第4話 二人をナターシャの専属護衛の任に付かせる
父と静かな食事を終えると、屋敷の近くにある訓練場へ移動した。
ここはブラデンク辺境伯が抱えている騎士たちの宿舎も併設されていて、毎日訓練をしている。
俺は騎士団長を任されているので、最近入った新人の訓練状況を確認しに来たのだ。
「あと十周だ! 死ぬ気で足を動かせッ!」
大声で叫んでいるのは副騎士団長のローバー。父と年齢が近く、ベテランの騎士としてサポートしてくれている。彼がいなければ、ブラデンク騎士団をとりまとめることはできなかっただろう。
「今日はランニングか」
「体力がなければ生き残れませんからな」
大森林の中では馬が使えない場面も出てくる。長時間、徒歩で移動することも想定して、ブラデンク騎士団では基礎体力作りには手を抜かない。特に新人に対しては、剣術より体力を優先しろという教訓があるぐらいだ。
あまりにも過酷な訓練だから途中で逃げ出すようなヤツも出てくるが、逃亡は死罪だと決まっている。俺たちは交渉や和解が望めない魔物と戦争を続けているので、辛いから逃げるなんてヤツは不要なのだ。
そんな俺たちを周囲の貴族は非情だ、野蛮だと、批判してくるが、だったら兵を引き連れて助けてくれよと思う。
まあ過去、救援要請を出しても誰も助けに来てくれなかったがな。他の貴族に期待するのは無駄である。
改めて考えてみれば、こんな土地に望んでくるような貴族はいないと気づく。近づいてくるのであればストークのように裏があるのだろう。
何で死ぬ前の俺は、何故こんな単純な事実に気づけなかったのか不思議でしょうがない。人を信じていたから、という理由であれば甘かったんだな。大切な存在を守るためであれば、その他は全て斬り捨てるぐらいの覚悟をもとう。
「騎士の中に女性は何名いる?」
「新人は十名でベテランだとクラウディアとエミーの二名ですね」
あいつらか。確か半年後、俺を守ろうとして魔物に殺されていたな。その時の場面は今でも鮮明に覚えている。
死に際の行動からして忠誠心が高く信じられるのだが、すぐ俺にメシや金を要求してきたので少々性格に難はある。
「ローバーから見て二人は優秀だと思うか?」
「十五から騎士になり、五年も生き残っています。それだけで彼女たちの実力が分かるかと」
ブラデンク騎士団入団後してから二年後の生存率は三十%とも言われている。実力が伴っていなければ二年目までに殺されてしまい、三年目以降は実力者しか残らないのだ。五年も生きているのであれば、それだけで優秀という証明になる。
「二人をナターシャの専属護衛に付かせる」
「……なにかあったのですか?」
走り続けている新人の騎士を眺めているローバーの眉が上がった。貴重な騎士を護衛に割くことを嫌っているのだろう。
気持ちは分かる。俺だって護衛なんて重要度の低い仕事は、領内の衛兵たちに任せれば良いと思っていたのだから。
しかし今回ばかりは事情が違う。ナターシャが道を踏み外せばブランデク家とともに領内も滅んでしまう。魔物に殺されていった騎士たちのためにも、それだけは避けなければならない。
「ナターシャを使って領地を乗っ取ろうとするクソ貴族がいる」
「許せませんな」
体内の魔力を解放したようで、ローバーの全身に淡い光りが出た。オーラと呼ばれる現象で、身体能力が大幅に向上、特殊な鉱石を使って製造した武具にまとわせると性能も上がる。一流の騎士になるためには必須の技術だ。
「殺しますか?」
「今は裏を取っている。容疑が確定してから事故にあってもらおう」
魔物の襲撃が多い土地だ。事故なんてしょっちゅう起こるし、貴族が死んでも王都から調査員が派遣されることはほとんどない。
誰も魔物に殺されたくないから行きたがらないのだ。
仮に派遣されたとしても安全な場所から報告書を読んで終わる。
過去に一度だけ優秀な騎士を連れて調査に来たこともあったが、新しい事故が発生してしまい中断されてしまったな。あれは悲しい事件だった。
「では、ここに招待するのですか?」
「呼ばなくても勝手に向こうからやってくる。俺たちは待っていればいい」
借金が残っている以上、婚約の話を断っても簡単には諦めない。俺たちが隠し持っている鉱山の存在を知っているはずなので、直接乗り込んで脅してくるだろう。
「なるほど。護衛の必要性は理解しました。期間はいかほどで?」
「決まっていない。状況によっては戻ってこられないかもしれない」
「……ふむ。ちと厳しいですな」
ベテランの騎士は新人の十倍は働く。人数は二人だけとはいえ戦力は大きく低下する。副団長として許可は出したくないと思っているのだろう。
「彼女たちは五年も領内のために戦ってきたのだ。そろそろ人としての幸せを求める時期だと思わないか?」
前の時間軸では魔物に殺されてしまったが、今回は助けられるかもしれない。ちょうど良い機会でもあるので新しい人生を歩ませてやろう。
結婚して子供を産むのも良いし、貯め込んだ金でのんびりと過ごして平和を享受するのも良い。命を賭けて俺を助けようとした二人には、その権利がある。
「男どもが悲しみますな」
「その悲しみは魔物にぶつけろ」
「間違いありませんッ!」
大声でローバーが笑った。ギャグを言ったつもりはなかったんだがな。
副団長も人員の変更に同意してくれたのだから、さっさと行動に移そう。
「これから二人に任務を言い渡したのだが、どこにいる?」
「あちらです」
訓練場の隅で模擬戦をしている集団があった。どうやらベテランの騎士たちは、別の訓練メニューをこなしていたようだ。
ローバーに別れの挨拶をしてから、模擬戦をしている場所に移動する。
近づくにつれて騎士たちのかけ声が聞こえてきた。オーラをまといながら戦っていることから、本番に近い状況を想定して戦っているのだろう。
「クライディアとエミーはいるか?」
俺が名前を呼ぶと短い黒髪のクライディアと、茶髪を肩まで伸ばしたのエイミーが駆け寄ってきた。
「ご飯おごってくれるっすか!?」
「それよりも私は特別報酬が欲しいなぁ」
食欲を優先したのはクライディアで、金が欲しがっているのはエイミーだ。相変わらず変わった性格をしている。それが妙に懐かしく感じ、心地よかった。
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