第11話 隠し部屋があるのだから隠し要素もあるのだ

 踏んだ何かは、どうやらボスの体とかではないようだ。足の裏から伝わる感触は硬い。けどちょっと柔らかい。


 そっとしゃがみ、それに手を触れる。……紐? なんだろう。分からないが、触れて何も起きないのなら手に取っても大丈夫だろう。


「……?」


 ボスが傍にいるかもしれないから声が出せない。コメント欄に聞けないというのも辛いな。


 持ち上げたそれをジッと見る。


 それは古い革製の首輪だった。首輪なのだが……えらく小さかった。僕の指にも入らないようなサイズだ。首輪のミニチュア?

 所々、表面が破けてはいるがまだまだ使える。金属部分も錆びてない。何に使うかは分からないが。


 でも何でこんなところに首輪が……?


 分からないが、無意味だとは到底思えなかった。あの隠し部屋のこともある。きっとこれも何か関係があるのかもしれないと、僕はそれを手に持ちながら再び歩を進める。


 先程も言ったが、僕はボスの仕様もサークル感知法ではないと思っている。多少、視野や嗅覚などのアドバンテージはあるかもしれないが、それでもこちらから攻撃などの行動しない限り、一方的に感知されることはないと考えている。


 だから精神的には3割くらいは安心していた。残りの7割は恐怖が埋め尽くしていたが。


 首輪を拾った場所から少し歩いたところで前方にうっすらと何かの輪郭が見えてきた。


 ……椅子、だろうか。縦方向に伸びた長方形と肘掛のような物が見える。


 なるほど、ここが玉座の間だということを忘れていた。あれが玉座だろう。ということは、だ。あの背もたれの向こう側には王様が座っているんだろう。このダンジョンの王様が。


「すぅ……はぁ……」


 深呼吸し、僕は魔導カメラを掴んで前へ進む。背もたれの後ろまで来たら、自分では覗き込まずにカメラを後ろからそーっと動かして椅子に座る者を映した。


「……」


 そっとポケットからスマホを取り出し、コメント欄を見る。


『何だこれ』

『暗くて分からん』

『鳥かご』

『ん? これ、壊れた鳥かごか?』

『中に何かいるっぽいけど』


 コメント欄を確認した僕はカメラを手放し、自分の目でも確認してみる。


 うん……確かに鳥かごだ。それも壊れた鳥かご。フックに引っ掛けて吊るすタイプの、レトロな感じの鳥かごだと思う。


 その鳥かごの、上半分が千切れてなくなっていた。細い檻の金属は無理矢理千切られたかのように先端が細くなり、あらぬ方向へと向いている。かご自体もいびつな形をしていた。


 その壊れた鳥かごの中には、鳥がいた。黒い鳥。カラスだ。しかも、ちーっちゃい王冠が頭の上に載せていた。


 王様だ……王様のカラスだ。


「……!」


 そうだ。さっき拾った首輪。あれ、もしかして首輪じゃなくて足輪じゃなかろうか。カラスの足にならきっと入るはずだ。


 でもそんなことをして何の意味があるんだろう……。考えても分からない。けどこの鳥かごを見た時にペット……のような意味合いがあるんじゃないかと思った。


 この足輪も、もしかしたらこのカラスの物かもしれない。


 カメラが僕の手の平の上の足輪を映す。


『もしかしてヤバいこと考えてないか?』

『おいやめろ』

『馬鹿なことするな、すぐに引き返せ』


 スマホの中のコメント欄は僕を引き留めようとしている。でもここまで来て引き返すなんて無理だ。安心3割恐怖心7割だった精神は、好奇心10割に埋め尽くされてしまった。


 この足輪をカラスにはめてみたい。どうなるか見てみたい。


 僕の止まらない好奇心はリスナーの言葉を無視し、行動へ移した。


 手にした小さな足輪。これをどうにか、カラスに気付かれずに足に……。


「……っ!」


 足へと足輪を近づけたその時、腰に下げた剣、カラスの羽根がカタカタと震えた。それを止めようと左手で抑えた時、右手に持っていた足輪がしゅるりと勝手に動き、王冠カラスの足にはまった。


 慌てて距離を取り、カラスの羽根を抜いて構える。


「何やってんだ、何で構えてんだ、早く逃げろ僕……っ!」


 馬鹿なことをした。無駄な時間だ。急いで逃げろ!


 踵を返し、全力で出口まで走る。左右の燭台が激しく燃え上がった。まずい、ボス戦が始まった!


 先程まで最小限しか照らさなかった灯火が空間全体を照らし出す。高い天井は星空のような煌めきを放ち、そんな空を幾つもの柱が支えているのが見える。


 振り向くが、カラスは追い掛けてこない。鳴き声もしない。


 このまま逃げ切れば……!


「見えてきた……!」


 僕が入ってきた階段が見えた。あれを上りさえすれば安地だ。


 だが……ここは最下層。ラスボスのフロア。


 そう簡単には、逃がしてくれなかった。


「くそ……」


 バサリという羽音と共に、僕と出口の間にカラスが舞い降りた。燭台に照らされた体は黒と紫の色に染まり、幻想的だ。さっきは体に隠れて見えなかったが、足が3本あった。


「八咫烏……」


 僕がつけてしまった足輪が見える。


「……」


 カラスは一声も鳴かずにジーっと僕を見つめていた。その視線に敵意のようなものは感じなかった。だからといって安全とは言えない。


 僕はカラスに向けてカラスの羽根を構えた。


「……ふむ。王鍵も持っていたか」

「えっ……喋った?」

「不思議か? カラスといっても、これでも神を名乗っていた時期もある。ただの鳥と一緒にされては困るな」


 いや、ただの鳥とは一瞬たりとも思っちゃいない。一目見た時からやばい雰囲気しかしなかった。


「貴様が私の足に嵌めた輪が何か分かるか?」

「や……ちょっと分かんないですね……拾った物なので」


 雰囲気に押され、極々自然に、当たり前のように僕はカラスに敬語を使っていた。


「これは死と再生を司る神が作り出した物だ。死した者が自らの罪を清める為の場所、煉獄へと導く為の輪だ」

「煉獄の輪……」

「そう。これは私の主の証でもある。そしてこの輪に触れられるのは【王鍵おうけん スクナヒコナ】を持つ者だけなのだ」

「なるほど……ん? 王鍵」


 カラスは小首を傾げて僕を見た。


「貴様が持つ私の羽根だ」

「あ……」


 あの隠し部屋で拾ったカラスの羽根……持ち主はあなたでしたか。


 偶然ながらも僕は八咫烏の主の証である煉獄の輪を拾い、そして拾えるようになる為の王鍵スクナヒコナも持っていた。……持っていなかったらどうなっていたのかは考えたくないが……僕はなってしまったのだ。禍津世界樹の洞のラスボスの主に。


「貴様は私の主となったのだ。導きの神、八咫烏のな」

「えぇ……」


 僕の中にある感情は一つだけだった。


 勘弁してくれ……。


 現実を見たくなくてそっと僕はコメント欄を見る。そこには投げ銭をこれでもかと投げまくるリスナー達しかいなかった。

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