第32話 かーちゃんの帰還

 男三人で夜道を歩く。


「今日は楽しかったなあ」

「うん、楽しかった」

「ワクワクしたよ。あ、僕の家はこっちだから」

「東海林ありがとう、また明日な」

「東海林君、また明日」

「うん、またな、タカシ、泥舟」


 東海林は手を振って一戸建てに入っていた。


「ただいまー」

「あら、三太郎っ、配信見たわよ、すごいじゃないのっ」

「いやあ、見たの?」


 東海林と母親のやりとりを聞きながら俺たちは東海林の家の前を横切っていった。


「東海林君、パーティに入ってくれると良いのにね」

「良い奴だけど、難しいと思うな、向こうは一時有名になった魔剣持ちのリーダーのパーティだ」

「あっ、『オーバーザレインボ-』のメンバーだったのか」


 東海林の所属する『オーバーザレインボー』は、高校生パーティにして、十階で魔剣を引き当てたとちょっと有名になった事がある。

 どうも同接数は振るわなかったみたいだけどな。


「だったら難しいかなあ、良い奴なのにねえ」

「あと、一枚、出来たら後衛が欲しいな」

「そうだね、峰屋さんが居るから僧侶はあまりいらないね、回復の歌があるし」

『吟遊詩人』バードはなんでもできるからな。ただ、峰屋がDアイドル事務所に所属すると攻略もあまり付き合ってくれなくなるかもだ」

「ああー、難題だねえ」

職業ジョブがうまく散ってくれないと、フロアボス攻略で詰むからな」

「そうだね、じゃ、タカシ、また明日ね」


 泥舟の屋敷に着いた。

 でっかい日本家屋で離れに道場があって泥舟の爺さんが槍を教えてる。

 泥舟は手を振って、玉砂利を蹴立てて中に入っていった。


 俺は一人になった。

 ここから新居は近い。

 わりとみんな歩いていける距離に住んでいるな。


 ワンルームマンションに着いた。

 玄関に入ってエレベーターを呼ぶ。

 誰かが宴会をやっているのか、わははと笑う声が聞こえてきた。

 楽しそうだな。


 マンションのお隣さんとかにお蕎麦とか手ぬぐいとか持って行かなくていいのだろうか。

 ワンルームマンションだからそういう風習も無くなったかな。


 俺は自室の鍵を開けて中に入った。


 ああ、今日も楽しかったな。

 自然と顔がほこんだ。

 一昨日までの生活と一変したな。

 明日も楽しいと良いな。


 そう言えば今日はかーちゃんを一回しか呼んでないな。

 ピンチに残しておこうと思うから気軽には呼べない。

 でも、かーちゃんに今住んでいるここを見せたいな。


「オカン乱入」


 スキルを宣言すると、中空から光の柱が現れてかーちゃんが現れた。


「おっ、あ、タカシ」

「かーちゃん、ブーツ脱いで、室内だよ」

「わわっと、変な所に呼んだらあかんて」


 かーちゃんは慌てて玄関に行ってブーツを脱いだ。


「ここはどこや?」

「俺が借りたマンション」

「まーっ、ええマンションやないの? ワンルームマンションって言う奴やな。へーここ借りたんかー、ええなあ」


 かーちゃんは喜んであちこちを見回し、蛇口から水をだしたり、戸棚をひらいたり、シャワールームを開いたりした。


「あんまり物が無いなあ、冷蔵庫と電子レンジが欲しいなあ」

「まだ引っ越したばかりだからね」

「なんや、うちが一時間呼び出せるんやったらタカシに料理を作ってやれるのになあ、くやしいなあ」

「かーちゃんの料理、また食べたいな」

「せやな、なんとかして考えよう、最後の味付けだけ出て来たらええんやし」


 それは良い考えかもしれない。

 一日九分しか呼び出せないけど、材料を先に揃えて、下ごしらえを指示してもらうとかね。

 俺もなつかしいかーちゃんの手料理が食べたいよ。



 そしてかーちゃんは窓を開けて動きをぴたりと止めた。


「うん、ここは昔のアパートの所に建ってるんだ」

「そう、か」


 かーちゃんの肩が震えていた。

 声を殺して泣いている。

 かーちゃんの眼前に広がるのは、あの頃とだいたい一緒の町並みだ。

 もう日は落ちて、どこからか魚を焼く匂いがしてきた。


「ああ、懐かしなあ、あのクリーニング屋つぶれたんかー」

「コンビニになったよ」


 かーちゃんはしゃくり上げた。

 なんだか鼻声になっていた。

 それを聞いて俺も胸がいっぱいになった。


「うちなあ、うちはどうしてもなあ、あの時、ここに帰ってきたかったんや。タカシを残して死んでしまうって、煙に巻かれて本当に怖くて悲しくてなあ」


 あの日、かーちゃんは仕事場のスーパーで暴動に巻き込まれて焼け死んだ。

 一帯を燃やし尽くす酷い火事で沢山の人が亡くなった。

 今でも跡地には慰霊碑が残っている。


 かーちゃんは小さな子供のようになきじゃくった。


「ああ、帰ってこれたんやなあ。うちはタカシの元に帰ってこれたんやなあ」


 俺は泣いているかーちゃんを後ろから抱きしめた。

 ああ、なんて小さいんだろう。

 なんて軽いんだろう。

 大好きなかーちゃん。

 ずっと会いたかったかーちゃん。

 いつしか俺も涙を流しているのに気が付いた。


「おかえり、かーちゃん」

「ただいま、タカシ」

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