【完結】私のゆるふわな絵に推しの殿下が和んでくださいました ~ざまぁノートってなんですか?

朱音ゆうひ🐾

1、公爵令嬢エヴァンジェリンと前世の記憶

 青く爽やかな花ブルーサルビアが風に揺れる、王城の庭園で。


「公爵令嬢エヴァンジェリン……君が男爵令嬢に毒を盛ろうとした、という噂が耳に入ったんだ。本当だろうか」

 この国の王子様であるシルフリット殿下は、私へと問いかけた。


 私は殿下の婚約者だ。

 初めてお会いしたときから想いを寄せている。片想いだ。

 

 殿下はいつもよそよそしくて、冷ややか。

 その上、私を信じてくださらない。

 

「私ではありません、殿下」 

(毒を盛ろうとはしていない)

 私は拾ったノートを手に、うつむいた。


 疑われるのは、悲しい。

 他の相手なら怒りも覚えただろうが、殿下相手なら怒りより悲しみが強い。

 だって、好きだから。

 

(信じてくださらないのですか、殿下)

 

 男爵令嬢ナタリアは、よくトラブルに遭う。

 さらわれそうになったり、毒殺されそうになったり、持ち物を盗まれたり。

 

 そして私は、なぜか毎回犯人にされる。

 いないはずの目撃者が出てきて、みんなが信じてしまうのだ。

  

「私は、噂を鵜呑うのみにはしないよ。けれど、あまりに同じことが続くから君に話を聞こうかと思ってね――……聞いているのかい、エヴァンジェリン?」

 

「ええ、殿下」

 今日も美声で、耳が幸せです。

 心の中で、そっと付け足す。

 

 声だけではない。

 シルフリット殿下は、容姿も麗しい青年だ。美男子だ。

 

 何者にも汚すことができないきよらかな白。

 シルフリット殿下の髪は、そんな言葉で褒めたたえられる。

 私が大好きな、さらさらの髪だ。

 

 瞳は切れ長で、国の貴色でもある気高き紫。

 宝石のアメシストに似ていて、目が離せなくなってしまう美しさ。

 まつげも長く繊細で、目元に影を落とすさまにはゾクリとする色気がある。

 

「殿下は本日も見目麗しく、はぁっ……さすが私のしですね」 

「おし?」

  

 ついつい見惚れてしまう……推しなのだ、から。

 

「あら? 前世ってなにかしら。おしってなにかしら」

 自分で言ったのに。自分が考えたのに。意味不明。

 ふと湧いた不思議な考えに、首をかしげる。

 その瞬間、私は強い眩暈めまいをおぼえてフラッとよろけた。


「エヴァンジェリン……!?」

 シルフリット殿下が驚いた様子で体を支えてくれる。

 

 抱き留められるようになっている。密着した体温があたたかい。いい匂いがする!

 シルフリット殿下とこれほど接近したのは初めてかもしれない。心臓がどきどきする。


 同時に、自分の中に大量の記憶がよみがえった。前世の記憶だ。

 

 やだ、私、悪役令嬢になってる。これ、前世で読んでた小説の世界じゃない。

 わ、私、推しの殿下に抱き着いてる……――。

 

「し、しししし」

「し?」

 のぞきこむ瞳が日差しの中でキラキラしている。綺麗な瞳に、自分が映っている。

 

 気の強そうな赤い瞳。豊かに波打つ艶やかな黒髪。

 実家、公爵家の権勢をアピールするように大粒の宝石をふんだんに使った派手なアクセサリーを、過剰にじゃらじゃらとつけて。

 ドレスはシルフリット殿下を誘惑しようと思って、大胆なデザインを選んだのだった。


 ……どう見ても悪役令嬢です。

 これから断罪されるキャラです。あ、でも推しの婚約者です。

 本当にありがとうございます……!?


「し、しゅいません」

 すごく間抜けな声が出てしまう。足に力が入らない。


「体調がすぐれないのかい? 医者に診てもらおう」

 シルフリット殿下は心配そうに言って、私を抱き上げた。


 横に抱える姿勢。はい、お姫様だっこです!!


 吐息がかかる距離に、息をするのも恥ずかしくなる。

 自分の肌が溶けるのではないかというくらい、熱い。

 あっ、手が殿下の服をつかんで、しわをつくってしまって。

 

「お、おお推しの、推しのお姫様抱っこスチル……」

「おおうし? 大牛か? スチューとはなんだ?」

「あ、スチルというのはイラスト、ええと、絵画のことなのですが……っ」


 私はそこまで言って、ガクッと意識を暗闇にとざした。失神したのだ。

  

「エヴァンジェリン!? 大牛の絵画がどうしたんだ!?」

 とても必死な声が聞こえる。殿下、牛は関係ありません。

「エヴァンジェリン、しっかりしろ。今医者を」

  

 ああ、推しの声。や、優しい……本物……。


 私はガバッと意識を復活させた。

 カッと目を見開いた私に、推しがビクッとする。

 

「殿下ぁああああ!! ほ、ほんもの~~っ!!」

「なっ、……なにかな?」


 シルフリット殿下だ。

 小説のヒーローキャラ、シルフリット殿下が目の前にいる!!


「大丈夫なのかい? 顔色が青くなったり白くなったり赤くなったりしているよ」

「私、今混乱しているんですっ」

「あ、うん。そ、そのようだね? 医者を呼ぼうね?」 


 推しが動いてる! 

 一挙一動を食い入るように見つめながら、私は記憶の海に溺れた。

 

 ヒロインは、男爵令嬢ナタリア。

 悪役令嬢エヴァンジェリンにいじめられるナタリアを哀れに思って、シルフリット殿下はエヴァンジェリンをたしなめる。

 エヴァンジェリンは性悪で、窘められたことでナタリアを逆恨みして、ますます激しく嫌がらせをするようになるのだ。

 

 そして、最後には。


「殿下。私を断罪なさるのですねっ」

「えっ」


 目がうるうるとしてしまう。

 なんてキャラになってしまったの。

 でも、おかげでこうしてお話できている……そう考えると、複雑。


「わかっています。次のパーティが、断罪イベントですね」

「だん……ざい?」

   

 嫌がらせがエスカレートしていき、殿下は私を有罪だと判断して、父である国王陛下に意向を伝える。

 息子を愛する国王陛下は、事実関係を慎重に調査した上で婚約の破棄を認めるのだ。


 そして、婚約破棄した後でナタリアとの仲を深めて行って、ラブラブのいちゃいちゃです。

 イベントの数々に私は萌えていました。

 幸せでしたーーーーー!!


「あっ、私、思いつきました。今ビビッとアイディア降りてきましたわ。お二人の仲を影から応援するので、婚約は今すぐ破棄しましょう。無害になるので」

「はっ?」


 私は素敵な思い付きをシルフリット殿下に話した。

 

 簡単なことだ。

 推しは、遠くから見守るものなのだもの。


 私は真剣に言った。

「私、シルフリット殿下には今日から近付きません。まずは降ろしてくださいますか? おうちに帰りますから」

「エヴァンジェリン?」 


 今までありがとうございました、シルフリット殿下!

 

「あ、大切なことですが、ナタリア嬢に毒を盛ろうとしたのは本当に私ではないのです。私、今まで一度も嫌がらせをしようとしたことがありません」


 そう、そこだけは不思議。

 身に覚えがないのだもの。

 冤罪えんざいは勘弁してください。

 

 私は全力で否定しつつ、おうちに帰ったのだった。

 

 ……拾ったノートを持ったまま。

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