第44話:お守り/逃避行
俺はナナに連れられて味のある店構えをしているお好み焼き屋に入った。
「で、キュウ助はいつ戻って来るん?」
じゅうじゅうと音を立てる鉄板。 流し込んだ生地が焼けるのを真剣な表情で見つめながらナナは言った。
「……」
「悪いけど事情は大体聞いた。 同情はするけど、キュウ助の今の行動って意味があるんか?」
「……というと?」
「世界を元に戻したいんやろ? それってダンジョンをただ壊せば叶うことなんかなって」
ナナの疑問に俺は何も言うことができなかった。
ダンジョンが現れる原因は未だに不明で、今もどこかで新しいダンジョンができていることだろう。 俺が全てのダンジョンを破壊したところで、それは一時的な回帰に過ぎず、時間が経てばまたダンジョンのある世界に戻ってしまう。
「私にはキュウ助の行動が子供の癇癪にしか見えないんよ」
「分かってるけど……何かしていないと頭が可笑しくなりそうなんだ」
だからと言って手をこまねいていては、何も変えることはできないことは確かだ。
そう思うと世界回帰教のやり方が最も確実で、俺の目的に近い。 だけど彼らの求める世界は、結局現状の優劣を逆転させるだけだ。
その優に俺やヒナが居続けられる保証がない限り、俺が彼らに迎合することはあり得ない。
「そっか、ならしゃあない。 ほれ、焼けたで」
「いや、俺はいいよ。 食欲がないんだ」
「なくても食べ。 キュウ助、やつれてるで? そんなんで世界と戦えるんか?」
「そんな大げさな……」
「大げさやないで。 近いうち、キュウ助に懸賞金がかかるかもってお嬢も言っとったし。 やから食べれるうちに、食べとき」
さらりと語られた情報に俺は驚きつつ、ナナの圧に負けて渋々お好み焼きを口に運んだ。
強い酸味が鼻をくすぐる。 一口食べると止まらなくなった。
「ええ食べっぷりや! どんどん焼くで!」
俺はひたすら供給されてくるお好み焼きを飲み込んだ。
「結局、全然食えんかった」
「悪いと思ってる」
店が出ると、ナナがひどく疲れた様子で腕をさすった。
「行くんか?」
「うん」
「しゃあないな。 これ、持ってき」
ナナはそう言って、見覚えのある石がはめ込まれたペンダントをこちら放った。
「これは……」
「お守りや。 ま、手伝いはせえへんけど、心の中で応援くらいはしといたるってことで」
「……ありがとう」
片目をつぶって笑うナナに、俺は固まった口元を吊り上げた。
「大丈夫そうやな。 ほんなら、また」
「ああ、また」
去って行く彼女が見えなくなるまで俺は見送って、俺は今日もダンジョンへ向かうのだった。
〇
ナナと会ってからしばらくして、俺は街で視線を感じるようになった。
「そこの君、いいかな……ってちょっと! 待ちなさい!!」
警察に声を掛けらて、思わず逃げ出した。
すれ違う人が全て敵に見えた。
「もうホテルには泊まれないか……」
――いたぞ!!
今日はどこに泊まろうかと悩んでいた時、そんな声が聞えてきた。
少し離れた位置で、こちらを指さす戦士風の男たちが走ってくる姿が見える。
(まだ捕まるわけにはいかない)
ギルドや世間で俺がどういう扱いなのか、懸賞金をかけられているのか全く把握できていなかった。 けれどここで彼らに捕まればゲームオーバーである可能性は高い。
俺はどこへ行く当てもなくとにかく走った。
そして辿りついた暗い路地の物陰に腰を下ろして、息を潜めた。
――みぃつけた
振り返ろうとしたが、首元に当てられた湾曲した刃に俺は息を呑むのだった。
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