タルタルソースの様な恋

「はぁ~、はぁ……」

「どうしました?」

「あ、大輔くん。ねぇ、聞いていいかな?」

「何です?」


「『愛』って何?」

「え」


 ここは駆け出し作家、杏の仕事部屋兼住居である。

 今お茶を淹れて現れたのは、担当編集者。じゃなくて、既に担当を外された陣羽織 大輔である。


 何故そんな奴が部屋にいるのか? は突っ込まないでおいてくだされ。


 さて、今回は『溺愛』お悩み相談が始まる予感。いかにも声をかけてくださいアピールが激しい。


「え、じゃなくて……ラブコメとか溺愛とか、書ける様になりたいの!」

「そうですか。(杏さんには無理ですね。大きな声じゃ言えないけど)。それは何作か書いてみないと。杏さんはどんなお話が好きですか?」


「うーん。好きなのはぁ探偵ものとか、リーガルモノとか、刑事モノとかが好き♪」

「そういう作品を書かれたところを見たことないですけど」

「だって、書けないもん」


 いやいや書こうと努力しているラブコメも溺愛も、結局ワケわからんヒーローが登場してドタバタするだけでしょ。という言葉は飲み込んだ。

 好きになった方が負けと、誰かが言っていた。大輔はただ頑張っている杏を支えている自分が好きなのだ。そう、カキフライにはタルタルソースが欲しくなるように、杏にとって自分はタルタルソースであれ、と願っているのだ。


「それじゃ、松永先生の所に行ってきますんで。プロット出来たら話しましょうか。また寄らせてもらいますね」

「えーーーーー」

「えーーーーーじゃありません。お子ちゃまですか」


 杏は椅子に股がり上目遣いで大輔を見つめている。この仕草に大輔は弱い。

 で、でも仕事は仕事なのである。


「他の皆さんの小説を読むことをお勧めします。特に恋愛の伝導者の先生の物語を!」


 そう言うと大輔は「本当にお勧めですよ」と、URLを杏に送る。


「もう、行っちゃうの? つまんない」

「良いですか。僕はもう杏さんの担当を外れたのです。杏さんがちゃんと書いてくれないから」

「うーん。書いてるんだけどなぁ〜。小説の神様が降りてこないんだよ」


 そういうと杏は「えほっほ」と部屋の周りを雨乞いよろしく練り歩く。


「杏さん、そんなことをしていても神様は降りてきませんよ。まずは机に向き合わないと」

「……」

「いいですか? 『溺愛』というものはそもそも『無償の愛』なんです。見返りを求めない過剰なまでの愛! 例えるなら、カキフライを引き立てるタルタルソースのような、控え目でありつつ存在感を持って包み込む! まさにこれが『愛』!」


 はっ、と気付き振り返ると……杏は大輔が淹れたお茶をふ〜ふ〜しているところだった。


「大輔くん、カキフライにはソースだよ」

「え……」

「それにタルタルソースはエビフライのお供でもある」

「……」


 そうだ、そうだった。ついカキフライのシーズンだというだけで、冷静さを欠いてしまった。


「大輔くん。何となくわかったよ。タルタルソースみたいな男の子がタイプの違う女子に二股かけて、二人を愛することこそが! 『溺愛』ってことなんだね」

「あ、いや……。違いますね」


 僕のように……と口走ってしまいそうで、大輔はスーっと息を吸い込んだ。

 

 キョトンとした顔で大輔を見つめる杏に『もしや僕の気持ちを知っていてわざとなのか?』と思わずにいられない大輔がいた。


「そ、そろそろ行きますね。読んでみると良い物語を後で送っておきます。まずはそこからですかね」

「ふむ」


 このままここにいたら『大輔くん、愛を教えて!』と言いかねない。ここは逃げるが勝ちだ。

 愛は教えるモノじゃない、育むモノなのだから。



「ねぇ大輔くん。私ね……好きだよ」

「えっ?」


 持ち上げたカバンがポトリと落ちる。


「杏さん……今何と?」

「大輔くんも、だよね?」


 鼻血が出ているのではないかと、大輔は鼻に手を添える。


「は、はい! もちろんです」

「だと思った! 絶対そうだと思った! トロンとして濃厚なタイプが良いよね」

「濃厚? うん?」

「タルタルソース! その話をしてたでしょ? 今夜はエビフライにしよう」


 話が噛み合っていないぞ?


「ねぇ大輔くん! 今夜はエビフライ、私3本と大輔くんの食べる分を買ってきて♪ 杏特製タルタルソース作って待ってる」

「えっ? それって一緒に……」


「もちろんだよ! タルタリスト談義をしよう」


 よし、グルメ小説にタルタル的な三角関係の話を! と杏のやる気スイッチが点火される。


「何かが……間違ってる」


 そう思いながらもエビフライのお買い物をたのまれ、顔がにやける大輔なのである。


 がんばれ大輔!



END

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