第53話 神罰執行

 その日もまた宴になった。もういい加減こっちとしては余計な事ばかり起こるから嫌になってきているが、こうしためでたいことがあれば祝うという心理は十分理解できる。実際、こういう立場でもなければ僕もお祝い自体は好きだ。


 僕は皆から少し離れたところに腰を下ろし、新たな長の誕生を喜ぶ姿を一人一人、目に焼き付けていく。焼きつけながら、今日までのことを思い出していた。


 初めてここに来て、変わった風習があることを知って同行した。ずーっと歩き通しで足の裏が痛かった。いつも八咫に回復してもらってたけど、きつかった。


 雨の日もとても辛かったな。歩きにくいし、でかい蛇も出てくるし。雨で体温を奪われるのもしんどかった。あんな状態でも戦えたハドラー達は凄かったな。


 それでも楽しいこともあった。道中の会話も楽しかったし、一番楽しかったのはヴァネッサとの出会いと戦闘だった。あんなに頭を使って戦ったのは初めてだったし、グランとの戦いで噛み合った加護を使って全力で動けたのが気持ち良かった。


 強者達の視点って言うのかな……。高みというか、そういう同じ目線というのを見れたようで、今回の旅はかなり実りのあるものだったと思う。モンスターという生き物の習性や風習の深みも見れた。だんだんと人間側からモンスター側へと傾倒しつつあるのを自覚できるレベルで僕の思考は寄り添いつつあった。


 人間なんてクソだなんて主張をするつもりはないが、今まで見てきた人間よりも純粋な生き物に触れて、僕はこれまでの旅を越え、これまでの人生までも振り返り始めていた。


「暇そう……ではないな。どうした」

「あぁ、八咫」


 骨を削って作られたカップを二つ持った八咫が僕の隣に腰を下ろす。渡されたカップを受け取り、縁に口を寄せて中身をそっと口内に招き入れる。淡い酸味と強いアルコール。嚥下した後にふわりと鼻へ抜ける柔らかい甘味と香りがどうにも頬を緩ませた。


「あれだけ酷い光景を目にしても、この酒は旨いな」

「ベクタの連中に渡されたのを開けた。見ろ、再現しているぞ」


 一人一人を見ながら自分の記憶を思い返していたはずが自分の思考に頭が埋め尽くされて皆のことが見えていなかったようで、八咫に言われて見ると何故か殴り合いの大喧嘩になっていた。


「どうしてこうなった……」

「知らん。興味もない」


 八咫に聞いたところで無駄か……。しかしオーク達を見ているとどうにも楽しそうに見えるから不思議だ。殴って殴られて、怪我させて怪我して、それでも何でだか嬉しそうだった。


「こうなってしまったらもう、力尽きて寝るまで続くだろう」

「そうだなぁ。僕らはもう寝るか」

「……今日はお前のところで寝ようか」


 思わず八咫の顔を見てしまう。どういうつもりか、表情から読み取ろうとするがいつも通りの無表情で何も読めない。


「どういうつもりだよ?」


 結局僕は本人に聞くしかなかったのだが、八咫は急に無表情を歪めて嫌悪感丸出しの表情になってしまった。


「勘違いするなよ、阿呆」

「はいぃ?」

「嫌な予感がするだけだ」

「……?」


 八咫は周囲を探るように鋭い視線で静かに見回すが、探していたものは見つからないようで溜息を吐いた。


「ガーニッシュがいない」

「あ、そういえば……」


 思い返してみると奴の姿を見たのはここへ戻ってきた時だけだった。宴の準備の時も、宴が始まってからも、そして今も、ガーニッシュの姿は一切見ていなかった。


「何か企んでるかもしれん。お前も気を付けろ」

「わかった」




 果たして彼女の警告は正しかった。


「ぎゃああぁぁっぁああっぁぁあああああぁあぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」


 僕の目の前でガーニッシュが紫色の炎で焼かれていた。手にしていたのはいつもの大剣ではなく僕の大剣、【王剣リョウメンスクナ】だった。




 八咫に言われたように寝ずの番をしようと意気込んでいたのだが、昼間摂取したアルコールのせいでうっかり眠ってしまった僕は体を揺らされて目を覚ました。


 誰かが僕を動かす感覚。それはガーニッシュが僕のレッグポーチからリョウメンスクナを抜き出す際の揺れだった。


「俺が王になれば……こんな奴……オークもエルフも……神だって……」


 耳に聞こえた言葉を理解した時、反射で起き上がれた。目の前には狂気に染まった目で剣を振り上げ、僕を見下ろすガーニッシュが立っていた。


「や、八咫……!」

「死ねぇぇぇええええ!!!」

「狼狽えるな。軟弱者め」


「神罰、執行」


 八咫の炎がリョウメンスクナから吹き出し、持っていたガーニッシュを包んだ。噴き上がった火柱は家の天井も吹き飛ばして天へと昇っていく。


 その炎の中心にいたガーニッシュは絶対に耳に残るような断末魔を上げてもだえ苦しむ。火の勢いのせいで転がることもできず、立ち尽くしたまま四肢は焼かれていく。オーク特有の回復力を以てしてもその肉は、骨は先端から徐々に焼け尽くしていった。


「何事ですか!?」


 駆けつけたハドラーが勢いよく扉を開けた。天にまで昇る炎を見れば大慌てで集まるのは当然だ。


 だが火柱よりも、ハドラーの目に映り、焼き付いたのは父が神の罰で燃えていく姿だった。


 見開かれたハドラーの目が、ガーニッシュが手にしてる剣を見る。静かに瞼が下り、次に開かれた時に宿っていたのは侮蔑の色だった。


「我が王の剣に手を出すとは……ガラッハの恥!」

「は、ハドラァ……!」

「貴方に育てられたことは忘れません。しかし、貴様が行った非道も忘れはしない!」

「……っ、ぐ、ぎゃあぁぁぁああぁぁぁぁぁ……ぁぁ……」


 紫炎の柱は圧縮されていき、糸のように細くなり途切れる。残ったのは焼け落ちた天井と床……それだけだった。


 床に転がったリョウメンスクナを拾い上げ、ガーニッシュが握っていた部分には何も残っていない。手も指も、血すらも。


「すまんな。神罰執行の為には剣に触れさせるしかなかった」

「いいよ、大丈夫。クッソビビったけど。ありがとう」


 珍しく申し訳なさそうにしてる八咫の頭を指先でかりかりしてやると気持ち良さそうに頭を体に埋めた。


 僕は立ちあがり、正面に立つハドラーの元へと歩く。ガーニッシュが燃え尽きた場所をジッと見つめるハドラーの隣に立ってみた。彼と同じ位置からなら何か見えるかもしれないと思った。


 でもやっぱり見えるのは焼け焦げた床の穴と地面だけだ。そこには何も残ってはいない。


「……良い父ではありませんでした」

「……」


 ハドラーの吐露に無言で頷く。確かに初対面から最後まで、良い印象は一つもなかった。


「でも俺はあの人に育てられました。あの人と、同じ血が流れてる……それが今は、酷く気持ちが悪いです」

「血は争えないとか、血には抗えないとか……そういう言葉はあるけれど、それが本当にそうだったことを、僕はまだ見たことがない。もしかしたら、嘘かもしれない。それが分かるまでは、生きていていいんじゃないか?」

「……まずは長として、生きてみようと思います。また来てくれますか?」


 僕はハドラーの、全てを背負おうとする広く立派な背中を叩く。


「当たり前だろ。僕はお前の王で、お前は僕の臣下だ。この関係は、永遠だよ」

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