第46話 世界に王は一人だけ
「さぁどいつがやるのだ!? どっからでも掛かってこんかい!」
足を開き、腰を落とし、半身を捻り、パン! と太腿を叩いて構える姿は見た目に寄らず豪快で武闘派だ。肉体で戦う色欲系美女……駄目だ、煩悩に飲まれてはいけない。
口調もさっきから定まらないのが僕から戦闘の意志を削ぐように感じる。これも油断を誘う巧妙な手口なのだろう。
「僕だ」
「ほう……一番貧弱そうなのが出てきたね」
アイザの弓は百発百中だが、あの羽毛がある限り難しいだろう。八咫は動く気なさそうだし、僕は一応、策がある。ここはひとつ、頑張らせてもらうしかない。だが殺す為に頑張るのではない。八咫が動かないということは、こいつは敵対モンスターではないということだ。
「食らえ!」
「うひゃあ!?」
本を取り出し、魔法を放つ。魔法って言っていいのかもわからないが、それでも電撃は発生した。
本来はちゃんと本を読み込んで魔法の使い方を学ぶのだが、それがまだ出来ていない。それでもこうして魔法という現象が発生するのはこの魔本が原本で、しかもトップティアの代物だからだろう。
本に触れるたびに感じる出来ることと、出来ないこと。普通は本1冊から1つの魔法しか習得できないのに、この魔本からは複数の力を感じることができる。
やはり戦い方とは戦いの中で学ぶのが一番効率がいいな。
「てめぇ……剣士のなりして魔法使いかよ」
「剣も魔法も初心者だよ。そしてどちらかというと王様だ」
「てめぇみたいな半端もんの貧弱を王だなんて認めてたまるかよ! この世界に王は私様だけだ!」
また一足で距離を詰めてくる。それを後方にジャンプすることで躱しながら電撃を放つ。ヴァネッサの表情に苛立ちの色が濃くなってくる。
距離を詰める。離れながら魔法を放つ。着地狩りを体を捻って躱し、距離を取る。
それを何度か繰り返していく。肉弾戦相手は距離を取るのが最も楽な戦い方だ。残念なことに攻撃方法が確立していない場合、体力勝負となるが、それでも有利は取れる。しかも相手が冷静じゃなければ、更に勝率は上がる。今のように。
「くそったれーーーー! 卑怯やろがぃ!!!」
「戦いに卑怯もくそもないんだよ!」
「チィッ……!」
苛立ちを隠さずに舌打ちしたヴァネッサが切れ長の鋭い目で僕を睨む。睫毛が長くて美人だが睨まれると怖い。美人だから怖いのか?
「食らえ!」
「ッ!?」
いきなりヴァネッサの手の平から僕に向かって竜巻が発生した。まるでドリルのような先端が僕に向かって物凄い勢いで飛んでくる。それを躱すには横っ飛びしかなかった。避けられたのは奇跡に近い。
「本が!」
しかし慌てて避けたせいで本が手から離れる。このままでは竜巻に巻き込まれて本が……と大焦りで手を伸ばすが、本は僕の手から離れたのにも関わらず、僕の傍を浮いて追従してきた。持ち主の傍をずっと離れないという意志か、それとも魔法的なシステムか。
「なんだよ、そういう仕組みなら最初から教えてくれよ……でもこれなら、両手が使えるな!」
グッと両手を握って構える。それを見たヴァネッサが口の端を歪めた。
「魔法、剣、拳……どっちつかずの半端もんが私様に勝てるとでも?」
「どうかな。やってみなきゃわからないだろう?」
「舐めんな!」
一足で距離を詰め、突き出される拳を逸らすように腕を当てる。ザリザリとヴァネッサの羽毛を擦りながらパンチを躱し、金烏の力で加速させた蹴りを放つ。だが
「避けるのだけは上手みたいだけど、攻撃は下手くそだね!」
「余裕でいられるのも今のうちだよ!」
放たれる攻撃をなんとか躱す。しかしこれが作戦だった。躱す際は必ず羽毛を擦るように躱した。そうすることでヴァネッサの驚異的な感知能力はどんどんと失われていく。
「ハァッ!」
「う、ぐぅっ!?」
左足を軸に回転し、遠心力を乗せて放った蹴りをヴァネッサは腕で防いだ。避けずにガードしたのはこれが初めてだ。アレッドの盾を防いでみせたあのパフォーマンスとは違う、ガチのガードだ。
「なん、で……」
「まだまだいくぞぉ!」
蹴りを防がれても体の動きは止めない。回転の力を逃がさず、連続して放つ蹴りは次第にヴァネッサのガードを弾き、ついにはその剥き出しの腹へ、僕の蹴りが通った。
「ぐぅぅっ!!」
蹴り飛ばされ、地面を転がるヴァネッサ。僕は追撃せず、油断なく次の行動を待った。
「……?」
でもヴァネッサは地面に転がったまま、ぴくりとも動かなかった。10秒が過ぎ、30秒が過ぎ、1分が過ぎる。
やがて5分程過ぎたところで八咫が口を開いた。
「死んだか?」
「いや、そんなまさか……」
「私が確認しますか?」
弓を引き絞り、照準を合わせるアイザを慌てて止める。
「待って、僕が見るから!」
「……油断しないでくださいね」
こくんと頷き、ゆっくりと寝転ぶヴァネッサに近付く。万が一何かあった時の為に本の力を使う準備もしておく。
そうしてじわじわと近寄り、様子を伺ったが、ヴァネッサは死んではいなかった。転がったままジーっと地面を見ながら黙っていた。
「……大丈夫?」
「考えても分からない。なんでお前の攻撃が分からなくなったのか」
「あぁ、それね」
怒るでも泣くでもなく、負けた原因を考えるヴァネッサを見て安心した。ちゃんと考えられる人なら、危険はないと判断し、僕はヴァネッサの傍に腰を下ろした。
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