第15話 かーちゃんと住んでいたアパートは無くなっていた

 銀行に行って二十万下ろしてきた。

 財布に自分のお金がこんなに入っているのは異常事態なんで、なんだかドキドキするな。

 アパートが見つからなかったら今日はビジネスホテルにでも泊まろうか。


 足が勝手に五年前に住んでいた街に向かっていた。

 ここはあまり変わらないな。

 前に住んでいたアパートはまだ在るのかな。


「おう、タカシ~」

「おお、泥舟」

「そろそろ行くか」


 そういや、泥舟に今日は無しだと電話してなかったな。

 今は三時ぐらいか、どうしようかな。


「いや、実は今日はおじさんの家を追んでてきたんだ」


 あ、そういや、冒険用品のリュックがおじさんの家の部屋に置きっぱなしだ。

 今度取りに行かないとな。

 面倒くさいな。


「おお、やったねえ、そうか、あの地獄みたいな家を出て来たのか」

「泥舟が搾取だ搾取だって言ってたけど、実際に搾取だった」

「そりゃそうだよ、まあ、迷宮棄児ダンチルって話題になってるけどね」


 迷宮に子供を捨てたり、老人を捨てたりする事例が多くなっているらしい。

 それらは迷宮棄児ダンチルと呼ばれている。

 大抵は迷宮の魔物に子供が食われたりするんだが、捨てる方も浅い階に置き捨てしているから、生き残って地獄門から出て来たりして、保護されたりする。


 そういう遺児たちを引き取って迷宮で荒稼ぎさせているやくざ組織もある。

 わりと問題になっているな。


 他にも、自分の子供を迷宮に入れて、狩りをさせて上前をはねる毒親なんかも多いらしい。

 俺のおばさんも同じだと泥舟に言われてそうかもしれないなと思った事がある。

 三年前、俺もおばさんに迷宮に行くか、家を出て行くか強要された。

 まあ、俺はかーちゃんが死んだ原因の迷宮に入ってみたかったから渡りに舟だったんだけどな。


「良い事だと思うよ、配信がバズッたから自活できるでしょ。一人暮らしかあ、いいねえ」

「アパートを探さないといけないんだ。だから今日はごめんな」

「あはは、気にするなよタカシ、僕も付き合うよ」

「悪いな。ああ、あとクラスメートが泥舟のデビューに付き合いたいって言ってた」

「ああ、配信でバズッたからだね。まあ良いんじゃ無い、タカシは無愛想だしね」

「ほっとけ」


 俺は足を止めた。

 ここは、昔、かーちゃんと暮らしていたアパートが建っていた場所だ。


「ああ、あのアパートね、去年壊されてマンションになったんだ」


 ああ、そうだったのか。

 思い出のアパートが無くなってしまったか。

 流行の小綺麗なワンルームマンションだな。


「あはは、配信冒険者優遇だってさ、タカシ」

「え? どういう事?」

「配信冒険者はほら、出稼ぎだったり、身寄りが無かったりでアパートとか借りにくいんだよ。で、冒険者の街川崎では優遇物件があるわけさ」


 ワンルームマンションから女の人が出て来た。


「あら、タカシ君?」

「あ、ナギサ姉さん?」

「あらー、大きくなってーっ」


 昔のアパートの大家さんの娘さんだったナギサさんだ。

 すっかり大人っぽくなったなあ。


「わあ、泥舟くんもいるじゃない、どうしたの?」

「いえ、なんだか足が向いてしまって、アパート壊されたんですね」

「ええ、ボロかったからね。今は流行のワンルームマンションよ」

「わあ、ナギサさん、部屋は空いてるの? タカシが今住む所を探してて」

「あら、そうなの? 空いてるわよ、今から入る?」

「え、良いんですか?」

「タカシ君の死んだお母さんには、すごくお世話になったから、恩返しよ」

「おおー、良いじゃないか、タカシ」

「あ、でも、このマンション、配信冒険者が多いのよ、わりとうるさかったりするわよ、大丈夫?」

「え、あ、俺も配信冒険者ですから」

「じゃあ大丈夫ね。入って入って、部屋を見せるわ」


 なんだかトントン拍子に話が進んで気持ち悪いぐらいだな。

 ナギサさんに連れられてエレベーターに乗って三階へ。

 通されたのは小綺麗な部屋だった。

 結構良いな。

 窓から見える景色は五年前と結構ちがうけど、同じ部分も多い。

 懐かしいなあ。


「んじゃ、今日から入っても大丈夫よ、これ鍵ね。必要書類はこれ、早めに出してね」

「ありがとうございます、ナギサさん」

「またタカシくんを店子たなこに出来て嬉しいよ、よろしくね」


 意外に簡単に部屋が取れてしまったな。

 知り合いの大家さんだから証明書類とかも要らないっぽい。

 

「良かったねタカシ」

「うん、なんか懐かしい」

「布団とかテーブルとか買ってくるか」

「あ、手伝ってくれるのか?」

「ああ、ホームセンターに行こうぜ」


 泥舟と一緒にホームセンターで、布団とかテーブルとかを買った。

 ああ、なんか楽しいな。

 なるべく安くて良い物探す。

 部屋に荷物を持って帰って、布団を引いて、テーブルを置くと、なんだか人の部屋っぽくなった。


「いいなあ、一人暮らしっぽいよ」

「ありがとう、泥舟」

「なんのなんの、それじゃ、またねタカシ」


 泥舟は帰っていった。

 あいつの家も近所だし、ここはいいな。


 近くのラーメン屋でラーメンとチャーハンと餃子を食べた。

 子供の頃から変わらない味に涙が出そうになった。

 ここは、かーちゃんと何度も食べに来たなあ。


 俺は部屋に戻って布団に入る。

 ふわふわな布団は夢のようで、逆に眠りにくかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る