05


「それは、嘘だよねお父さん……僕ね、お父さんが何か隠し事してるって気づいてるよ。だから、そろそろ本当の事を教えてくれても良いでしょ?」

 

 ここまで来たなら聞き出してしまおうと、奇星矢は恐る恐る昴に言った。


「……僕が、嘘や隠し事をしているだと? 何の冗談だ? とにかく、お前には関係ない事だ……それより、そのノートをお父さんに返しなさい」


「良いよ……でもその代わり、お父さんが正直に全部話してくれたらね」

 

 奇星矢は絵日記を抱える手に力を入れ、簡単にはそれを離す気が無いという意思表示をしてみせた。


 すると、溜め息混じりに、昴が話し出す。


「分かった……そんなに知りたいなら、教えてやろう。僕は子供の頃から、物語を作るのが好きでね……それで、自分の頭に広がる世界を、いつも通りにありのまま書いていたんだ。そのノートがたまたま、絵日記帳になっていてね……だから、一工夫して実際に僕が体験したかの様な書き方をして、遊んでいただけだ……さあ、もう満足しただろ? 早く、それを僕に渡すんだ」

 

 昴が偽りでこの件を誤魔化そうとしているのだと思った奇星矢は、絵日記を彼へ差し出そうとはしなかった。


 僕は、そんな見え透いた嘘に騙されないぞ。


「無理だね……だって、僕が欲しいのはその返事でもないからね」


「全く……お前はまだ、僕を疑っているのか? ……これは、子供の頃に書いたものだ。これを、新作のネタにしようと思って、出してきたんだ……今から執筆作業を再開するから、仕事の邪魔をするな」


 お父さんは、一向に真実を話そうとしないな。


 もどかしさを感じていた奇星矢は、昴に思い切った質問をぶつける事にした。


 

「それじゃあ、僕が当ててみるね……この絵日記に書かれているのは、全部が本当の事で……お父さんは、この世界に子供の時に行っていたんだ。だからつまり、この日記の主人公の男の子は、幼い頃のお父さんだ。それで、アガレシファーさんとは、そこで知り合った……どうかな当たってる?」


 奇星矢の言葉で一瞬、昴は硬直した。それから少し間を置いて、深呼吸をすると、ゆっくりと口を開く。


「……んっ? ば、馬鹿げた話だな……何度も言うけど、これは全て作り話だ。事実が一つも無い……大体、そんなフィクションの様な話が現実にある訳が無いだろ? お前も、数年後には中学生だ。い、いつまでも夢ばかり見ていないで……現実に生きろ」


 昴に冷たくあしらわれ、奇星矢は黙って俯く。


 そんな、明らかに落ち込んでいる彼から絵日記を乱暴に奪い取ると、昴はそれを素早く背へ隠した。


「いいか、奇星矢……こんなくだらない事は、全て綺麗さっぱりと忘れろ……いいな?」


「酷いよお父さん……僕がどれだけ、この事が知りたくて仕方が無かったのか知らないでしょ? 絶対に、忘れられる訳ないよ……それなら一つ聞くけど、もしその絵日記がお父さんの言う通りフィクションだとしたら……お父さんはどうして、僕がその絵日記を見ただけで、そんなに怒るの? それは、何か僕には言えない事があるからだよね?」


「そ、それはだな…………ああ、もう何だっていいだろいい加減にしろよっ! お父さんは忙しいんだ早く出て行けっ!」

 

 昴は声を荒げると、奇星矢の小さな背中を押し、ドアの方へ彼を運んでいく。

 

「ぼ、僕も……僕も、こんなお父さん嫌だよっ! こんなの、僕の大好きだったお父さんじゃないっ! 僕のお父さんは、もっと優しくて楽しい人だ……こんな、鬼みたいな怖い人じゃないっ!」

 

 奇星矢は気づけば、今までずっと内に秘めていた心の叫びを、目を潤ませながら口から吐き出していた。


 それを耳にした昴は微かに体を震わせた。


 しかし、直ぐさま冷静さを取り戻す。


「…………何でも言え好きにしろ。だが、勉強だけは必死で取り組めよ。お前は、成績が悪い。おかしな妄想をしている暇があったら、少しでも頭を動かしなさい」


「……ねえ、どうして何も答えてくれないの? お母さんが消えたあの日、お母さんに何があったのか……お母さんがどうなったのかも、お父さんは知ってるくせに」


「俺は、全て説明した。お前がそれを、素直に受け入れないだけだろう……お母さんは、もう帰らない……それだけだ」


 昴はそう発し、不満げな奇星矢を書斎から追い出した。


「ほら……やっぱり、お父さんは何かおかしいよ。昔より、だいぶ変わっちゃったよ……お父さんがこんな風になったのは、僕が悪夢を見ている事を話してからだったね……僕のお父さんは一体、どこに行っちゃったんだよーっ!」

 

 そう言い放つと、奇星矢は涙で床を濡らしながら、ドアの前から走り去っていく。


 少し、お父さんにきつく言いすぎちゃったかな? 


 でも、あそこまで激怒したお父さんを見るのは初めてだったし、昔と比べてきつくなったのは事実だ。


 それに気づいて、少しは穏やかになってくれるといいのにな。


 反省しつつも、奇星矢は昴へ密かにそう願っていた。

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