第33話 捕まえた
消滅属性を乗せたオーラを全身、そして刀身にまとわせながら、ゆっくりと歩く。
小さいスライムが飛びついてくるが、俺の体へ触れる瞬間に消し飛ぶ。水の触手で絡め取ろうとしても無駄だ。その程度で止まるはずないだろ。
「そのオーラはすごくやっかいだけど、どこまでもつかな?」
ちっ。
体内の魔力が底を突きれば、オーラは使えなくなることを見抜かれていたようだ。
魔族はオーラが使えないのでごまかせると想ったんだが。
父や騎士たちとの戦いで学んだんだろうな。無限には使えない。限界がある、と。
「お前を殺すまでは持つだろうよッ!」
下半身に力を入れて一気に飛び出す。
目の前にプルップが立っている。
剣を振り下ろすと肩から腹にかけて斬り裂き、両断したが、この程度では殺せない。上と下、どっちにコアは逃げた? 探すとすぐに見つかった。
「頭かッ!」
剣を突き刺すと、水の塊ごとコアが消滅する。勝ったとは思わない。バックステップで距離を取りながら周囲を警戒する。
「本体じゃないって、よくわかったね」
「手応えがなさ過ぎる。演技が下手なんだよ」
どこから声が出ているのか分からない。瓦礫の下か、それとも半壊している屋敷の中か、あるいは……ッ!?
敷地内に倒れている死体が動き出した。ゆっくりと立ち上がると、体を揺らしながら近づいてくる。死者が蘇ったわけではない。スライムが体内に侵入して無理やり動かしているのだ。
大切な人たちを殺すだけじゃなく、冒涜までするか。
許せん。
怒りと共に空気を吐き出してから、今度は深く吸い込む。
ほんの少しだけ落ち着いた。
プルップの本体を探すにしても、近くにいる分体は処分しなければならない。数が多いので各個撃破は時間がかかる。魔力が持たない。
まとめて消すか。
腰を落として剣を後ろに構える。体をねじって力を溜め込んでから横に振るうと、オーラが周囲に拡散した。
近づいていた騎士やユリアの肉体が消えていく。心をえぐるような光景だが目は背けない。オーラが飲み込まれ消えていく姿を眺めるていると、瓦礫すらなくなった場所にローバーが立っていた。
消滅の属性に耐えた理由はわかる。自身のオーラを使って対抗したのだろう。
だが死ぬと魔力は体から抜けてしまうので、使えるはずがない。とすれば、答えは一つ。
「……生きていたのか」
俺の言葉に応える素振りはない。目はうつろだ。意識があるとは思えないので、生きたままプルップに体を操られているのだろう。
騎士の体を使えば魔族もオーラの技術が再現できるのか。危険だな。
一瞬だけ救えるかもしれないと甘い考えが脳裏をよぎったが、すぐにかき消す。
助けたいという気持ちがあると動きが鈍る。脳まで支配されて助けようがないと割り切るしかない……ッ!
「殺して解放してやる。先に逝け」
お互いに走り出し、剣とオーラがぶつかり合う。
押し合いをしているが力は俺が上回っている。ローバーは勝てないとわかり後ろに下がったので、追撃をするため前に出る。
足元から植物のツタが生えてきて全身に絡まってきた。オーラに触れているので即座に消えなければおかしいのだが、植物は存在したまま拘束する力を強める。
目を細めて見ると、蔦の周辺に薄い膜があった。
これは保護の魔法か?
それとも魔力をまとわせているだけ?
原理は分からないが、プルップの魔法で作りだした植物には、オーラに対抗するための処置がなされている。街の中を侵食するだけでなく、オーラに対抗する方法すらも研究していたのか。
「捕まえた」
ローバーは歪んだ笑い方をしていた。
体を乗っ取ることはできても細かい操作はできないようである。
「この程度で俺を止められるとでも思ったのか?」
強気なことを言ってみたが、実は限界が近い。
移動と連戦が続いているので、魔力が底をつきそうだ。
これ以上の魔力をオーラに変換するのは難しいだろう。
……最終手段、鍛え上げた筋肉を発揮させるときだ!
生まれてから今までずっと付き合ってきたからこそわかる。背中、腕、腰、腹、足……ありとあらゆる全身の筋肉が、ようやく役に立てると歓喜の悲鳴を上げている。
お前たちはだいぶ痛めつけてきたが、よくぞついてきてくれた。最後の最後、頼りになるのは、絶対に裏切らない筋肉に他ならない。
「うぉぉおおおおお!!!!」
叫びながら腕を動かそうとする。ブチブチと筋肉が切れる悲痛な声は聞こえた。
だが止めてくれとは言わない。逆にもっと酷使せよと、筋肉が後押しをしてくれる。この期待に応えられないマーシャル・ブラデクではない!
全力で動いていると急に抵抗がなくなった。足や腕、体に巻き付いていたツタが引きちぎれたのだ。
「抜け出す方法はいくつか考えていたけど……これは予想外だったなぁ」
「驚くのはこれからだぞッ!」
早く決着を着けなければいけない。全身の筋肉をバネのように使って走り、剣を振り上げる。ローバの腕を切断した。今度は振り下ろして首の付け根から胸の中心まで斬り裂く。相手のオーラが邪魔をして切断にまではいたらなかったが、この程度は止まらない。
「うぉおおおおおッ!!」
腰、背中、腕の筋肉に力を入れて振りきろうとする。
「ゴフッ」
プルップが植物魔法を使ったらしく、腹にいくつものツタが刺さって穴が空く。
喉から血がせり上がり吐き出してしまうが、無視する。
「これで終わらすッ!!」
剣を振り下ろす力。それをさらに込めると、急にオーラの抵抗がなくなった。消滅の属性を付与している刀身が、肉体を消し飛ばし、中にいるプルップの一部も消滅する。
べちゃりと地面に落ちた水の塊は小さく、真っ赤なコアは行き場を失っていた。
「よう。本体……か?」
「どうだろうね。教えてあげない」
と言っているが、分体よりもコアが倍以上の大きさがある。
本体に間違いない。
「あの世でもまた殺してやる」
剣を突き刺すと水の塊ごとコアが消滅した。
多くのものを失ってしまったが、領地とナターシャは守れたぞ。ようやく安堵でき――。
「やるな人間。我が子を倒したか」
膨大な魔力を感じたので空を見る。
腰から真っ黒い羽を生やした銀髪の男がいた。
手には禍々しい杖を持っていて、見ているだけで精神が犯されそうな気分になる。
相手が名乗らなくても分かる。血縁関係はなさそうだが、老婆の魔族が言っていたプルップの親、魔族の王だろう。
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