第62話 アイザと歩く時戻し祭

 石組みの塀の上に腰を下ろし、先程歩いている時に傍の食堂にいたドワーフから受け取った果実酒の入ったジョッキを横に置いて安定しているか確かる。せっかく貰った物だ。落としてしまったじゃ申し訳が立たない。


「ふぅ……」


 視線をジョッキから外し、顔を上げてドワーフ達が行き交う街並みを眺める。しかし本日は普段の街並みとは少し違って非常に賑々しい。何故ならお祭りだからだ。日本のお祭りのように綿菓子やりんご飴といった物はないけれど、各々手にはお酒や串焼きなんかを持って食べ歩き、飲み歩く。ソースの匂いがないのが少し寂しい。

 大通りの左右、道の端に置かれたテーブルでは豪勢な料理が大皿で運ばれ、待ちきれないといった表情の男たちが取り合うように食らいつく。こういう光景は昔、何かの映像とかで見た気がする。海外のお祭りって感じでいいな。いきなりトマトとか投げてこないから尚良い。


 そんな光景を眺めながら、ふと自分が最後にお祭りに参加したのはいつだったっけと思い返した。


「あー……高校の頃か」


 地元のお祭りだった。神社の境内から階段下の道を抜け、大通りまで続く出店を端から端まで友達と周った。彼女もいなかった者達同士、片を組み合って慰め合って。高校最後の夏を楽しんだっけ。


 あれ以来、お祭りに参加したことはなかった。心が冷め切ったのか、それとも大人になったのか……それは僕には分からないけれど。


 物思いに耽りながら眺める街並みというのも乙なもので、これもまた大人として成長したからできる楽しみ方のようにも感じる。端から端へ行き、少ない小遣いで取捨選択した最高のメニューで遊ぶのもいい。大人になったからといって好きな物を好きなだけというのもいい。順序的にはその楽しみ方をするべきなのかもしれないが、いつの間にか大人になりすぎていたらしい。


「楽しんでますか?」

「アイザ」


 軽やかな身のこなしで石塀の上に腰を掛けたアイザが僕に微笑みかける。多少アルコールが入っているのだろう。いつもよりも上機嫌だ。お祭りという空気もあるのかもしれない。


「アイザは楽しんでるみたいだね」

「えぇ、こんなお祭り、初めてなので」


 それもそうだ。僕と八咫があの森、紫黒大森林ヘルフォレストに来ていなければ、アイザが八咫の眷属になっていなければ、階層を越えた移動なんてできなかった。一生をあの森の中で過ごすはずだったのだ。


 閉じた世界で文化は育たない。収縮の一途を辿るだけの世界が一気に広がったのだ。できればアイザにはもっともっと色んな文化や世界に触れてほしいと思っている。


「ダークエルフ族にもお祭りはあるの?」

「ありますよ。こんな盛大なのではないですけど、1年の安全とか豊穣を願って各部族でやりますね」


 ノート族やエンティアラ族など、同じ種族でも部族が違えば文化も変わる。エンティアラは狩猟メインではないしな。安全と豊穣というのは、狩りでの怪我を防いで成果を得ることを目的として始まったのだろう。


「ゆくゆくは全部族で大きなお祭りとかしてみたいですね~」

「とても楽しそうだ。時戻し祭よりも盛大なお祭りになるといいな」

「その時は将三郎さんも参加してくださいね?」

「もちろんだとも」


 その後も適当に雑談しているうちにお互い、同じタイミングでジョッキの中が空になったので、補充がてら町を散策することにした。先程までは全然感じなかった空腹感が、屋台や食堂、テラス席の料理から香ってくる匂いに刺激される。


「お腹空いたな……何か食べようか」

「私もペコペコです」

「ペコペコとか言うんだな、アイザ」

「あっ、馬鹿にしてます?」

「してないしてない。ほら、行くぞ」


 一番近い位置にある良い香りのする食堂に飛び込むと、ドワーフ達で満席だった。慌ただしく動き回る店員を捕まえてテイクアウトを頼む。しかしまぁ、注文が沢山溜まっているみたいで中々出てこない。壁にもたれ掛かってしばらく待つと、申し訳なさそうにペコペコしながら料理と酒を持ってきてくれた。


「遅れてすみません!」

「大丈夫だよ。繁盛してるみたいで良かった」

「これも王様や市長のお陰ですよ!」

「ははは、そんなことないよ。これからもよろしく」

「はいっ」


 料理を手に店を出て、適当に歩きながら受け取った料理を食べる。注文したのは串焼きだ。これなら歩きながらでも食べられると思ってアイザと一緒に同じ物を注文している。甘辛いタレが染みた肉は鶏肉っぽい食感だ。しっかりと火が通っているのもあるが、通し方が良いのか、舌触りも良い。どうやら大当たりの店を引いたみたいだ。


「んっ……これ美味しいですね……!」

「うん、めちゃくちゃ旨い。旅立つ前に大口の注文入れたいくらい」

「それいいですね。忘れずに頼みましょうっ」


 八咫とヴァネッサが鶏肉を食べるのかはちょっと分からないけれど、この串焼きに関しては何本あってもいいと思えた。それくらい旨い。肉と肉の間のしし唐みたいな野菜も、見た目に反して辛くなくて旨い。肉、野菜、肉の順番で食べられるので飽きも来ない。お酒にも合ってパクパクと食べていたらあっという間に食べ終えてしまった。


「まだ食べられるな……」

「私も食べ終わっちゃいました。次はあの店なんてどうですか?」

「ん、行ってみよう」


 アイザの指差した店へと向かう。しかしその店はとんでもない量の客で溢れかえっていた。近くにいたドワーフに、この異常事態の原因を尋ねてみたが、どうやら大食い大会が開かれていたようで、この客は観客だったようだ。


 ぐるりと周囲を見渡し、上から見れそうな場所を探す。すると隣の店舗の2階席が空いているのが見えた。


「アイザ」

「はい? え、きゃあっ!」


 ベランダのような造りの場所に、アイザを抱えてジャンプして飛び乗る。狙った通り、上からなら大食い大会の様子がよく見えた。見たところどうやら大会も佳境らしく、長テーブルには突っ伏したドワーフや、背もたれに全体重を預けたドワーフが数名いて、その脱落者に挟まれた中央には今も必死になって蒸かした芋を口に詰めるドワーフ……ていうかジーモンが、白い髪の女の子と最後の勝負をしていた。


「ていうか、ヴァネッサだ」

「見かけないと思ったらこんなところにいたんですね」


 互いに睨み合いながら次々と運ばれてくる芋を右手で、左手で交互に詰め込んでから酒瓶を掴み、無理矢理流し込んでいく。その動作は一瞬も止まらず、無限の胃袋へ芋と酒が収納されていく。


「なんか、見てるだけでお腹いっぱいになってくる……」

「私もです……」


 何なら、うぷっってなりそうだった。勝手に満腹中枢が刺激されて胃が内容物を押し返そうとしてくる。落ち着いてほしい。僕の胃。さっきまで空腹を訴えていたじゃないか。まだ入るはずなんだから、それに気付いてくれ……。


 過酷な勝負は、しかし観戦から3分後に突然決着が決まった。両手で口を押さえたジーモンが椅子から転げ落ち、大慌てで起き上がって会場から姿を消した。


「勝者、色欲の女王ヴァネッサーーー!!!」


 芋を握った手を天に向かって突き上げるヴァネッサ。観客の歓声が爆発する。


 嬉しそうに手を振りながら空いた手でまだ芋を掴んで食べ続けるヴァネッサが、不意にこちらへ視線を向けた。意図せず視線がかち合い、お互いにパチパチと瞬きしてしまった。


「しょうちゃーーん! 勝ったの見てくれてたのかーー!」

「しょうちゃん言うな! おめでとうー!」

「おう!!」


 何を思ったのか、先程まで握ってた芋をこちらに投げてくるヴァネッサ。八咫の加護のお陰で動体視力が増しているので難無くキャッチできた。芋にはしっかりとヴァネッサの握った跡がついていた。


「別に気にしないけど、なんかちょっと、今はいいかな……」

「あとであの子の夕飯にしましょう」

「それがいい」


 僕はそれをレッグポーチに突っ込み、芋のカスを払ってヴァネッサに手を振り返しておいた。満面の笑みでぶんぶんと嬉しそうに手を振るヴァネッサが、実は戦闘狂の巨鳥だなんて誰も思わんだろうなぁ……なんて思いながら、僕は自然と漏れる笑みをヴァネッサに向けていた。

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