Part2 ハイドの覚悟
*ハイド*
燃える市街地から離れた北の丘の
周囲をコンクリートで補強されたゲートの、地下へと続く頑強な扉が開放され、今も兵士の誘導に従って人々が避難してきている。
その
思えば随分とハーキュリーズの姿を衆目に晒したと思う。
軍はしばらく情報操作に忙しくなるだろう。
いずれ来るであろう後続機の邪魔にならないよう、赤色灯を持った兵士に従い歩いてパッドの外に出る。
彼の案内で麓を回り丘の裏手に向かうと、軍用車両の待機場所となっている未舗装の広場にディシェナが待っているのが見えた。
スクリーンモニターに呼び出したサブウィンドウに拡大映像を出すと、ひどく険しい表情をしているのが分かった。
近くに舟形の車体と背部に折り畳まれた作業用アームが特徴の、前線補給整備装甲車も停車している。
その名の通り、前線のウォーレッグに補給と簡易整備を提供する支援車両だ。
一応頼んだものは用意してくれたらしい。
ハーキュリーズに片膝を突かせ、パイロットシートから立ち上がる。
サブシートのリーナも下りることを察し、シートベルトを外す。
彼女も立ち上がろうとしたが、よろめいてサブシートに再び腰を落とした。
「大丈夫かい?」
「ごめん、腰が抜けちゃったみたい……」
ハイドの問いに、リーナは苦笑いで答える。どこか無理に作っているような笑顔だ。
今日は彼女にはあまりにも多くの苦難が降りかかった。一時は我を失うほどに。
そして自分は、彼女がもう一度心から笑えるようにするため、戦うのだ。
だが、自分のことをリーナにどう話したらよいのか、決めあぐねてもいた。
サブシートの横に立って背中に手を回すと、その身体を軽々と抱き上げる。
町の中を逃げ回っている時、何度も同じ状況になっているというのに、リーナは今更のように頬を赤らめ、身を強張らせる。
だがハイドが目を合わせるとすぐに緊張を緩め、身を預けてくれた。
ブラインドタッチで右手のハンディ・ターミナルを操作し、シャッターとコックピットハッチを開く。
開口部前にやってきたハーキュリーズの掌に移り、再びターミナルを操作。手は胸から地面に向かってエレベーターのように下りていく。
すぐ
スクリーンモニターで確認した通りの、険しい表情だ。手には大きなアタッシュケースをぶら下げている。
安全を確認してからリーナを下ろし、共に掌を下りる。今度は上手く立てた。
それを見届けたハーキュリーズが、再び直立姿勢に戻る。
何も言わず見つめるディシェナに、ハイドは口を開いた。
「いつか母さんに紹介しようと思ってた。こんな時になってしまったけど、今紹介する。この子はリーナ」
「リーナ・アンダーウッドです……よろしく……お願いします……」
ハイドに続けて、リーナも改めて名乗る。
「リーナ、この人はディシェナ・ミデン。一応、僕の……母さんだ」
「ディシェナさん!」
急にリーナが大声を上げた。予想外の行動に竦み上がる。
「ハイドのお母さんなら知っているでしょう! ハイドが何者なのか! ハイドはわたしに何か隠してる! その隠している何かのせいで苦しんでる! わたしは知りたいんです! ハイドのことを全部……」
「リーナ、落ち着いて」
いつになく取り乱し、食って掛からんばかりのリーナを、ハイドは思わず制止した。
「少し、外してもらえるかい? 母さんとこれからどうするか相談しなきゃならない。話が付いたら、どんな形であれ、必ず君に全部話す。待っててほしい」
リーナは無言で頷き、ハーキュリーズの方に下がった。
ハイドはディシェナと共に、兵装輸送車の陰に移動した。
まずはお互いに、持っている情報と個人的な見解を出し合った。
ハイドの予想通り、軍の出動が遅れたのはミサイル攻撃を受ける直前、この町の近辺にある基地で人為的な爆発が発生したからだった。
更にこの爆発の直後、突如軍に"投降"した男が尋問の中で『反統合軍"エキドナの子供達"殲滅任務部隊アーガス』なる組織の工作員を名乗ったという。
"部隊"を名乗っているが、実態はほぼテロ組織だろう。
これもまた予想通り、この事態は反統合軍残党の仕業だったのだ。
男は続けて、攻撃はこの町の近海に展開した大型ウォーレッグによるもので、町に住んでいる最後の"エキドナの子"を差し出すことを要求した。
証言を裏付ける証拠として、町の沖合でレーダー波らしき不審電波が観測され、波高観測ブイも何か巨大な物体が海中を移動している反応を示しているという。
更に付近で哨戒中のコルベット艦が雷撃を受けて航行困難となり、工作員と同じ内容のメッセージを受け取ったという。
ディシェナから新たな情報を手に入れたハイドの胸中は、煮え滾らんばかりだった。
間違いない。これはかつての敵からの、過去からの挑戦状だ。
ハイドはすぐにでもハーキュリーズに乗り込み、飛び立ちたい気分だった。
「母さん、行かせてくれ」
「あの時と同じことを、繰り返すつもり?」
ディシェナは首をすぐに縦には振らなかった。
ハーキュリーズを始めとするハイドが持っている力は、その気になれば世界を敵に回しても戦っていける力なのだ。
以前、報復のためだけに自らの力を使い、取り返しのつかない事態を引き起こしたことがある。
ハイドがアーガスと戦う道を選べば、その再現となるだろう。
そして当時は軍や政府が真相を闇に葬ってくれたが、次も後ろ盾になってくれるという保証はどこにもない。
ディシェナは、ハイドに再び怪物となる覚悟を問うているのだ。
「ハイド、あなたが決めなさい。引き返すなら今よ」
「僕は逃げるつもりは無い。戦うよ」
ハイドは迷わず答えた。
「奴らの攻撃であの子は……リーナは、家族も住む場所も失くした。母さんなら分かるだろう? それがどれだけ辛いことか」
ハイドは知っている。ディシェナはハイドのきょうだい達が1人、また1人と命を落とす度、実の子同然に育てた彼らのために、陰で涙を流していたことを。
「僕はもう、大切な人が傷付くのを見たくない。これは僕自身のための戦いじゃない。リーナのための戦いなんだ」
「そう……分かったわ」
そこでディシェナは少し寂しげな顔をして、持っていた金属製のアタッシュケースを差し出した。
「母さん。ありがとう、分かってくれて。リーナを頼む。母さんの方が、上手く説明できると思うから。それに、リーナと話す前に、少し気持ちの整理がしたい」
アタッシュケースを受け取り、ハイドはその場を離れた。
空は町の炎が移ったように赤く染まり、夕暮れ時を告げていた。
リーナの両親が死んだのが自分のせいなら、飛び立つ前にやらなければならないことがある。
彼女が来たら、謝ろう。
そして、悲しみも苦悩も、全部吐き出してしまおう。
リーナに僕を罰してもらうんだ。
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