グレゴリウス

大地永笑(大地、詠唱する)

ぷろろーぐ (はじめに①)

巨大黒色立方体の回転移動体◆は、地球上空の宇宙空間を彷徨っていた。

その少し離れた所に、自由の女神🗽かテーマパークのガラス城🏰の全長ほど巨大で頑丈そうな扉🚪がある。

扉の手前には広場があり、それに50段ほどの階段が繋がっている。

階段の1段目より下は当然、宇宙空間である。

回転移動体は二人が来た地球方向から見ても浮遊扉の左上あたりに位置し、少し遠くにあるためか扉と同じ大きさに見える。

それは月と太陽のようだ。

それが、地球上に換算してかなりの距離離れていたとしても、宇宙空間ではごく僅かな距離である。

そして、闇色と同じような色彩で、その境界線は闇に飲まれてかなり判読しづらい。

しかし、たしかにそこにある。


 ──恩師様から借りた杖の力で、地球大陸から宇宙空間へと浮遊しその階段へとたどり着き、一段一段歩いて上って行く。


当然、扉の手前まで飛んでいけるのでは? と誰しも勘づく。

しかし、毎日歩かずにタクシーやジェット機のみを使うように、いつも楽にそこまで浮遊して行く癖をつけるのは、きっと体が鈍って歩くことが億劫になってよくはない、ということなので、正直、自分はどちらでもよいのだが、右隣の恩師様は折角なので歩くことにしたのだろうかと推察がつく。


あるいは、ここに来ると、この建物はどうやって作成されたのか?

その浮遊建造物のあまりの美しさに、いつもゆっくりと、じっくりと、そう思案しながら見物するために歩きたくなるものだ。


他には、術力や体力の温存のためもあるだろうか?


それ以外の理由があるとするなれば…

案外、隣のこの方の行動には、なんの理由もいらないのかもしれない。

ただ、そうしたいからそうしたのだろう。

何百年もずっと見てきて、これが一番、すとんと腑に落ちる考えだ。


足元に目を向けると、階段は上り易く感じる。

そして、全然急ではなくて、とても歩きやすい。

きっとそれは、階段の高低が高すぎず低すぎず、自分が頂上へ向かう線と平行な階段幅が小さすぎず大きすぎていないからというのと、重力の違いの関係もありうる。


次に、造りや色彩についても気になった。

このキラキラとする牛乳キャンデーのような乳白色混じりの瑪瑙石や翡翠石のような石段は、一体どんな素材なのだろうか?

そして、誰が造ったのであろうか?

そんな風に、誰も知らない超古代美術館を見物していると、あっと、残念ながらあっという間に階段最上部の大きな扉にたどり着いてしまった。


扉を見てみると、いつもここの場所に来て気になるのは…


  “NEO”


その文字だった。


全く削ることも、傷つけることも不可能そうな、階段と同じ乳白色の扉に、赤色の絵の具のべっとりとついた彫刻刀ででも容易く削った乱雑な傷跡のようにも、粘土板に対しての楔形にも見える文字で、そう、世界一の巨漢か仁王像ほどの大きさに刻まれていた。


それが本当にその文字で、その意味として書かれたのかという正確性と真実性は皆目わからないが、その不確実性と適当さが、反対に芸術的に美しい印象を抱かせた。


次に否応なく目に入ってしまうのは、足元にある文様で、床の大円形の円の中に、得体の知れない青い大紋章がある。

その巨大紋章の円の半径は100か50ミーターほどで、その中央に二人が立つと、凍った北極の地下氷河がマグマへと突然変わり、ぐつぐと沸騰するかのようにそら恐ろしい雷を放つ姿で光輝いた。

そのマグマ色の赤には半数以上金色も混じっていた。


ふと、何か嫌な雰囲気がする。

何度も経験したあれだ。

瞬間、息が止まる。


  “天高く上昇する資格のある者たちよ、その真実の意志をここに示せ”


その言葉は、脳内に直接語りかけた。

いや…、それだけではない。

全身の皮膚からも聞こえるような代物でもあった。

それは、皮膚呼吸や全身に鳥肌が立つ様に似ている。


その感覚は、ある種のゾーンのようなもので、少しも上手くは形容できないが、まるで呼吸と心臓が止まった──その一瞬にしか話せない無限の意味を宿す言語のようなもので、大きな音の振動をザァッと全身で浴びるような、全身に雷や突風でも隙間なく突き刺さったかのような感覚もあり、そのときのその視界は、まるで弱視の方が見る配色に似ていた。


この不思議なシステムや建造物に対して、直感的に次のような印象を抱いた。

自分があらゆる術を駆使して世界を造り替え、歪めることはできたとしても、元来世界にあるものは一つも形創ったものではない。

何が言いたいかというと、この世界のことわりや建物を建造した人間が居るとするならば、私より上位の存在に思えた、ということだ。


恩師様が扉に暗黒石をかざすと、扉がゆっくり開き、マグマ色の円形床とともに2人は僅かに宙へ上昇する。


扉の先の闇は牙をむく獣のようにして獰猛に暴れ、うねる。

闇の荒波はヴォイドのようにして渦巻く。

その闇から優しく強く守るように二人の全身が光に包まれ、輝く。


以前と同じく、二人はこの扉の中へと続く、回転移動体内部上空へと導かれ──


  “よろしい、では、行くがいい。資格ある者たちよ”


  オレ「あなたは、一体?」


つい、子供が無意識に思ったことが口に出てしまい無邪気に話しかけるように、どうせ答えるはずのない、絶対に会話が続くはずなどないと思って、ずっと疑問に思っていたことをつぶやいてしまっていた。

そんなこと言わなければよかったと失敗した。

これがより一層、さらのさらに分からなくさせてしまっていたからだ。

この世には知らない方がいいものもある。

その時が来るまで分からなくていいことだってあるのだ。

なぜ分からなくてもいいかといえば、分からないことはいくらどんなに考えても分からないものだからだ。

それは物語が2度終わった後の、その後の最後の1回に暴かれるようなイメージがなぜだか思い当たった。

今は分からないが、感じたのはそんな予感めいたものだった。


  “私はネオ、資格ある者たちよ”


  オレ「ネオ? ネオとは何ですか? 人ですか??」


  “イェアー”


いきなり、昔の、旧時代初期型パソコンの動作音のような音がどこからかして、二人の目のすぐ前に、光の糸をチクチク、チッチッと齷齪と編むように、青色レーザー光🟦が、高速に下部の右から左にかけて、左から右にかけての移動を繰り返し、すぐさま、見事な人の形を二人の眼前に作り上げた。


その青い立体映像のシルエットは、男か女か分からず、しかし髪の毛は顎先と同じ長さまであって、立派なマントと共にひらひらとしていた。

その人の片方の手は王笏のような杖の形をしたロッドを握って持っていて、もう片方は堂々と腰に手を当てて構えていた。

顔は見えないが、その威厳や佇まいは王様のような風格に見えて、表情は見えないが、ふふんっと鼻を鳴らしているようにもご機嫌な上向き表情のようにも想像できた。

声は、男装のオペラ歌手演劇者を想起させられる。

一つ気になったことは、今自分の手元にある、ずっと恩師様から借りている独特な形のなんでもできる杖と、その立体映像の方の杖は似ていることだった。


  “私は私ではない、イグリッド。現在の腐敗した時代に則って分かりやすく言うなれば…”


  オレ「え? なぜ、オレの名前を?」


  “分からない。しかし、蓄積されている”



  オレ「蓄積、されている?」


  “続けてよろしいか?”


  オレ「ん~? はい! すみません、どうぞ!」


相手に手のひらを向けるジェスチャーをする。


  “私は超古代全宇宙大王ネオ擬人化プログラム。そのコピーとして今ここにある”


  オレ「過去の優れたネオという方が、その思考をコピーして、あなたのプログラムデータとして形作ったのですね?」


  “それは少し子細を異にする。ネオが、作ってほしいとネオに泣いて頼み、ネオが、ネオにここに残りたいと必死に懇願したのだ”


それはどっちのネオだ? 

と思ったが、最初に出てくるネオが本物で、後がコピーのあなただろうか?

でも、物事を決定することができる思考を持ったAIが決定を下したということなの、かな?

そのように、漠然と思った。


  オレ「ほかに何を知っていますか? 自分のことをよく知っているとするならば、オレに対して何か言わねばならないこと、伝えなくてはならないことってありますか? やはり、そんなもの、宇宙のどこにもありませんよね?」


  “存在する。私の知識として蓄積されたデータでよいな?”


  オレ「いっ? はい。本当にあるんでしょうか??」


  “イグリッド、このようなことが伝えたいとある…”


少し沈黙して続けた。


  “……私はあなたの最良の夫にして、あなたの最高の妻だ”


  オレ「はぃぃぃ??」


  “運命の女神は、誰に微笑むのか? いや、あなたが本当のそれそのものなのだ”


  オレ「んぇ~、どういうことですか? 全然分かりません。オリジナルのあなたは、オレと一体、どういった関係がある人だというのですか?」


  “これも、我に蓄積されたデータでよいな?”


  オレ「はい…」


  “…悪いが、ごく僅かなデータのみしか蓄積されていない。それで我慢してほしい。…では検索する”


  “最も深い所に巨大な思念としてあるのは──、たくさんの女に好かれていて気持ちが悪いので、いつか我に殺されぬようにせよ! とある”


  オレ「うぇーぃ?」


そう言い終わると青色立体映像は消えていた。


それと同時に、少し上昇した円形床の停止は解かれ、床は音を立てて一気にびゅんと天井へ移動を開示する。


  オレ「え?! こっわ!! この急に動くのこっわ!! この移動に何の意味が!! なぜ上にぃ!!」


  恩師様「うふふ」


何故、以前には一度もなかった、天井方向へ高速移動するフェイントをかますのか、という理由は、皆目分からないが、天井あたりへ向かうことで勢いをつけて一気に扉先へ進むためだろうかと雑に予測できる。

私たちの乗った、マグマ色の丸い床の乗り物は、階段方向へと離れた、扉の一番上と同じ高さ上空で停止する。


  恩師様「先ほどの立体映像は…、なんだったのでしょう? あのようなものは初めて見ました。もちろん、立体映像はさほど珍しくはありません。大切なのはその中身です」


  オレ「いえ。少しも分かりませんよ!」


  恩師様「何か、イグリッドのことを、とてもよく知ってる風だったね?」


  オレ「はい。オレの方は少しも知りません。オレ、ネオという方に会ったことがあったのでしょうか?」


  恩師様「ははっ、どうだろうね? 私には、あなたの思い出せない知識については探索術の範囲内の限りではないので、分かりません」


  オレ「そうですか…。余計なことを言ったばっかりに。…訳が分かりません。どういうこっちゃ!」


  恩師様「うん。でも、こんなことってあるんだねぇへ? 古代遺跡が話しかけたみたいで面白かったねぇ?」


  オレ「ええ。あらゆることが、余計分からなくなってしまいました。こんがらがってしまい…何が何やら…、全部嘘か? 本当か? もうだめだ…」


  恩師様「しかし、それでいいんじゃないかな? それらの言葉は、案外、何かすごい特別で貴重な言葉で、今後、思いがけないときに役立つことだってあるのかもしれないよ? もっと小さなときに綺麗な小石を拾ったみたいな気持ちでいいのでは?」


  オレ「そうですね。そうだと…いいですがねぇ」


  恩師様「うんうん」


急に天高く舞い上がった、低くて広い円柱床は再び動き出す。

その速度はだんだんと速くなり、瞬きする間もなく、扉のその先の沸騰したような暗黒に抱かれて視界は真っ暗になる!

──と思ったが、その床の円盤は元々あった円柱形の隙間にすっぽりとはまって着地する。

すると、扉が閉じる。


  オレ「いや、入らんのかい!! 戻るんかい!! 閉じるんかい!!」


  恩師様「あれれぇ? どうしたんだろうねへ?」


  オレ「予期せぬ会話があったから、誤作動を起こした、とかなのですかね?」


  恩師様「…どうなんでしょう?」


  オレ「霊魂術でプログラムを思念として探索してみます…。データに対しても以前の星と同じように可能かもしれません。恩師様の方がこういうことは得意なのかもしれませんが…」


地球全体の魂に対しても、魂あるものに対してはその思いを重ね、思いが読める代物だ。


  恩師様「…で、どうだった?」


  オレ「ああ…たぶん、プログラム思考体の最外部しか読み取れませんが…ふざけてイタヅラしているんだと思います。予感ですが、ネオという方の積年の恨みがそうさせたいのかもしれません。つまり、妨害プログラムです。プログラムの思考としては、このまま扉の向こう側へ行くことも可能だった可能性があり…、うわぁっ!」


そんな衣服の毛玉ほどの予感である、無駄な会話をしていると、話の途中で、瞬きする間もなく赤色紋章の床が浮遊し、扉が開かれる。

知らずに消失していた身体を護る光が、扉の黒の邪気の荒波から護るように、再び二人の身体を強く光り輝かせた。


きっと、今度こそ大丈夫だろう。

それは、よくある、テーマパークのジェットコースターが落下する時に急停止し、故障のように偽って見せて脅かせて再加速するようなアトラクションにも似ている。

あるいは、観覧車🎡で強風が吹いて停止した時のようなものだろうか?

今まで、何度も成功しているよく分からない仕組みが、パソコンの仕組みを全く知らずに安全なセキュリティのパソコンを使っている不安感と安心感を思わせた。

扉の中を高速で突き抜け、踊る闇に触れたが、物が触れる感覚が当然ない。


すると、急に真っ白になってまた真っ暗になる。


急に真っ白になってまた真っ暗になる。


急に真っ白になってまた真っ暗になる。


急に真っ白になってまた真っ暗になる。


電車が🚉地下鉄の中の所々の明るい部分を駆け抜けるかのように、その白転(暗転の逆としてみる)を幾度か高速に繰り返したのち、回転移動体内部の景色にたどり着くことができる。


暗がりの中、恩師様はどこだろう?

全く見えないが、きっとそこに居るはずだと思い、見えないがそこに居るその人のことを思い出す。

様々な種類の宇宙のたくさんの惑星、星々を巡っては手助けをして参ったこと。

ここに初めて来たときのこと。

地球🌏を救済して、長い間去り、もう、ここに来ることがずっとないこと。

そして、手助けする次の星のこと。

きっと故郷へと帰還し、くつろいで無駄な時間を時間を悠々楽しく過ごすことを想像した。

だが、様々な星々をスリーナインのように経過してきたが、私たちがユルドから乗ってきた乗り物である、この回転移動体に付属した、その内部に向かう巨大扉である、これと似た浮遊建造物には一度たりとも出会ったことがなかった。

その両者は、地球で言う、電源コンセントとスマートフォンのように切っても切り離せない関係だ。


そういえば、先ほどからヨーグレットのような、百円玉のような円柱床の通常の動く方向といい、扉から、回転移動体内部へとたどり着くことができることといい、なぜ、前もって知っている風なのかというと、その扉は宇宙船である回転移動体の出入り口として、様々な星々を巡ってきたので、使うのが数度目だからだ。


数度目とは漠然と具体的に、先ほど言った、故郷の星から様々な星々を手助けしてきたとき。

最近、地球に来たとき。

そして、今現在戻るとき。


それにしても、この扉と回転移動体に関する事情の周辺は謎ばかりだ。

一体、どういう仕組みで出来ているんだ? ということ。

そして、惑星ユルドでエリートでもなんでもないオレが、どうして選ばれて来なくてはならなくなったのか? ということ。

惑星ユルドから一番の代表選手のようにして、落ちこぼれのオレが選ばれた理由については、現在、一切の納得ができていない。

やはり、考えても分からないことは、いくら考えても分からないのかもしれまい。

では、霊魂術のうちの霊魂探索を、惑星ユルドの皆に使えばいい?

ユルドでは、その下等で最弱な力に対して、当然のように赤子の手をひねるように対策されている。


また、視界が真っ白になる。


忘れていたが、この検討のとれぬ異空間では、無音のように思えて今回もほんの微かな音がする。

以前もそうだった。

耳を傾けるとその音はなぜだか意識の向け方によりどんどん巨大になり、パープメロディのようなその音で心臓を喜ばせた。

それは、パブロフの犬のように前回の条件付けとして植え付けられた、錯覚の喜びの音だったのかもしれない。

あるいは、そうではないのかもそれない。


視界暗転。


最後の暗転時間は60分ほどで、最も時間が長かった。

しかし、実際には、たった1分間が伸びて広がってしまった形のようだ。



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