短編作品集(ホラー)

関口 ジュリエッタ

短編作品集1 妹はチェンソー使いのサイコパス

 可憐な桃色の景色に変わる桜の時期、一人の少年赤沢騰矢あかざわとうやが初々しい高校生へのデビューをする。

 騰矢の実家からはるばる遠い高校を受けた理由は単に親離れがしたいことではなく、もっと深い理由を持っていた。

 必死に勉強してなんとか騰矢は第一志望の高校に受かり嬉しい気持ちが身体中からこみ上げて舞い上がる。

 受かったと報告を両親に伝え、そのまま実家にへと帰路につく。



 しばらくして実家から引っ越し、高校近くの安い築三十年は超える一Kのアパートに入居し、晴れて一人暮らしの生活が始まった。

 家賃と食費の最低限は両親から出してもらえるが、それ以外の費用はアルバイトで賄う。

 たまたまアパートの近くにコンビニがありアルバイト募集の求人を目にし、急いで応募。

 結果は採用。明日の夕方から働く事となった。


 入学式を迎え、騰矢はアパートの部屋を出て、学校に登校した。

 校内に入りクラス表を確認し、指定されたクラスに荷物を置き、すぐに体育館に向かう。

 中学と同じく、入学式で行われる校長の挨拶がとても長く、騰矢は急に襲ってきた睡魔と長時間の死闘のもとあっけなく敗れ居眠りをしてしまう。

 しばらく延々と続いていた校長の挨拶が終わると同時に目を覚まし式は無事終わりを迎え騰矢は自分のクラスに戻る。

 クラスに入り自分の席に向かう途中ある女子高生に目を向けてしまう。

 桜胡桃さくらくるみ、クラスの中ではひときわ目立つ美しい人物。

 栗色の艶のあるロングヘヤーに綺麗な赤いルビーのような瞳で顔が整っている美少女。

 運良くクラスの席が隣だったため、騰矢は勇気を振り絞って声を掛けた。


「初めまして。俺、赤沢騰矢っていうんだ。よろしくね」

「こちらこそ。私は桜胡桃、ここからすぐの古都ノ原中校から来ました」

「俺は他県か来て、今は親元離れて一人暮らしをしているんだ」


 すると胡桃は目を輝かせて騰矢に尊敬する眼差しを向ける。


「すごい! 高校生で一人暮らしをしてるなんて尊敬します!」


 顔を寄せてくる胡桃に少し騰矢はたじろぎ頬を染めて目を背けてしまう。


「べっ、別にすごくはないけど、いずれ親元から離れないといけないからその為の予行練習みたいなもんだよ」


 いいところを見せようと、少し騰矢は自慢げに話す。


「赤沢君はなにか趣味とかあるんですか?」

「趣味か……、強いて言うなら読書ぐらいかな」

「私も本が好きなんです! どんな本を読むんですか?」


 いきなり食いついてきた魚のような胡桃に、騰矢は思わずたじろぐ。


「え~と、今話題の春日屋かすがや先生の作品『桜色』かな?」

「え!! 私も春日屋先生の大ファンなんです! 素敵ですよね彼の作品わ」


 まさに運命の出会い。お互い趣味が合い、まだ出会って間もないのにもう打ち解け合い、騰矢の好感度は爆上がり。

 帰りのHRを終えた騰矢は途中まで胡桃と帰り、アパートに着く。


 ゆっくりと夜まで読書をし、帰る途中近くのコンビニで買った弁当とペットボトルのお茶をテーブルに置いて食事をし今夜一日を締めくくる。



 

 時刻は深夜。騰矢はふと目を覚まし外から自分の名前を叫ぶ女性の声が聞こえた。

 何ごとかと思い、重いまぶたを擦りながらそっとカーテンを開けると騰矢は驚きの光景に目を見張る。

 なんとチェンソーの轟く音と共に騰矢の名前を叫ぶ妹の江美えみがいた。

 素早くカーテンを閉めて騰矢は自分を落ち着かせるために深呼吸をする。

 とにかく今はあの殺戮マシーン化した妹にバレないよう騰矢はとりあえず布団に入り朝まで眠ることにした。



 朝を迎えて騰矢は学校に向かうとき部屋の玄関のドアをゆっくりと開け外に江美がいないか確認する。

 いないことを確認できた騰矢はそっと胸をなで下ろして外に出て学校に登校した。

 実は騰矢が一人暮らしを始めたきっかけは、妹の江美が原因。

 彼女はドが付くほどの超絶ブラコンのサイコパス。

 毎日甘えてくる江美を相手にしなかった場合、彼女はいつもチェンソーを持って襲いかかってくるため、騰矢はそんな毎日を送るのが辛くなったため一人暮らしを決意した。

 やっと江美から解放されたと思いきや――まさかここまで騰矢を追って来たのには正直驚きと恐怖心で学校に登校する。

 胡桃と楽しく学校生活を送り、下校途中も仲良く一緒に帰っているとき彼女からあることを告げられた。


「ねぇ、今度騰矢くんが住んでいるアパートに行ってもいい?」

「もっ、もちろんいいよ」


 まだ会って間もないのにお互いは下の名前で呼び合うほどの中になる。

 

「やったあ。それじゃ次の休みに行くからね」


 胡桃は笑顔で手を振りその場から去って行った。

 その楽しいやり取りを電柱の影から顔を覗かせている江美がいたとは知らずに。



 

 胡桃がアパートに訪れる日を迎え騰矢は部屋を綺麗に掃除をし準備万全。

 それから少しの時間が経ち、部屋の玄関のドアベルが鳴り響く。

 騰矢は急ぎドアを開けると、そこにいたのはまるでおとぎ話から出てきた妖精のような美しい私服姿の胡桃が立っていた。

 清潔感のある白いフリルのワンピースにプチ化粧をしてる姿に騰矢は思わず見惚みほれれてしまう。

 急いで胡桃を部屋に通し、お互い向かい合って座布団に腰を下ろす。


「ごめん、張り切り過ぎて少し早い時間帯に来ちゃって……」

「気にしないでよ。早いっていっても十分くらいなんだし、そうそう胡桃に見せたい物があるんだ」


 そう言い騰矢は本棚から一冊の真新しい新書本を取り出し胡桃に渡す。

 すると胡桃はその本を見たとき目を見張る。


「これ春日屋先生の新刊じゃない!? 私これ発売日に急いで近くの書店に向かったんだけど完売しちゃって読むことできなかったんだよ……」

「俺はもう読んだから貸して上げる」

「いいのっ!!」

「……ええ、どうぞ」


 テーブルから乗り出し顔を近づけてくる胡桃に戸惑った騰矢は顔を背ける。

 胡桃の髪は椿のいい香りがし、ついつい騰矢は嗅いでしまう。

 本を両手で抱きしめる胡桃はとても幸せそうだ。

 それから楽しく会話をしているとあっという間に陽が傾く時間帯になっていた。


「そろそろ私帰るね。今日は騰矢くんと会話ができて楽しかった」

「俺も胡桃と話せて楽しかったよ。また来てね」

「はい」


 笑顔を向ける胡桃を見て騰矢はもっとここにいてほしいと思ってしまう。

 テーブルから立ち上がり玄関ドア前まで向かおうとしたとき、突如機械の甲高い音が徐々に大きく鳴り響いてくる。

 間違いなくこの音は聞き覚えのあるチェーンソーの音。

 奴が来る、と思った騰矢は急いで胡桃の腕を掴み押し入れへと向かう。


「急にどうしたの騰矢くん。――それにこの機械音はなに?」

「ごめん! 訳は後で話すから今はこの押し入れに隠れてっ!」


 胡桃を押し入れに隠すと同時に、もの凄い音と勢いで玄関ドアが×の字に切られ、破壊された。


「やっと見つけた……お兄ちゃん」

「くっ! 遂に来たか…………江美」


 破壊したドアの前にはチェンソーを構えた妹の江美がこちらに殺意を向けて現れた。

 黒髪ツインテールに学生服を着る姿は一件可愛らしい女子高生に見えるのだが、今は凶器を持ったキチガイ少女。


「落ち着け江美、おまえに黙って引っ越ししたのは悪かった思う! ――チェンソーを振り回すのだけは止めてくれっ!!」


 玄関でチェンソーを振り回す暴虐の江美に必死に止めるよう懇願する。

 するとチェンソーを止めて江美はぼっそと一言話す。


「じゃあ、ここで私も暮らす」

「――それはダメ」


 騰矢の回答を聞かされ眉間に青筋を浮かべてチェンソーの動力レバーを引っ張り甲高い機械音を部屋中に響かせる。

 チェンソーを騰矢に向けて江美は威嚇する。


「拒否=死だよ、お兄ちゃん」

「…………落ち着け我が妹よっ!!」


 絶体絶命の時、運悪く押し入れから何かぶつけたような物音がし、江美はすぐさま押し入れに視線を向く。


「お兄ちゃんここに誰かいるよね?」

「いないぞ。気にしすぎだ(ヤバい! 押し入れには胡桃が……)」

「そう……」


 次の瞬間、江美は騰矢に向けていたチェンソーを押し入れに向けて勢いよく押し入れの襖にチェンソーを突き刺し、チェンソーの歯を勢いよく回転させた。

 何か堅い物を引き裂くような轟音が部屋中にもの凄い響き渡り、それを聞いた騰矢は顔面蒼白がんめんそうはく



 

 しばらくしてチェンソーの電源を切ると同時にボロボロになった襖が倒れる。


「やっぱりいたのね、お邪魔虫が」


 押し入れの中の光景は胡桃が足をガクガクさせて失禁している。

 恐怖するのも無理はない、胡桃の頭すれすれに無数のチェンソーの歯の痕が荒く切られていた。


「あの……わたし……」


 涙を流してブルブル子鹿のように震える胡桃に江美は睨み殺す。


「あんたさ喋っている暇があるなら、とっとと帰れよ」


 江美のあまりの殺すような目つきに恐怖を抱いた胡桃は一目散に部屋を飛び出していく。


「これで邪魔な女狐は出て行った。で、わたしの条件呑んでくれるのよね」

「…………はい、呑みます」


 この妹には逃げることは不可能と思った騰矢は人生の絶望を抱きながら江美との生活を送るのであった。

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