第44話 平和が誘う油断

【禍津世界樹の洞 86層 白骨平原アスティアルフィールド



 昼間温められた地面がそろそろ冷えてきた頃、僕は1人、外の情報を調べていた。街の灯りがないこの世界で何よりも煌々と明るいスマホを寝転びながらタップしていく。


「『人気新人ストリーマー配信中に新たな発見』『知性あるモンスター、魔人と呼称』『神か魔物か、日本神話に新たな見解』……だいぶえらいことになってるな」 


 僕が最深部に叩き込まれた結果、今まで日の目を見なかった新たな事実がどんどん晒されていくことになっている。僕自身、関わりを持たないと生き残れない状況だったとはいえ、このダンジョンを出た後のことを考えると頭を抱えたくなった。


 アイザやハドラー達を探索者からの保護すること。そして人間社会での立場の確保は最重要事項だ。それに八咫の扱いも大事だ。何を以て神を名乗るのか。実際、本当に神様なのかも分からない。会ったことないし。


「そっちでは僕はどういう扱いなんだ?」


 リスナー達に外の状況を尋ねるが、帰ってくる言葉は様々だ。


『哀れ、雑魚の癖に最深部へ放り込まれた男』

『世界で最も注目されている男』

『専スレ1000超えの男』

『現代日本で唯一王になった男』

『アフィブログが今一番稼げるネタになった男』


「僕で金稼ぎされるのがいっちゃん腹立つわ。7割寄越せよ」


 テンプレ文でも考えるのは大変だから3割は譲るとしよう。しかしまぁ、そうだよな。僕でもこんな状況に陥った人間がいたら毎日欠かさずチェックすると思う。


「しかしそうだな……事ある毎に自分の考えは発信していった方が後々楽ができそうだな」


 八咫が目指すダンジョンの個人所持には相当な金が掛かる。歩くだけで着くとは言え、再び100層に辿り着くまでは時間が掛かる。攻略ルートも配信でバレてることだし、それを悪用して他の探索者が侵入して悪事を働くのは目に見えている。


「時間が足りないな……」


 お陰様で八咫の魔力補充で魔力石の節約はできてるとはいえ、大した量は稼げていない。外で換金できる材料がもっともっと必要だった。


「なんとか脱出までにある程度、探索者協会に意向を伝えられたらいいな」


『まぁ配信見てるだろうしニュースにもなってるから大丈夫だとは思うよ』

『とはいえ悪用はされるだろうな』

『最近、禍津世界樹に行く奴増えてるし』


「マジかよ。上層はまだ原始的なモンスターばかりだからいいかもしれないけど、中層以降は分からんぞ……」


 もしかして、ハドラー達に付き合ってる暇はない……?


 しかしここを、このダンジョンを治める為には対話は必要だ。八咫に頼めば敵対モンスターだけが住む階層を移動できるかもしれないが、対話を後回しにしたら再び攻略しに来た時に時間が掛かってしまう。僕の心情としても後回しは嫌だ。


「やることは多いなぁ。まずは脱出と思ってたけれど、それだとあまりにも遅すぎる……」


 これまでは僕の脱出日常ストーリーをお見せできればいいと思っていたが、これからはリスナーと連携して手を打っていくしかないだろう。


 これも配信者とリスナーで作るコンテンツの一つなのかもしれない。




 翌朝、軽い朝食を食べた後はいつも通りの歩き旅が再開した。連日のウォーキングで流石に足の裏が痛くなってくるが、その度に八咫の魔法で回復してもらっている。痛みや怪我は治るが疲労はなかなか抜けない。運動不足が祟っているのは誰の目にも明らかだ。


「はぁ、ふぅ……この場で、僕だけが足を引っ張ってる……」

「まったく、軟弱が過ぎるぞ」

「自分でも嫌になるよ……」


 しかしこれはチャンスでもある。この強行軍ともいえるウォーキング週間を乗り切った時、僕は一皮も二皮も剥けていることだろう。皮脂膜も角質層もなくなって逆に酷いことになっていることだろう。


 相も変わらず変わらない景色を眺めながら歩くのは視覚的にもきついが、一人じゃないだけだいぶマシだ。


 今日も歩く。のっしのっしと歩く。草を踏み、骨を踏み、土を踏み、一歩一歩、確実に。


「今日は平和だな」

「長閑ですねぇ」


 アイザも縁側に座るおばあちゃんみたいな優しい笑みで並び歩く。八咫は僕の左肩で顔を埋めてお昼寝してる。ハドラー達は小突き合ったり笑いながら歩いている。


 何もかもが平和そのものだった。大体、こういう平和な時に限って良くないことが起きるのだけれど、本当に平和だった。平和でしかなかった。平和以外何もなかった。



【禍津世界樹の洞 84層 白骨平原アスティアルフィールド



 結局そのまま2日が過ぎた。現在は84層。昼を過ぎたところだ。このまま進めば夕方には83層に着く予定だ。明日にはベクタに到着できるだろう。


「ラースヴァイパーだっけ? あれに出会うのが奇跡だったんだなって改めて思うよ」

「ここは広いですから、何かに遭遇すること自体が稀ですね。大抵の生き物は何にも出会えずに餓死します」


 それでも何度かモンスターには出会えた。といってもハドラーが以前言っていた野菜入手用の植物型モンスターだ。そこら中に生えてる白草にまぎれて少し大きな葉と根っこのような手足を持つだけのしょうもないモンスターだった。自我すらない、原始的なモンスターだった。


 そいつを倒すとキャベツが出てきたのだから驚いた。そこだけは評価できる。というか、できれば乱獲したかった。キャベツって旨いよな……。塩と胡椒で炒めるだけで一生食える。


 そんな調子だった。何度も言うが、平和そのものだった。平和でしかなかった。平和しかなかった。だから油断しないようにしていた。けど平和が、平和のやつが、平和のせいで。気を付けていたのに!


 僕は些細な気温の変化に気付けなかった。ゆっくりと下がる温度に気付けなかった。涼しいと思っていた気温は、気付けば肌寒くなり、そしてチラチラと雪が降り始めて自分達が今、異常な空間にいることに気付けた。


「どうなってる!?」

「何か来る!」


 それくらい周到な気温操作だった。何かの幻術かと思いたいくらいだった。ダンジョン慣れしてないのも悪かった。こういう日もあるのかなって思っていた。コートというのも裏目だった。


「上だよ!」


 アレッドが指差した先を全員が見上げる。


 そこには巨大な白い鳥が、雪雲の隙間から照らす太陽の光に照らされながら円を描いて舞っていた。

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