第42話 大切なものを守るためだ
「研究か……魔族にとって人間は、どういった存在なんだ?」
「群れると危険、たまに特出した個体が生まれる種族。ってところかな」
「憎いとか、嫌いとか、そういった感情はないのか?」
「うーーーーん」
考え事をしているのか黙ってしまった。
さっさと答えろと思いはするが、焦らせても良いことはない。じっくり待つ。
「そうだなぁ……普段はエサとしか思ってないし、家を荒らされたとき腹は立って殺してやると思っていたけど、今は少しだけ違う。尊敬、かな。そんな気持ちも出てきたよ」
魔族が人間を尊敬するだと?
そんなことあり得るのか?
内心驚いていることが伝わったのか、プルップはコアを震わせて笑っているようだ。
「マーシャルは私を完璧に倒したんだから、怨みや怒りなんて超越して尊敬するのも当然じゃない?」
またコアを震わせて笑っていた。
過去にプルップと戦った時は完勝とはいかなかったから、前回は恨まれて街を攻撃されるきっかけとなった。しかし今回は違うようだ。
些細な変化が、未来を大きく変える、か。
ナターシャが作った時間を巻き戻す魔法は非常に恐ろしく、絶対に公開してはいけないものだと理解する。禁忌魔法として封じておくのが良い。誰にも知られず、忘れ去られるべき魔法だ。
「だったら親父を説得するの手伝ってくれ」
「難しいお願いだね。私は数いる子の内、一番若くて弱いから意見を聞いてもらえないと思う」
「お前みたいなのが何人もいるのかよ」
「うん。上に四人いるよ」
「最悪だ……」
プルップだけでも何度もやり直してようやく捕まえられたのだ。
さらに上が四人もいるのであれば、やはり全面戦争は避けるべきである。王国が全軍を投入したとしても勝てる未来はない。
「マーシャルだけは狙わないようにすることぐらいなら、何とかなると思うけど……ねぇ、お父様と不可侵の約束をするの諦めない?」
前回とは違ってプルップは素直で、俺を心配しての発言だというのが痛いほど分かる。
不可侵の約束をしなくても街への侵略は避けられるかもしれないが、それだけじゃ足りない。
ストークのクソ野郎とそのお仲間が魔の森にある鉱山を狙い続ける限り、魔物や魔族への挑発は止まらないからだ。
魔族の王はいつか人間に対して報復活動をするだろう。そのとき対象から外してもらいたいため、我が領地を攻め込まないという約束だけはしておきたいのだ。
もちろん、犯人の引き渡しや調査には全面的に協力するつもりである。
「それはできない。領地を攻め込まないという確約が必要なのだ」
「マーシャルは強いのに、どうしてそんなに怯えているの?」
それは領地や領民たちを守るためである。
貴族であれば当然の考えなのだが、強さが全てで弱者は死んで当然という魔族の価値観じゃ、説明しても分からないだろうな。
「大切なものを守るためだ」
「戦えない人たちなんて見捨てれば良いのに」
「それはできない。魔族とは違うんだよ」
「ふーーん」
ぷるっと、一回震えて黙ってしまった。
もう話す気はなさそうだ。
何を考えているのやら。俺には永遠に理解できそうにないな。
* * *
翌日の朝。軽食を食べてから出発した。
ナターシャは全身が筋肉痛のようで足が動かせないと言っていたので、仕方なく俺が背負っている。
魔物が出てきたら即時対応できないのでやりたくはなかったのだが、予定を遅らせるわけにはいかない。むろん、置き去りにもできないので仕方がないと諦めている。
プルップの案内に従い、普段よりも体力を消費しながら森の中に進んでいると、少し開けた場所に出た。
骨や肉片が散らばっていて、近くに生えている木には剣で切ったような跡がある。中心は草が一切生えておらず真っ黒な土がむき出しだ。
懐に入れていた瓶が震えたので取り出す。
「私の家にようこそ。ちょっと散らかっているけど、普段はもっと綺麗にしているからね」
人っぽく振る舞いやがって。
鳥の巣みたいな家をしているくせに。
綺麗にするという概念があるのか疑いたくなる。
こんな場所なら魔族の家だと思わず、冒険者が荒らしてしまうのもうなずける話だ。
「どうやって俺たちが、ここに着いたとわかった?」
「分体がいるからだよ」
黒い土に穴が空いた。
背中にいるナターシャを降ろして剣を抜く。
しばらくして水がせり上がってきた。どんどん大きくなっていく。見上げるほどの高さになった。
「この大きさで分体……なのか?」
「私のとっておきだからね。あと数年もすれば自我が芽生えて、私から離れて本体になるよ」
スライムは分体から本体に変わることができるのか。知らなかった。
分体で経験を積んでから独立する、みたいな流れだとしたら、なんだか子育てに似ていると感じてしまう。
魔族だって種族次第では弱い存在を守ることもするのかもな。
「俺に見せたのは、攻撃するためか?」
「違うよ。私が育てた分体を自慢したかったのと、移動手段として使ってもらいたかったから」
スライムを乗り物にして使えとは。予想できなかった。
隣で目をキラキラと輝かせ、期待したような顔をしているナターシャさえいなければ、即断っていただろうよ。
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