第十三魔法機動捜査班!

まちかり

第1話:Gravitasion

 二〇二四年一月一日、空に一つの星が浮かんだ。


 はじめは金星と同じぐらいの大きさだったその星は、日を重ねるごとにだんだん大きくなっていった。


 その星が月と同じぐらいの大きさになった時、人々はそれが自分たちの知っている惑星と全く同じ姿形をしていることに気が付く……そう、その星は地球そのものだったのである。もう一つの地球は半透明で実体感が無く、まるで鏡に映った地球を眺めているように見えた。


『このままでは、二つの地球がぶつかってしまう!』

『人類滅亡の危機だ!』

『政府は一体、何をしているのか?』


 世界中の人々がパニックに陥るなか、科学者たちはもう一つの地球とコンタクトを取ることに成功していた。あらゆる電波を拾い、分析し、解析し、最終的にたどり着いたのは……なんと人間の持つ生体電気を介するもの、すなわち『念話=テレパシー』だ。


 国連によって選ばれた永世中立国のスイスの代表は、生体電気を増幅し〝念〟を増幅する機械に身を委ね対話を始めた。国連本部では、念話の内容を英語に変換し、チャットのように映し出すスクリーンに加盟国すべての視線が注がれている。


 もう一つの地球は、その世界に住む人々に〝マギ・レノグラス・テラ〟、通称〝マギテラ〟と呼ばれていた。連絡の取れた〝マギテラ〟の総国家代表トライスター・ロード・スタリオンに拠ると、


「我々の世界〝マギテラ〟とあなた方の世界〝地球〟、おのおの一個の生命体として存在する二つの惑星は合体して融け合い、ひとつの新しい世界を作ろうとしているようです」

「新しい世界?」

「そうです。我々の世界〝マギテラ〟は、いわば『死にかけている』のです。惑星をひとつの超生物として捉えるこちらの書物〝マギテラ・ガイア理論〟によると、文明・文化の発展・発達が頂点に達し変化をもたらす要素を失った〝マギテラ〟は、『物質として寿命がつきる』という意味ではなく『進化し続ける生命体』としての生命力が失われつつあるのです。これは推測なのですが、あなた方の世界も同じ状況に陥っているのはないでしょうか? あなた方の暮らすその世界も、文明・文化は既に頂点に達し、徐々に衰退しつつあるのではないですか?」


 政治家や科学者たちはなんとなく合点がいった。引かれたレールの上を走らされるだけの今の社会、自分で前に進む力を失った〝世界〟は既に後ろに後退するしか道が無くなっている。


「生命力を失いつつある二つの世界は、融合合体することで一つの新しい世界として生まれ変わり、生命力を取り戻そうとしているのです」

「そ、想像も出来ません! もしおっしゃることが事実だとして、そのあとにはどんな世界が待っているのですか?」

「我々にも想像出来ません。超生命体としての惑星の融合合体など、人智の及ぶモノではありません」

「なんとか止めることは出来ないのでしょうか?」

「我々はあらゆる魔法や術式を展開し、この融合を止めようとしましたが、それは叶いませんでした……」

「え?」


 そう言われた時、地球側の政治家や科学者たちは、誰もが怪訝に思い絶句した。異常事態に瀕しているこの状況で、相手の言う〝魔法〟とか〝術式〟という耳慣れない単語は言葉のアヤか冗談かと思われたが、相手は真剣そのものだ。


「あなたがたの方で、この事態に有効な魔法か術式はありませんか? そちらの星を一時的にどかせて頂くとか、透過させてしまうとか、そう云った類のことは出来ませんか?」

「む、無理です! こちらの科学ではそういうことは不可能です!」


 今度は相手が絶句する番だった。一瞬の沈黙の後、おずおずと相手が切り出してくる。


「……カガク? なんですか、それは?」

「こちらの技術の根幹をなすものです。こちらには、魔法とか術式とかいう技術は存在しておりません」

「な、何ですって! では、どうやって移動したり、物を動かしたりしているのですか!?」

「もちろん、科学によって生まれた技術を使ってです」


 〝マギテラ〟の住民がおずおずと切り出す。


「では、そのカガクとやらを使って、この事態を止めることは出来ませんか?」

「…………」


 地球側は沈黙で答えるしかなかった。政治家や科学者たちには、もう一つの地球の接近を止める術が判らなかったからだ。


「やはり無理ですか……」


 そこでお互いの念話は途切れた。切迫した状況において、どちらもが解決への手段を持っていないことがハッキリしたからである。惑星一個を止めようなどと云う事を、現代科学に期待するのは無駄なことだった。


 強大な軍事力を持つ常任理事国から、核ミサイルでもう一つの地球を破壊してしまってはどうかという案が出されたが、同程度の兵器による報復攻撃の恐れは否定出来ず、その案は立ち消えになった。相互破壊により両方の惑星が消えてしまっては元も子もない。


 唯一判ったことは、この地球が物理的に移動などしておらず、そこにあるがまま、もう一つの地球と融合しようとしている事だけだった。


 二〇二四年六月一日、全ての国において二つの地球が融合合体することが発表され、タイムリミットは二〇二五年の一月一日深夜零時と予想された。


 初めは実体の判らぬ災害を前にしてピリピリした空気が支配していたが、やがて目に見えぬ脅威に対する恐怖心は薄らぎ、多くの人が平穏な生活を取り戻していった。なんといっても惑星同士が〝衝突〟するのではなく、〝融合合体〟するという言葉がパニックを押しとどめていた。破滅ではないのならば変化は受け入れるしかない、と覚悟した人々が大半だったからだ。


 それでも世を儚んで自殺する人々は世界中で数十万人を数えていたが……。

 

     ◇


 その年の年末、十二月二十五日ぐらいまでは、いつもと変わらぬ慌ただしい日々と相まって、宗教家やら破滅論者やら政治活動家やらが騒がしく語りかけていたが、当の市井の人々の心の中は思った以上に冷静だった。


 そして二〇二四年十二月三十一日、地球上のすべての人々の外出は基本的には禁止だったが、祈りの声・酒を飲んで騒ぐ声・阿鼻叫喚が渦巻く中、多くの市民が普段通りの生活を送っていた。ある者はミサに参加し、ある者は神社仏閣にお参りし、ある者は家族揃ってたくさんの料理の前で新年を祝う準備をしていた。


 そして二〇二五年元旦、二つの地球の合体は『ブン』という軽い衝撃と共に終わっていた。


 だが二つの世界の〝融合合体〟という〝イベント〟は、それからが本番だった。


 何しろ、深夜零時を過ぎたら今までそこに無かった山や谷・河や池や湖が現れ、街中に見たこともない城や街並みが、見たことのない人々が、神話や伝説や映画の世界に出てくるようなホビットやゴブリン・オークなどの亜人=デミヒューマン、ドラゴンや巨人などの巨大生物が出現したのである。


 逆にそれは〝マギテラ〟の住民にしても同じことで、深夜零時を過ぎたら見慣れぬ不可思議な服を着て、不可思議な道具を身に付け、不可思議な建物の中で暮らす想像もつかないほど多くの人間たちの中に放り込まれていたのだから。

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