短編書庫

ナユタ ガク

1.追落 ※①②

(1)幼馴染が結婚した

 ステンドグラスから陽光ようこうが降り注ぐ教会。


楽しそうな周りの人々は、

私の知らない彼の話ばかりをしていた。


今日のためにおろしたチャコールグレーのパーティードレス、

胸の苦しさからすそを握りしめる。


愛し合う二人の説明をするアナウンスの声は聞こえない。


聞きたくない。





『新郎新婦、入場です!』





 張り上げたようなアナウンスの声と共に開く教会の扉、響き渡る拍手と口笛、

幸せそうに並んでレッドカーペットを歩く新郎新婦。


スタイルの良い美人な花嫁は、

幸せそうに微笑んでいた。


彼女は知らないんだろうな、

彼は恋愛が嫌いだって。





 新郎新婦は神父の前で立ち止まり、

神父は聖書のような本を開いて前を向く。





「新郎、早川はやかわ遼介りょうすけ





 カメラを向ける不躾ぶしつけな男達も、

空気に酔って感動の涙を流す女達も、

ああ、なんて下品なんだろう。






「その健やかなる時も、める時も、

 喜びの時も、悲しみの時も、

 める時も、貧しい時も」





 私は違う、彼の全てを知ってる。


花嫁を含む、この場にいる誰よりも、

リョウのことを知ってる。


下品にすすり泣く声も、下品な祝福の野次も、

誰も彼もが気持ち悪い。





「その命ある限り、愛し合うことを誓いますか?」


「…はい、誓います」





 誓いの儀式で、花嫁への愛を約束した細身の男。


彼は遼介りょうすけ、私にとって唯一無二の幼馴染。


リョウは今日、知らない女と結婚した。


今この場にいても信じられない。





 学生時代、シングルマザーの母親が子供をはらみ、

再婚して新しい家庭を持つと共に捨てられたリョウ。


まさかそんな君が結婚するだなんて、

誰が想像しただろう。





「新郎新婦、誓いのキスを」





 白い花吹雪が降り散る中で、

恥ずかしそうにキスをする二人。


素晴らしい結婚式なのは誰が見ても明らかなのに、

私だけテレビを見てるような虚無感きょむかんおそわれている。


…置いて行かれた気がした。





 くちびる同士が離れたときに笑い合う二人の光景、

ただただ胸が痛い。


ああ、泣きそうだ。









 リョウの結婚式から半年程が過ぎた年末の夜、

クリスマスは終わったのに街路樹がいろじゅは今だイルミネーションで着飾られている。


周囲は人で溢れていて、

イルミネーション目的のカップルが多いように感じた。


きっと彼らの撮ったツーショットのどれか、

私もまぎれて映っているのだろう。





 それにしても…仕事終わりにこの寒さはこたえる。


幸い雪は降ってないし路面凍結ろめんとうけつもないが、

寒さから逃げるように歩測ほそくを速め、

パンプスのヒールでガツガツとアスファルトを痛め付ける。






 ビジネス街を過ぎた繁華街はんかがいはずれ、

向かった先はレトロ感のただようビジネスホテル。


オレンジ色のあかりが古臭い。





 ホテルに入ると受付は無視してエレベーターへ。


ボタンを押して待ってる間にスマートフォンを取り出し、電話を掛ける。


意外にも2コールほどで相手は出た。





『はい、もしもし』


「下まで着いた。カギ開けといて」


『りょ』





 簡単な会話が終わるとすぐに切れる。


スマートフォンを機内モードにしてビジネスバッグに突っ込み、

そしてすぐにエレベーターは到着した。





 エレベーターに乗り込み、5階を押して閉じる。


背後うしろの鏡で軽くスーツと前髪を整え、

ポケットからフリスクを手に取る。


2粒ほど取り出して口に入れ、

丁度エレベーターは5階に到着。





 降りると同時にフリスクを噛み潰し、

薄暗い廊下をゆっくりと歩く。


思うことは色々あったが、

あり過ぎてむしろ無心に近かった。


…なんで、ここにいるんだろう。


使い古したパンプスなのに、

この5cmのヒールがいつもより高く感じる。


ホテル特有のリネンの匂いは、

吐き気を誘うほどに緊張感きんちょうかんを高まらせた。





 518号室の前に着き、

噛み砕いたフリスクを一気に飲み込む。


一呼吸ひとこきゅう置き、インターホンを鳴らして扉に手を掛ける。


鍵は空いていた。





 部屋に入ると、奥にはバスローブを着たリョウが立っていた。


彼は口角をあげ、左手をヒラヒラと振る。





「久しぶり、澄香すみか





 笑ってるようで冷めた


緩く振られる手の薬指には、

シルバーリングがにぶく輝いている。





「久しぶり、リョウ。結婚式ぶりだね」


「とりあえずこっちおいでよ。疲れたっしょ」





 溜息ためいきき、その場でパンプスを脱いで奥に行く。


狭い部屋ではが面積のほとんどを占めていて、

クリーム色のテーブルランプの灯りが主張をするも、室内は薄暗さが目立つ。


カーテンは閉まっていて、

ベッドわきのサイドテーブルにはリョウのビジネスバッグが無造作むぞうさに置かれていた。





 彼は何も変わってない。


胸に黒いヘドロがへばり付くような不快感に襲われるが、同時に腹の底が喜んでもいた。





「こっち、ベッド座んなよ」


「うん。かばんそこ置いていい?」


「いいよ」





 持っていたビジネスバッグをリョウのかばんの隣に置き、私自身も彼の左側に腰を掛ける。


二人で並んで座るくらいなら、

セミダブルのベッドは広く感じた。





「結婚式すごい良かった」


「まあ、それだけ金も掛かったけどね」





 何かを探るような、中身のない会話。


冬の冷たい空気が、徐々に変なを帯びる。





「お嫁ちゃんも綺麗きれいだよね」


「いきなりなに、よせよ」





 ベッドに置いてるリョウの右手が、

私の左手に少しずつ近付く。


シーツのれる音、スーツの中で汗がにじむ。





澄香すみかは…なんかやつれた?」


「営業だからかな、キツいよ」





 リョウの手が私の手に重なる。


指先は冷たいはずなのに、触れたところはジワリと熱い。


遠くでにぎわってる声が心地良い疎外感そがいかんを加速させる。





「…そろそろ冗談じゃ済まないよ」


「ハッ…冗談?」





 吐き捨てるような笑いと共に、指同士が絡み合う。


細い指先は湿しめっぽい。


意識しないと呼吸ができないくらい、表面ほど平静じゃない。


先程まで主張が強いと思っていたテーブルランプも、

今ではピントの合わないただの背景。





「別に良いじゃん、昔と何も変わんない」


「昔と…、」





 言葉に詰まったその瞬間しゅんかん

リョウの左手は私のほほれた。


小動物しょうどうぶつでるようなタッチは、

よりその薬指の付け根の冷たさを強調してきた。





「…ねえ、スミ」


「…うん」


「本当に久しぶり」


「…ね、」





 目の前は暗く染まる。


触れる指輪ゆびわに気付かない振りをして、

リョウと久しぶりのキスをした。


柔らかくてうすくちびるは熱く、

指先との温度差は文字通り。





 リョウのくちびるが私のくちびるむさぼるように柔らかく噛み、

私も同じ熱量ねつりょうで返そうと恐る恐る舌を出す。


リョウの舌に触れ、唾液だえきからみ合う快感で頭がやられる。


キスと布擦ぬのずれの生々なまなましい音が鼓膜こまくをくすぐり、

周囲の音をさえぎる頃には指輪ゆびわの存在なんて忘れてしまった。





 次第しだいくちびるはなれ、体が引き寄せ合う。


れた毛先からは柔らかなシャンプーの香りがした。





「…変わらないね、私達」

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