第7話 紹介し忘れていた姉

「ただいま」

「ただいま帰りました~!」


 2人で帰宅。ひとまず帰り道に異常は無かった。


「おかえりなさいませ、若。由愛様」

「ただいま、橘さん!」

「はい、元気が良くて大変よろしいですね。もうすぐ夕食をご用意できますので、今しばらくお待ちください」

「は~い!」


 あれだけ食べ歩きしていたのに夕食まで食べるのか、と若干引いたが、望月さんのスタイルを見てもふくよかな体型はしていない。むしろ痩せて見えるので不思議でならない。


「若、視線がいやらしくなっております」

「なっておりませんが!?」


 その後望月さんにも「デブって思ってるんだ……」と若干ヘラられた為、フォローに必死になるのだった。



「ごちそうさまでした」


 夕食を食べ終えた俺はそういえば、と思い出し冷蔵庫へと向かった。


 いつもなら自室へと即退散するのだが、いつぞやの買っておいたプリンが消費期限間近であることを思い出した。


 冷蔵庫に入れていたため、そいつと共に自室へと向かおうと冷蔵庫の扉を開けた。


「あれ……?」


 ない。プリンがない。いや、正直メチャクチャ食べたい訳ではなかった。


 実のところ推しのVtuber、さくたんとコンビニがコラボしており、スイーツを買えばクリアファイルが貰えたのでついででプリンを買ったようなものだ。


 ちなみにだが勿論クリアファイルは部屋に避難させた。スイーツ買ってきただけですが何か? という完璧な偽装工作だ。


「若、どうかされましたか?」


 ちょうど片づけを始めていた橘さんに見つかってしまった。手伝いをしていたのか、望月さんも後ろで皿を運んでいた。


「買っておいたプリンが無くなってるなと思って。冷蔵庫の奥の方に入れてあったはずなんだけど」


 そこで望月さんはハッとした。


「私は食べてないよ! 絶対食べてないからね!?」

「いや、疑ってはなかったけど急に怪しくなったな……」

「おかしいですね。さくたんのクリアファイルは若の部屋にあったのにプリンだけが無い、と」

「橘さん? 俺結構ひっそりとクリアファイル隠したと思うんだけど、なんで知ってるの?」

「それはもう、若の部屋は念入りに掃除しておりますので」


 今度から隠す場所を日ごとに変えよう。そう決意した瞬間だった。


「そういえば、昨晩に嵐子様が何かを冷蔵庫から取り出して部屋に持っていっておりましたね」

「それしかないじゃん。姉さんめ……」

「え? 服部くんお姉さんいたんだ」

「あ、そういえば紹介してなかったな……」

「お姉さんなのに忘れてたの……?」

「そういう訳じゃないんだけど、部屋に引きこもって滅多に出てこないから会うことはないかなと……」


 同じ家に住んでるのだし、紹介しておくことに越したことはないだろう。ただ出てきてくれるとは全く思ってないが……。



「おーい、姉さん」


 家の2階の隅っこの方にある部屋、そこに我が姉である服部嵐子はっとりらんこは引きこもっている。


 現在大学生なのだが、授業はほとんどオンラインで出席。きちんと単位は取れているらしい。そしてハトリ運送の顧客データベースやデータ上のやり取りはほとんど姉さんがこなしているらしい。ただの引きこもりでないことは確かなのだが。


「えーと、お客さんといいますか……新しく住むことになったといいますか……とにかく、紹介したい人がいるんだけど」


 反応なし。


 望月さんは一緒にいると出てきてくれなさそうなので、1階で待機してもらった。自分一人であればあるいは、と思ったのだがそうでもないらしい。というか最後に姉と会話したのはいつだっただろう。


「……こうなりゃヤケだ。ここは女性同士ということで、望月さんに直接来てもら──」


 立ち去ろうとしたその時、部屋の扉がとてつもない速さで開かれ、にゅるりと手が伸びてきた。


「うおわぁ!?」


 そしてそのまま部屋に引き込まれたと思ったら、目の前に久々の姉の顔が超至近距離に。どうやら引き込まれただけでなく押し倒されてしまったらしい。


「うぅ~ゆー君……!」


 少しは髪を切ってくれ、と言うぐらい伸びきった髪。最低限の手入れはしているのか、臭くはなく、むしろいい匂いがちょっとだけする。久しぶりに見た姉の顔は相変わらず美人だった。なぜこれで引きこもりになるのか理解できない……。


「ひ、久しぶり姉さん。そしてなぜ涙目……」

「うぅ~! ばかばかぁ!」

「うぐうっ!?」


 鎖骨にポカポカと殴って、いや、ポカポカというよりもバキィ! ドゴォ! というぐらい一発一発が重たいパンチが的確に入っている。


「いつから女の子を連れ込むような子になったの!? 私を永遠に養ってくれるっていうのは噓だったの!? ばかばかばかぁ!」

「姉さん! お、折れる折れる! 鎖骨が砕けるからああああああああああ!!!」


 何とかとめてくれた。しかし聞き捨てならない事ばかりを言われた気がするが……。


「えっと、姉さん。家に新しく人が来たのはご存じ?」

「ぐすっ……おじいちゃんからちょっと聞いたぐらい」

「まぁ話すと長くなるんだけど──」


 姉にも納得してもらうべく、なるべく簡潔的に話した。


 望月さんが異能であること。

 両親のこと。

 変な連中に追われてきたこと。


 話し終えると、姉さんはまた泣き出してしまった。


「可哀そうな子……でもそれでいて健気……ええ子やユメたそ……」

「ユメたそ……」

「それを知らずに勝手に目の敵にする私ってメチャクチャ嫌な奴……? あ、やばい。生きるの辛くなってきた……」


 姉さんの目に光が無くなってきた。早いとこ引き止めなくては。


「じゃ、望月さんに直接挨拶して帳消しにすれば──」

「え無理……」

「なんで」

「しょ、初対面の人と話すのなんて何時ぶりか分からんし……こ、こんなオドオドした奴はユメたそは気持ち悪がるだけだって……」


 両指をくるくるさせて遊ばせたり髪をくるくるといじりだした。姉さんの癖だ。嫌なことがあるとすぐにやるんだよな……。


「俺のプリン食ったくせに……」

「うぅっ!? あ、あれはゆー君が悪いんだもんっ! 思わせぶりな事するから罰としてやったのっ!」

「それも誤解だったわけだが?」

「あぅ……」


 もう一押しすればいけそうだ。むしろここで押さないとまたいつ顔を見れるか分からないぐらい引きこもるかもしれない。


「大丈夫。望月さんは嫌な奴じゃないから。俺が保証する」

「ゆー君……」


 おぉ、姉が顔をあげている。これはいけるのでは──。


「なんか嫌」

「あれー?」

「嫌だけど……すごい怖いけど……ゆー君に悪い虫がついてないか、お姉ちゃんとしてしっかり見なきゃ……!」

「虫……?」

「じゅ、準備するから。待ってて。あ、それとも……ゆー君が着替えとか手伝ったりしてくれたり──」

「じゃ、1階で待ってるから」

「もうっ」


 弟離れできない姉を残し、望月さんがいるであろう1階へと向かった。



 挨拶する、と聞いていたが一向に部屋から出てくる気配はなく。1階の客間で待っていて既に10分ほど経とうとしている。


「まさか……逃げたか?」

「じゅ、準備に手間取ってるとか……」

「単なる顔合わせに10分も待たせるかな……」


 あれだけ言っておいて逃げるなんてことは、さすがの我が姉もそこまでは……いや、やりかねないかもしれん。そう思った時、スマホの着信があった。


「あれ……姉さんからだ」


 どうしたんだろうと通話ボタンを押す。


「はい」

「あ……ゆーくん。ビデオ、ビデオ通話にして」

「ビデオ通話?」


 取り敢えず姉に言われた通り、スマホの画面を横にしてビデオ通話にする。そして望月さんも画面をのぞき込んだ。


「あー、ん゛っん゛っ。やぁ望月由愛さん! で合ってるよね? 初めまして~! 服部祐のお姉ちゃん、服部嵐子で~す!」


 すごいはきはきと活舌よく喋れている。それはいいのだが、どうしても気になることがあった。


「なぜアバター……?」


 そう、姉は顔を見せるわけでもなく、自分そっくりのアバターを画面に映していた。格好もピンクの髪だし何故か猫耳が生えているしで、訳が分からない。


「うっ……いやぁ、初対面の人に顔を見せるのはまだちょっと……つーかこれが限界? みたいな……」


 日和ったな……。おそらくある程度準備まで済ませたが、やはり無理だと判断し急遽アバターを用意したのだろう。機械類のエキスパートだからこそできる芸当だ。


 こんなことされたら望月さんも反応に困るんじゃ──。


「わぁ……! すごい可愛いですね!!!」


 あ、大丈夫みたいだわこれ。むしろ好反応ですがな。


「あ、え、そ、そう? ま、まぁこれ間に合わせのモデルで急いで作ったからそこまで出来よくないっていうか……」

「え!? え!? 間に合わせでこのレベル!? しかも自分で作ったってすご! お姉さん凄すぎますよ!!!」

「え……あ、ありがと……」

「お姉さん、こういうの得意なんですか!? えっと、モデリング? って言うんでしたっけ?」

「あ、う、うん……。一応、独学で……」

「独学!? ホントにすごいじゃないですか! 私作り方とかちょっとだけ見たことあるんですけど、もうチンプンカンプンで……お姉さんすごいです……尊敬します……!」

「うへへ……い、いやぁそれほどでもないですよ、いやホント、全然……でへへ……」


 反応が気持ち悪いな……と思ったがここで余計な茶々を入れるほど愚かではない。何やかんや姉も楽しそうだし、このまま話させてやろうと思った。


「はい、望月さん。後は好きなだけ話していいから」

「え……でも……」

「えっ、ゆー君……二人きりにさせるつもり……?」

「大丈夫でしょ、お互い話も合いそうだし。望月さん、こんな姉だけどいくらでも話してやってよ」

「服部君がいいなら……うん! そうする!」

「え、ちょ、私の意見は──」

「それでお姉さん、さっきの話なんですけど──」

「う、うへぇ~」


 良かった。これをきっかけに姉の引きこもりも少しは改善すれば良いのだが。そう思いながら俺は自室へと戻った。



 数十分後、自室でYouTubeで配信を見てると望月さんがやってきた。


「ありがと服部君。お姉さん可愛かった~! いつか直接話しできるといいなぁ!」

「それは良かった」


 スマホを返してもらう。心なしか望月さんはニコニコしているように見える。


「ホーム画面、可愛かったね」

「ぶっ……」


 思わず吹き出してしまう。俺のスマホのホーム画面はもちろん推しのさくたん。普段なら人にスマホを貸すことなんて無いので、バレることは無いと思っていたが、完全に油断していた。


「私も見てみるね、さくたん」

「あ、ありがと……?」


 終始ニコニコしながら望月さんは自分の部屋へと戻っていった。動揺しすぎて訳の分からない返答しかできなかった……。


 そんな時、電話が鳴る。姉さんからだった。


「もしもし」

「あ、おふはれぇ~」

「おふはれ?」

「お、お疲れって言ったんだよぉ……」


 姉さんはへにょへにょだった。酒でも飲んだのかこの人は。


「いやぁ……ユメたそに褒め殺されるかと思いましたゾ……1つしゃべれば100肯定されてるみたいで……ユメたそは私のママだったのかも……」

「うわぁ……純粋に気持ち悪いこと言わないでくれ……」

「ちょいちょいちょい、ゆー君だってVtuberの配信にコメントするときこんな感じでしょ~?」

「一緒にすな」


 俺は基本は見る専だ。だって指示出して指示厨とか配信者を心配するコメントに対して杞憂民とか言われたくないし……。


「それより、姉さんに頼みたいのは──」

「由愛ちゃんを襲った連中が誰なのか、でしょ。もう調べてあるよん」

「はっや……」


 望月さんと会話しながら? それとも会話を終えた数分間で? どちらにせよ並大抵の所業ではない。こういう所を見ると姉には叶わないことが身に染みてくる。


「といっても、由愛ちゃんが教えてくれた情報頼りに色々と漁ってみたけど……まだ確信に至るにはないかなぁ」

「日比谷さんからの情報も追加しておくよ。街に黒いスーツを着た見慣れない人がうろついてるのを最近よく見るって」

「ひびや? あー、あのギャンブル中毒刑事。見かけによらず仕事はしてるんだねぇ。ちょっと待ってね」


 カタカタカタという音が数秒間響き渡る。


「んー、確かに朝、それに夕方から深夜前まで2、3人で動いてる連中がいるねぇ」

「ちょっと待った。一体何を見てるんだ?」

「へ? 街の監視カメラをちょちょっとハッキングして──あ、これ犯罪に片足突っこんでるか」

「片足どころかどっぷり浸かってるだろ!?」

「じょーだんじょーだん。まだそこまではしないってば」


 まだ、と言っていたのがすごい気になるが。その気になればできるということか……。


「動画配信サイトの街のライブカメラ映像を見てるだけ。最近はこういうのも配信サイトで生配信してるしね」

「そういうことか……。しかし、朝と夕方、深夜前か……」

「学生の登下校時間だけ現れてるね。完全に狙ってるとみて間違いないかなぁこれは」


 望月さんの居場所を特定されるのも時間の問題だろう。事態は加速しつつある。


「明日から学校休めば済むんじゃないの? 幸い、由愛ちゃんがどこにいるのか連中には検討ついて無さそうだし」

「それは──」


 確かにそうだ。

 俺だって自分の命が狙われているかもしれない、そう知っていたら学校なんて平気で休んでいただろう。


 しかし、彼女は言った。

 負けたくないと。

 自分を捨てる気はない、屈する気は無いと言葉にしていた。

 それを無下にはできない。


 それに、彼女が大人しく学校を休む姿など想像できなかった。


「……ふんっ。いいですよーだ。どうせユメたそはゆーくんが四六時中守ってるから安心ってことですね分かります」

「いや、そこまで言ってないけど。というか拗ねてる?」

「拗ねてませ~ん、ごねてるだけです~」


 同じじゃん。と思ったがこれ以上踏み込むとキレ散らかしそうなので止めておこう。


 彼女の日常と身柄、どちらも守る。それを両立するための作戦を練るのだった。

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