんとにあるの?」
ゆかりが、怯えながら言った。
「呪いというのは、よくわからないが……」
おじさんは、首を傾げている。
「この町は、周りに険しい山があるからね。ずっと昔は他国との争いも少なかったようだ。文献が残っていないのではなくて、残してないんだよ。私たち一族の口伝……、口伝ってわかるかな?」
「口頭で言い伝えをのこしていく、ってこと、ですよね」
絵美が答えた。
「うん。一族の家系図は、昔、この町にあった神社に奉納してあったらしいが、それは戦国時代に神社が焼かれてしまって消失したみたいだね」
そこまで隠される理由があるのかな。それが呪いに繋がるとしたら?
そうなると、キューピッド様の存在が本物だってことになる。
信じられないとかじゃなくて、信じるのが怖かった。今、おじさんの話を聞いていて、私は怖かったんだと思えた。
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