第4話:大都会

「ひゃあああ、やっと着いた! セントラルは車が多いな、一時間も掛かっちまった」


 シーナの操るほうきは、セントラル内にあるセンテラ・ブシ・コマンド警視庁に着いた。


 地球側の警視庁は同じ場所にあったエストノス・ブシコマンドの中央指揮所と融合、巨大な城と近代的な建物が合体し、その上にマギテラの自然が絡んだ奇妙な場所になっている。シーナが正面の車寄せに入ろうとすると、正面を警備している二人のブシ警察官のひとりに停められた。


「おい、そこの魔女警官! ……何だ、バウンティハンターか。この車寄せは上層部の方々専用だ!」

「ヘイヘイ」

「なんだその口の利き方はぁぁぁl!」


 警官が怒声を浴びせるが、それを片方の警官が止める。


「おい、やめておけ。……失礼しました。左手にある入り口から地下駐車場にお回りください。そこで認証を受けて頂ければ庁内に入れます」

「サンキュー。あんた、親切だね」

「いえいえ、どうも」


 シーナがサッと敬礼をすると、応えた警官もスッと敬礼で返した。シーナはほうきを発進させて、駐車場に向かった。


「おい、今のはどういう……」


 絡んだ警官が怪訝そうに相方の警官を見ると、顔全体に冷や汗が噴き出している。


「ど、どうしたんだ、それ?!」

「お前、知らないのか。あれが有名なウストニュウエル・ニシアライ署の〝シーナ・ザ・ブレット〟だ」

「あのカッ飛び娘があれか!」

「お前、何も知らないな。……無理もないか、第一次・第二次ヌルドジーレイド・ホッカイドー独立戦争に参加してないからな。うわさじゃあ、あの娘は……」

「!」


 もう一人の警官は、恐怖のあまりにダルマのように縮こまった。


   ◇


 シーナの操るほうきは、駐車場に滑り込んでいく。


 さすがブシ・警視庁である。駐車場内には貴重な自動車・バイクをベースにしたパトカーや白バイが、ずらりと並んでいる。


「うわ、240Z? こっちはセリカGT? RX‐3? こっちは白バイか……ホンダのCB750? こっちはスズキのGSX750? すっげー、ある処にはあるもんだなぁ……おっと、いつまでも眺めているわけにもいかないか」


 そう言ってシーナはほうきを呪文で小さくすると、とにかく駐車場の受付に向かう。


 警視庁のマークが付いたとんがり帽子を被った、お堅そうな魔女の受付嬢がじろりと黒縁メガネの中から睨む。シーナは意に介さず、カチッと敬礼する。


「ウストニュウエル・ニシアライ署から第十三魔法機動捜査班に転属の拝命を受けました、シーナ・ガブリアーナと申します」

「魔法銘の登録をお願いします」


 魔女はそう言って、自分の手の平をシーナに向ける。


 どんな魔法にも、〝銘〟がある。師から受け継いだ魔法力には独特の魔法の行使の仕方があり、それが〝銘〟となって現れるのだ。


 シーナは一瞬気まずそうな態度を見せるが、『しょうがない』といった表情をするとしぶしぶ手の平を受付の魔女の手の平に重ねた。


「アクセプト」


 魔女が呪文を唱えると、受付の机の上の警戒灯が「ビーッ、ビーッ」と甲高い音が鳴り始めた。シーナは『やれやれ』と言う顔をする。


「えっ? 偽造?」


 受付の魔女は戸惑いの表情を浮かべるが警報は一瞬で収まり、登録帳には魔法銘が自動的に記載される。


「え?」


 予想外の展開に、シーナは少し面喰らう。


「あ、あれ?」


 受付の魔女は一瞬狼狽した表情を浮かべたが、警報が収まったのを見て平静を取り繕う。


「も、問題ありません、記帳されました」


 シーナは視線を逸らし、心の中で呟く


『やれやれ、危うくバレるところだった……さすが警視庁と言いたいところだが、何でパスした?』


 動揺を隠し、もう一度受付の魔女に向き直る。


「ところで、第十三魔法機動捜査班というのは、何階になりますか? 事前に調べた限りでは、配置図に記述が無いのですが」

「えーと、部署名は有りますが……建物内に部屋は有りませんね」

「はあ? それは一体どういうコト……」


 そこまで言ったシーナの言葉を遮るように受付嬢は言葉を続ける。


「その部署の責任者はいま爆発物処理班の対爆試験場に居るようです、そこに行って聞いてみてください」


 そう言ってエレベーターをペンで示した。


「はあ?」


 受付嬢の言っている意味が全く解らない、いったい何を言っているのだろうか?


   ◇


 シーナが耐爆試験場の管理室に入ると、耐圧ガラスで遮蔽された向こう側に耐爆試験場が見える。学校の体育館を正方形に押しつぶしたような部屋の中に分厚い鋼鉄製の巨大な壺型の耐爆容器が見える。


「いきます」


 黒髪の中に銀髪の混じったストレートヘアを右半分はロングに、左半分はショートにして、細いピンストライプの入ったまっ黒なスーツ姿の女性が耐爆容器の上部開口部を覗き込みながらつぶやく。パッと見は二十代前半に見えるが、ある種の威厳のようなものを纏っており、凛々しい大人に見える。


「よーし、来いぃ!」


 二十代後半に見える感じのショートヘアで少しふくよかな、内勤の制服を着た小柄な警察官が耐爆容器の内部で応じると、頭上に紫色のゼリー状の柔らかな物体を出現させた。


 黒髪の女性が黒い手袋をした右手を高く上げ、呪文を唱えると真っ黒な魔術の塊のボールが生成された。女性はそれを耐爆容器の中に放り込むとフタを閉め、ロックを掛ける。


「爆ぜなさい」


 ゴォォォォォン!


 内部で魔法が解放され耐爆容器は一瞬膨らんだように見えたが、すぐに元の様子に戻った。


「枢女ちゃぁん、開けてぇ」


 耐爆容器の中から声が響く。スーツ姿の女性は耐爆容器のフタを開くと内部に手を伸ばした。


「どうですか? 隊長?」


 耐爆容器の中から引き上げられて、服も体もすすとゼリーにまみれた警官が出てくる。


「ケホケホ……うん、もうちょっとかなぁ……でも全開には遠いんでしょぉ?」

「一割ってとこですわね……」

「一割! 全然遠いじゃないかぁ! あーあ、道のりは遠いぃ……」

「いったいこれは、何の遊びですか?」


 黙って外で見ていたシーナだったが、呆れた顔をして耐爆試験場に入ってゆく。


「あなた、どなた?」


 スーツ姿の女性が怪訝そうな顔をして睨みつけると、それに気付いた警官が叫んだ。


「あ、シーナちゃぁぁぁん!」


 警官は耐爆容器の上から、シーナに向けて飛び降りる。


「え?」


 ズゴオオオオオン!


「ぐえええええええ!」


 全体重の乗ったフライング・ボディープレスがシーナに炸裂した。


   ◇


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!」


 警視庁の食堂で桜色のパフェを前にしてふくれっ面しているシーナに、きれいな制服に着替えた警官が必死に謝っている。


「ずいぶん手洗い歓迎ですね! 本庁の儀式か何かですか?」

「まあシーナちゃぁん、そう言わずに食べて機嫌直してよ、てへぺろ?」

「ところでいったいなんで食堂なんですか?」

「あははは……、まだ新しい部署なんでぇ、部屋が用意できてないのよぉ。まあ、細かいことは気にしないで食べて食べて? ブシ・警視庁特製の桜田門パフェ、美味しいよぉ?」


 そう言われてシーナは、目の前のパフェをひと口食べる。


「!」


 なるほど、これは確かに美味しい……シーナは次々にパフェを口の中に放り込む。


「どおぉ? しーなちゃぁん、美味しいぃ?」


 パフェをペロッと平らげ、シーナは制服の袖で口を拭う。


「ところでさっきのは何だったんですか?」

「強力な魔法力を受け止める術式のテストよぉぉぉ。ほら、先日もウストニュウエル・ニシアライ・ブリッジの上でバリケードが突破されたじゃないぃ。ああ云った時の対応策よぉ?」

「何でそんなことを知っているんですか?」


 驚いたシーナの脳裏にサッと閃くものがあった。


『シーナちゃぁん、だ・大丈夫ですかぁ?』


 ウストニュウエル・ニシアライの街中で出会った、赤い女性白バイ警官の制服を着た謎の白バイ警官が脳裏をよぎる。


「そのふやけた顔! そのふやけた物言い! あの時の白バイ警官か!」

「やぁっと判ったぁ?」

「あんた一体……」


 ハッとして相手の制服を確認する。


「け・警視さま?」

「そう、私がこの第十三魔法機動捜査班の隊長ぉ、菅竈由良すがかまゆら度美乃どみのでーすぅ」

「菅竈由良? 地球出身ながら、弱冠十歳で魔女になり、十六歳で大魔法使いになった菅竈由良度美乃さま、ですか?」

「あはははは、まあそうなんだけどぉ」


 立ち上がり、敬礼する。


「失礼しました! このたび、第十三魔法機動捜査班への転属を拝命いたしました、シーナ・ガブリアーナです!」

「え? いきなりあらたまらなくてもいいよぉ……」

「はん、階級を見ただけでその態度? 器が小さいですわね」


 スーツを着た女性が、呆れたように呟くのを、シーナは聞き逃さなかった。


「あ? 言ってくれるじゃねーか。何だお前? そんなスーツを着て、刑事ドラマの見過ぎか?」

「ふん、若く見せればチヤホヤされるから警官の制服を着ないの? 学生気分の抜けないバウンティーハンターは、これだから困りますわ」

「んだと? やるか?!」

「ええ、受けて立ちますわよ!」

「二人ともやめてよぉ。二人が本気出したら、このブシ・警視庁が吹っ飛んじゃうわよぉ! 取り敢えず今は、ここに居る三人だけの部署なんだからぁ」

「え、どういうことですか?」

「今言った通り、第十三魔法機動捜査班は、あたしと、ここに居る上羅月かみらつき枢女かなめちゃんと、シーナちゃんの三人だけの部署なのぉ」


 呆気に取られたとはこのことだろう、シーナは口を開けたまま立ち尽くしていた。


「はあ? だって、優秀な魔女が集められた部隊が十三もあるんでしょ?」

「あははははは、実は魔法機動捜査班は、あたし達の部隊が最初なのよぉ」

「え? だって第十三って……」

「そっちの方が恰好いいでしょ? 『敵か味方か、第十三魔法機動捜査班!』なんてぇ?」

「帰ります」

「え?」

「もと居た所轄に帰らせて頂きます」

 立ち上がるシーナの腰に、ガシッと度美乃がしがみつく。

「ええい、放してください! たった三人で何が出来るっていうんですか?!」

「そんなことはないよぉ、シーナちゃんは〝銀弾〟を捕まえたくないぃ?」

「〝銀弾〟?! 菅竈由良警視は〝銀弾〟のことを、何か知っているんですか?」


 腰にしがみついた度美乃がニヤリと笑った。


   ◇


 食堂のテーブルに十数枚の写真が並べられる。


「この六枚が、〝銀弾〟が初めてエドリバ・エドガワの信用金庫を二軒襲った時のもの、こっちがヴィンデコ・カツシカの信用金庫を二軒襲った時の。こっちがこの間ウストニュウエル・ニシアライの信用金庫をおそったときのものよぉぉぉ」

「! スゴイ! よく手に入りましたね!」

「使い魔を監視カメラ替わりに使っているところに協力してもらってぇ、魔法を使って念写させたのぉ」

「こんな鮮明な念写が手に入るなんて……」

「さあシーナちゃん、よく見てちょうだいぃ?」

「アウターリング周辺が多いですね……」

「セントラルの都市銀行は金に飽かせて、ドラゴン族や巨人族まで揃えた警備をしいてますわ。迂闊には手を出せません」


 枢女が冷徹な声で言い放つ。


「シーナちゃん、何か気になるぅ?」


 枢女の言葉に反応も見せず、シーナは写真を食入るように見つめていたが……


「うん?」

「何か、何か解ったぁ?!」

「この写真には三台のバイクが写っています、間違いない」

「なぜそれが判る?」

「見てください、排気管の位置を」

「はいきかぁん?」

「バイクの発動機(エンジン)内で燃焼したガスを、外に放出するパイプです。ほら、ここのところ」


 シーナが指差すところを、度美乃は注視する。


「なるほど、パイプの位置が違うわねぇぇぇ……と云う事は、つまりぃ?」

「少なくとも三台のバイクが犯行に使われている、と云う事です」

「なるほど……だから、なのですね」

「だから……だと?」


 枢女の言葉に、シーナは反応する。


「枢女ちゃんはね、ここには三人の運転手が写っているっていうのよぉ」

「運転手じゃない、ライダーです……三人のライダー? なんで判る?」


 シーナには、銀色のプロテクターのようなものに身を包まれた、ライダーの違いが判らない。


「生体エネルギー=ライフフォースの色が違いますわ」

「ライフフォース?」

「魔法では判らなくとも、わたくしの目は誤魔化せません。明らかに生体エネルギーの質が違いますわ。それに体型も随分と違いましてよ。この『デブ』のウエストの膨らみ! 明らかに他の二箇所の写真と違いますわ。それと、こいつは靴ですわ」

「靴じゃない、ライダーブーツだ」

「そう言うのですか? こいつのブーツの先端は、他の写真のブーツと明らかに違いますわ。つまりここには三人の人物が写っている、と云う事です」

「大した観察眼だ。なんだ、恰好だけじゃなかったのか」

「あなた、間違いなくケンカ売ってますわね?」

「まあ、二人ともいがみ合わないでぇ。シーナちゃぁん、明日から〝二人で〟聞き込みに回ってもらえるぅ?」

「え? 今なんて?」

「『二人で聞き込みに』って言ったのぉ」

「じょ、冗談じゃないですよ! こんなカッコつけ野郎と一緒に?」

「わたくしだってゴメンですわ! こんな粗暴な、女子のたしなみもへったくれもない野蛮人と一緒に捜査なんて御免こうむりますわ!」

「枢女ちゃん、これは命令よ」


 度美乃の態度が一変した。さっきまでの甘い態度が消え去り、冷徹な組織人としての顔になっている。度美乃はクルリとシーナに向き直る。


「シーナちゃぁん、さっき受付で魔法銘の刻印、登録したわよねぇ? なんで何事もなく通れたかぁ、不思議に思わなかったぁ?」


 確かに一度は引っかかったのに、その後何事も無かったように通れた……一瞬考えたシーナだったが、ハッと気付いた。


「まさか! あの警報が消えたのは、警視が?」

「ちょっとミスっちゃったけど、無事通過出来たでしょぉ?」

「まさか、あたしのコト、知っているんですか?」


 邪悪な笑みを浮かべて、度美乃がシーナに迫る。


「みんなにバラしちゃおっかなぁ? シーナちゃんのコトぉ?」

「き、汚いですよ! 警視ともあろう人が!」

「ブシ・警視庁で生き残っていくにはねぇ、あらゆる手段を使っていかなくちゃならないのよぉ」


 満面の邪悪な笑顔で迫り来る度美乃に、シーナは心底震え上がる。


「二人とも、了解できたぁ?」

「「ハイ……」」

「じゃあ明日から第十三魔法機動捜査班、本格始動よぉ! ウィンデコ・カツシカの聞き込みに回ってちょうだいぃ!」

「……はい」

「……了解」

「返事が小さいわねぇ? 了解かしらぁ?」

「「了解致しました!」」

「ハイ、よく出来ました」

『『菅嘉由良警視コワい! マジ怖いんですけど!』』


度美乃の満面の邪悪な笑顔に、シーナと枢女は心底恐怖しながら敬礼を返していた。

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