第12話 馬車のご用意ができました

 トンケルスを帰らせてから、猛スピードで午前に予定していた政務を全て終わらせた。


 専属メイドのユリアに手伝ってもらいながらミスリル性の防具一式と真っ黒な片手剣を腰にぶら下げる。さらにブラデンク家の紋章が縫われた真っ白なマントをまとう。


 当主代理として冒険者ギルドへ行くのだから、このぐらい威圧感のある格好でなければいけないのだ。特に今回はブラデンク家が隠し持っている金の鉱山にまつわる話なのだから手は抜けない。


 執務室を出て玄関にまで行くと、護衛の二人の前に淡い緑色のドレスを着たナターシャが立っていた。耳にはダイヤが埋め込まれたイヤリング。首にはチェーン状の黄金で作られたネックレスがある。貴族の子女と相応しい装いではあるのだが、右手に持つ無骨なミスリル製のスタッフが全てを台無しにしていた。


 あれは魔道士になりたての人が、魔法の発動を補助する道具だ。

 初級の魔法を使えるようになったばかりのナターシャに必須なのはわかるが、冒険者ギルドへ行くだけなのに、持って行く必要があるのだろうか。


「戦いに行くんじゃないんだぞ?」

「そのお言葉。そのままお兄様にお返しいたします」


 正論を叩きつけられてしまい反論できなかった。ナターシャの後ろに控えている護衛の二人を睨みつける。


 お前達が頼りないと思われたから、スタッフを持たれたんだぞ。


「クライディアとエミーを責めないで下さい。私が勝手にやったことです」


 むむむ。こうまで言われてしまえばもう何も言えない。まぁ、もしかしたら荒事になるかもしれないし、スタッフの一本ぐらいは許容するか。


「わかった。わかった。ナターシャの武装も許可する」

「ありがとうございます」


 お礼を言われて抱きしめられてしまった。なんだか小さい頃を思い出し、自然と頬が緩む。昔は良く手をつないだり一緒のベッドで寝たりしていたな。


「あのマーシャル様が笑ってるっす」

「ナターシャ様に弱いって噂、本当だったんだねぇー」


 好き勝手言いやがって。


「二人とも後で死にたいと思ってしまうほどの訓練させるぞ」

「マーシャル様にそんな権限はないっす!」


 クライディアの自慢げな顔を叩きたくなったが、専属護衛に任命してから命令の優先権はナターシャにある。騎士団長かつ次期当主である俺でも、許可を取る必要はあるのだ。


「彼女たちは私に良くしてくれています。訓練は不要ですよ」


 護衛のくせにナターシャの後ろに隠れた二人は、勝ち誇った笑みを浮かべている。


「……ちッ。運の良いヤツらだ」


 特別な訓練はさせられないが、あとで説教ぐらいはしてやろう。覚えておけよ。


 これ以上、口を開いても勝てそうにないので黙って待っていると、玄関のドアが開く。


「馬車のご用意ができました」


 入ってきたのはナターシャの専属メイドであるメアリーだ。姿が見えないと思っていたが外にいたのか。


 先に客車へ乗り込むと振り返って手を差し出す。ナターシャが握ってくれたので軽く引き上げるようにして、中へ案内した。


「お前たちは馬に乗って護衛しろ」

「はい!」


 護衛騎士の二人は砕けた口調で敬礼すると、馬車の近くに待機させている馬にまたがる。


 ナターシャが座ったのを確認すると、客車のドアを閉めて御者に指示を出す。


「冒険者ギルドに」

「かしこまりました」


 御者が鞭を振るうと馬が歩き出す。しばらくはナターシャと二人っきりだ。この間に必要なことを話しておこう。


「金の鉱山があると噂になっているが、あれは事実だ」

「え!? 本当にあるんですか!」


 噂が事実だと知って、正面に座るナターシャは目を見開いて驚いていた。


「魔物と戦うための武具や人材の育成、食料の購入など、我が領地は出費が多い。王家からの支援では足りず、金の鉱山からの利益でまかなっていたんだよ」

「でもどうやって? 金を発掘するには人が必要ですよね。情報が守れないと思うのですが」

「発掘専用のゴーレムを作ったんだよ」


 魔物の体内で生成される魔石というものがある。空中に漂う魔力を吸収、蓄積する性質があり、ゴーレムのコアとして活用されている。


 ほとんどのゴーレムは荷運びや殴りつけるといった単純な作業しかできないが、ブラデンク家が抱えている錬金術師に研究させ、発掘や本格的な戦闘ができる高度な機能が実装できたのである。欠点があるとしたら、貴重な材料を使っているので量産できないことぐらいだろう。


 この技術は門外不出で、当主と次期当主までしかしらされていない。今回は隠し鉱山がバレている可能性が高く、ナターシャの協力も必要だと判断して教えたのだ。


「それでこっそりと発掘して、バレないよう小分けにして販売していたんですね」

「ほう。よく分かったな」

「これでもお兄様と一緒に勉強していましたから」


 褒めると照れくさそうに笑った。


 座学はあまり好きでないと思っていたのだが、しっかりと知識として定着させていたようで感心する。


 今のナターシャならこれからの話も充分理解できるだろう。


「隠し鉱山の情報はナターシャが気づけないほど完璧に隠蔽していた。しかし、噂が流れたと言うことは、どこかから漏れたということになる」

「犯人が冒険者ギルドだと思われているのですか?」

「可能性はある。魔の森に入るのはブラデンク家の騎士か冒険者ぐらいしかいないからな」

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