シスコン配信者、ダンジョンを終わらせる ~配信中に美少女(死体)を発見。BANされそうになったから生き返らせたらバズっちゃった~

@Rigen0811

第1話 なんとかなれーーーっ!

「やりました! ハイ・ポーション、ゲットです!」


 顔の横を飛ぶ『ブロードビット』のカメラに、青い液体が詰まった瓶を向ける。


「どんな怪我も一瞬で治せる超レア回復アイテム! みなさんの冒険に役立つこと間違いなしですね!」


 ビットが俺の声も配信に乗せてくれているはずだけど、視聴者の反応はない。

 理由は簡単。このダンジョン配信の同接はゼロ。つまり、誰も見ていないんだ。


「……はぁ。むなしい」


 現状最も難度が高いダンジョン最下層【地獄】からの配信なのに、もう1年以上やってるのに。ほとんど反応がない。これが結構、クる。

 駅前にいる路上パフォーマーの気持ちがよくわかる。いや、こんな風に愚痴をこぼしていないだけ、あの人たちの方がずっと立派だ。

 気を取り直して、俺は咳払いをした。


「こちら、ギルドショップに送っておきますんで、ぜひお買い求めくださーい」


 軽く振った瓶をかばんにしまう。

 と、遠くからモンスターの咆哮が聞こえた。この感じはオークだな。

 戦ってもいいけど、俺はアイテム収集がメインの探索者。戦ってる途中でアイテムがダメになったら儲けがなくなる。


「今日はこのくらいにするかなぁ。じゃ、終わりまー……」

「きゃあああああっ!」


 ビットに手を伸ばして配信終了ボタンを押しかけたところで、誰かの悲鳴が聞こえた。


「な、なんだよ……!?」


 声は遠くない。

 岩を二つ三つと飛び越えて、俺はすぐにその人を見つけることができた。


「だ、誰かっ! 誰か助けてえええっ!」


 女の子がオークに追い詰められている。尻もちをついた彼女の防具はボロボロで、そばにはぽっきり折れたロングブレードが転がっていた。

 十中八九、オークの棍棒こんぼうにへし折られたんだろう。


「グゲッゲッゲッゲ……!」


 後ずさる女の子に、オークが笑いながらにじり寄る。彼女の横のビットを見るに、配信者か。


「ひ、ひいいぃっ! 来ないで! 来ないでぇっ!」


 ダメだ。完全にパニックになってる。オークの注意を逸らさないとまずい。

 ふと、頭の奥で声がした。……ような気がした。


「ああ。わかってる。見過ごせないよな」


 俺は手ごろな石ころを拾って大きく振りかぶり……投げた!


「ゲッゲッゲ……ゲギャッ!?」


 狙い通り、石はオークの側頭部に直撃した。

 女の子もきょとんとした顔を向けてくる。


「おいウスノロ! お前の相手はこっちだ!」


 顔に青筋を立てたオークが、雄叫びを上げながら俺の方へ走ってくる。


「そら食らえ!」


 鞄から取り出した小さな包みを放る。

 オークが振るった棍棒と触れた瞬間、それは弾けて中に詰まっていた黄色い粉が広がった。

 瞬間、オークが動きを止め、苦しそうに頭を振る。

 中に入っていたのは、この階層に自生する植物の根を乾燥して砕いたもの。ツンと来る独特なニオイは人間に害はないけど、モンスターをひるませるのに役立つ。


った!」


 やみくもに振るわれる棍棒を避けて、オークの首をナイフで掻っ切り、仕留める。

 仰向けに倒れたオークは光の粒子になって消えた。どういうわけか、ダンジョンのモンスターは絶命するとアイテム部位以外を残してこうなる。俺は地面に落ちたナイフを拾って、俺は女の子に近づいた。


「怪我はないか?」

「び……」

「び?」

「びゃあああああっ! ごわっ、ごわがっだああああああっ!」


 返事代わりの大号泣。整っているはずの顔も、涙と鼻水でぐっしゃぐしゃだ。


「今まで大丈夫だったのに! オークなんていっぱい倒してきたのに! めっちゃ強いし! お気に入りの剣も折れちゃったぁ! もう最悪だよおおおおおっ!」


 あー、これは【地獄】の洗礼を受けちゃった感じだな。


「この階層、上層のモンスターと同じ種類のやつが出るけど、数倍強くなるんだよ。もしかして、知らなかった?」

「しっ、知ってたもん! 知ってたうえでこうなったの! うあああああん!」


 うずくまって泣く彼女の横で、彼女のビットがコメント欄を投影する。よく見ればこのビット、この前発売された最新モデルだ。


“モア無事かー!?”

“モアたん生きてる!”

“モアー! よかったあああああ!”


 ……ん? モア?


「もしかして、百地ももちモア? 有名な配信者の」


 ピンクから赤にグラデーションしていくボブカット。オリジナルブランドのロゴを入れた防具。おまけに、万を超えてる同接者数。ぐっしゃぐしゃだけど、間違いない。


「ぐす……うん。モアだよ。モアハッピー……」


 何度か配信を見たことがある。このあいさつも彼女が配信冒頭でやるやつだ。


「はぁ、ほんと怖かった……」


 涙を拭いたモアは立ち上がって、俺の横に立った。

 まるで、自撮りのようなアングルだ。


「え、ちょ……!」

「リスナーのみんなー、超ヤバかったけど、このお兄さんが助けてくれましたー。うん、心配かけたー。ありがとー、ごめんねー」


 流れていくコメントに応じていくモア。

 ひとしきりコメント返しをした後には、すっかり元気を取り戻していた。


「やー! お兄さんすっごく強いね! 本当にありがとう!」

「た、大したことじゃない……ですよ。そっちこそ無事でよかった」


 モアは年齢を明かしていないけど、多分俺とそう変わらない。

 でも、思わず敬語になってしまった。これがカリスマってやつか……。


「わーめっちゃ謙虚けんきょ! 余裕があってカッコいい!」


 モアが腕に抱きついて、歓声をあげる。柔らかい感触があった。


“は? こいつ近くね?”

“なに調子こいてんだよ!”

“……すぞ”


 モアの無事を喜んでいたコメントが豹変ひょうへんした。そろそろ退散した方がよさそうだ。


「じ、じゃあ、俺はこれで! 今の内に帰った方がいいですよ!」

「あっ! お兄さん!? まだ、名前とか――」


 そそくさと画角を外れて、全力でその場を離脱した。



 岩壁に身体を預けて、一息ひといきつく。

 俺のビットが、俺にレンズを向けていた。


「……あ! こっちの配信切ってなかった!」


 急いで切ろうとした手を止める。


「……さっきの流れで、誰か見に来てたり?」


 少し緊張しながら見たスマホの表示は……。


「い、いる! 本当に来た!」


 同接数7人。普段ならあまり見ない数だ。


「ど、どうも! トウヤです! 探索配信やってます!」


“お、やっと気づいたw”

“どもー”

“モアを助けてくれて感謝。でもさっきのは絶許”


 うおお、コメント! コメントだ!

 もしかしたら、今日はいつもとは何か違うのかもしれない!


「うっし!」


 両頬をパンパンと叩いて気合を入れなおす。


「激レアアイテム出しますんで、見ててくださいリスナーのみなさん!」


 俺は【地獄】を走り出し、5分足らずでさっそく当たりを引いた!


「これ! みなさん、わかりますか? ただの岩に見せかけて実はこれ、レアアイテムボックスなんです!」


“ほーん?”

“ただの岩では?”

“この必死感、初期のモアを思い出す”


 やばい。楽しい。反応をもらうって、こんなに楽しいものだったのか……!

 感激しつつ、俺は言葉を重ねた。


「他の岩と色がちょっと違うんです。この階層にはこういうぱっと見じゃわかりにくい仕掛けがたまにあります! で、経験上そのほとんどがレアアイテムボックスです!」


 岩を側面から押すと、上の部分が少し動いた。


“おお!”

“何が出る!?”

“今の情報、俺がモアに教えておく”


「いきます! せーのっ!」


 ボックスの中身が露わになる。


「……え?」


 白がそこにあった。

 長く白い髪、白い肌、軍服に似た白い服。

 純白の少女が、そこにいた。俺やモアより、少し幼い。中学生くらいだ。

 その細い腕で剣を抱いて、眠るように目を閉じている。


「ひ、人? なんで、人がアイテムボックスに?」


 想定外のことに、熱が一気に冷めていく。

 箱の中にはもう一つ、アイテムが入っていた。

 透明な液体が入った小瓶。試験管みたいで、ラベルが貼ってある。


「……蘇生薬?」


 日本語で、そう書かれていた。

 そんなことより、こっちの女の子だ。


「あ、あの、そんなところで何を……」


 手に触れた瞬間、ぞっとした。

 とても冷たい。人が持つはずの、温かさがない。

 それは、まるで――


“死体じゃね?”


 スマホに映ったコメントに、俺は凍りついた。


「した……い……?」


“うそ、マジもん?”

“確かに血色悪いな。どうなんだトウヤくん”


 ダンジョン配信で人間の死体を映すことは重大な規約違反だ。

 この配信を見た誰かが運営……政府に通報すれば、俺のアカウントはBANされてしまう。

 それだけは避けなくちゃいけない。

 底辺でも、俺にとってこの活動は大切なものなんだ。


“トウヤ氏ー?”

“なんとか言え”

“無言切断はおすすめしないぞ”


 右手のスマホの中で、コメントが催促してくる。

 俺の左手には、蘇生薬。

 閃いた。

 もう、これしかない。


「と、突然ですがっ! みなさんにご報告があります!」


“報告”

“え、今?”


「実は、今日からこの配信に新しい仲間が増えます! これは事前に用意してた演出です! 誰も見ないと思って、ちょっと過激にしちゃいました! 驚かせてすみません!」


 ビットに向けて、勢いよく頭を下げる。


“へー、演出”

“凝ってるなぁ。本当ならね”

“ふむ……”


 まだ間に合う。このまま押し切るしかない!


「この蘇生薬! ……っぽい水をかけるのが合図です! 本人も了承済みです! いきます!」


 瓶のフタを開けて、思い切り振り上げた。


「出番だ! 起きてくれ!」


 液体が、少女の服を濡らすことなく染みていく。


「ん……」


 少女が、目を開けた。

 髪や服と同じ白い瞳が俺を見つけて、笑った。


「あなたが、私を目覚めさせたのですね」

「と、とりあえず、自己紹介を!」

「ええ。何事も、最初が肝心ですので」


 静かな所作で箱から出た女の子は、剣を腰に提げて、小さくおじぎをした。


「アンジュと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」

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