第25話 兵どもに伝えてくれ

 泣き続けているナターシャから離れると、護衛騎士の二人を見る。


「後はナターシャの指示に従え。お前たちも生き残れよ」


 気を使ったら、二人とも口を半開きにして驚いていた。


 強い衝撃を受けたのだろうか、しばらく待っても動かない。本当に任せて良いのか心配になってきたぞ……。


「あのマーシャル様が私たちに生き残れと言ったっす……」

「いつもは死んでも戦えと言ってたのに……頭を打っておかしくなったんでしょうか」


 ようやく反応があったと思えば失礼な発言をしやがった。


 文句の一つでも言ってやろうと思ったのだが、ナターシャが笑っていることに気づいて止める。


 俺を馬鹿にすることで場の空気を変えたのか。騎士は脳筋ばかりだと思っていたので、繊細な気づかいができるとは思わなかったぞ。


 将来の死を回避させるという理由で選んだ二人であったが、意外と悪くない判断だったな。ナターシャの側に置いて良かった。


「お前たちは俺の部下じゃないからな。憎まれ役として、厳しいことを言う必要もない。当然の気づかいだろ」


 クライディアとエミーの肩に手を乗せる。


「ナターシャと一緒に幸せをつかめよ」


 別れの挨拶になるので、ブラデク家の長男ではなくマーシャル個人としての言葉を伝えた。


 死ぬつもりなんてないので最後の挨拶というつもりはなかったんだが、二人は感極まってしまったようだ。少しだけ涙ぐんでいるように見える。


「ちゃんと、いい男ゲットするっす!」

「貯めたお金で、美味しいものいっぱい食べますから!」

「二人とも良い目標だ」


 初回の人生では魔物に殺されたし、幸せになってくれという言葉に嘘はない。


 二人から離れると最後に涙ぐんでいるナターシャを見てから部屋を出る。


 未練が残りそうなので声はかけなかった。


 執務室に戻ると現在の兵力、食料、攻めてくる魔物の偵察、決戦兵器の用意など様々な業務を行う。本当に寝る時間すらなく、街から出て行くナターシャを見送ることすらできなかった。


 薄情な兄だと思われたことだろうが、迎撃態勢が間に合ったので良しとしておこう。


* * *


 偵察に出した兵が、前線の砦を破壊した魔物の集団が街に向かっているという情報を持ってきた。数は五万ほどらしい。種類はゴブリン、オーガという人型の魔物や動物、植物系の魔物が中心らしい。空を飛ぶような魔物がいなかったことが唯一の救いだろうか。敵の中にドラゴンが一匹でもいたら、街は一日も持たずに崩壊していただろう。




 魔物があと数時間で襲いに来る。今は外壁に立って外を見ており、隣には見張りの兵と副騎士団長のローバーがいる。


 周辺の村を一つ一つ丁寧に破壊し、人を殺し回ってくれたおかげで充分な時間が稼げた。外壁には千の弓兵。城門近くには突撃指示をまつ騎士と冒険者たち。外壁の上にある小さい塔には、決戦兵器を動かすための魔道士まで用意している。万全の体制だ。


 一万程度の魔物であれば守り切る自信はある。問題は魔族のプルップだ。植物や火の広範囲魔法も恐ろしい上に、体はスライムがベースになっているので耐久力も桁違いに高い。アイツを抑えられるかが勝負の分かれ目になるだろう。


「マーシャル様! 正面に魔物の影が見えました! 先頭はゴブリン! 数は千……いや三千ですッ!」


 望遠の魔道具で遠くを見ている見張りの兵が叫んだ。


 魔物の尖兵との異名を持つゴブリンが来たか。子供ぐらいの知能を持つので武器が使え、ちょっとした興奮剤を使えば死を恐れず行進する兵になる。魔族が集団戦を行うとき、必ずと言って良いほど最初に突撃させて、こちらの様子を見てくる。定番の手法だ。


「他に魔物はいるか?」

「いえ、何も見せません。正門の方に集結しているようです」


 真っ正面から勝負するか。


 予想通りの動きだな。


 魔族は個の能力が高すぎるので、複雑な作戦を嫌う傾向にある。プルップも例に漏れなかったわけだ。


「正門以外の警備は最小にして、全力で魔物を潰そうと思っている。ローバーの意見を聞かせてくれ」

「ふむ。対魔族の戦いであれば、その作戦で問題ないでしょう」

「決定だな。兵どもに伝えてくれ」

「かしこまりました」


 ローバーがマントをなびかせながら、足早に去って行く。


 外壁の上にいる弓兵達は矢を手に持ち、いつでも放てる準備をしている。緊張感が高まるのを感じていると、風が吹いた。


 かすかに甘い臭いを感じたので、プルップも攻めてきているのは間違いない。姿は見えないが後方に隠れているんだろう。


 腕を組みながら待っていると、俺の目でもゴブリンの姿が見え程度には近づいてきた。剣や斧、槍など統一性のない武器を持っている。鎧は着ていないので致命傷は与えやすそうだ。


 ほぼ全員が戦士の見た目をしているが、杖をもった個体もいくつかある。あれはゴブリンマジシャンと呼ばれていて、ちょっとした魔法が使える。多少知恵も回るので先に殺しておきたいな。


「トンケルスいるか?」

「後ろにおります!」


 名前を呼ぶと近くで控えていたトンケルスが隣に来た。優秀な新人と言うことで、伝令役を任せたのだ。


「弓兵に、ゴブリンマジシャンを優先して攻撃しろと伝えるんだ」

「かしこまりました! ゴブリンマジシャンを優先して攻撃するよう指示を出します!」


 ちゃんと復唱できて偉い。


 緊張した場面でも訓練通りに動いてくれる。頼もしいと感じた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る