ハズレスキルすらない努力家凡人、見る人から見れば普通に非凡だった話

広路なゆる

01.転機のSOS配信

《本日の配信は東京スカイダンジョン、通称、”ユグドラシル”50層よりお送りしております。

 S級攻略者″蒼谷あおやアサヒ″率いる東京プロモート所属、パーティ"アルビオン"が50層ボス"アクス・ミノタウルス"の討伐に挑戦中です!》


 体長3メートルはあるミノタウルスが斧を振り下ろす。それを屈強な戦士風の男がにやりと微笑みながら巨大な剣で受け止める。


 その傍らで杖を持った女性が魔法を唱える。ミノタウルスに魔法陣のようなものが発生し、ミノタウルスが小さく唸る。


 やや離れた位置から身の丈ほどもありそうな巨大な銃により、ミノタウルスに狙いを定める若い男性がいる。

 その銃口にエネルギーが収束し、直径5メートルほどの激しいレーザーをミノタウルスに照射する。


 光に包まれたミノタウルスは激しい咆哮を上げながら消滅する。


 実況…………えっ、終わり?


 解説終わりです


 実況……す、すごい! 圧倒的だぁ! アクス・ミノタウルスを全く寄せ付けないぃ!


 解説もう少し尺引っ張って欲しかったですね


 ◇


「蒼谷アサヒさんが来てくれました。まずは蒼谷さん、アクス・ミノタウルス討伐おめでとうございます」


 インタビュアがミノタウロスに止めを刺した青年にマイクを向ける。


「ありがとうございます」


【蒼谷 アサヒ(あおや あさひ)(19・男) S級攻略者】


「圧巻のパフォーマンスでしたね!」


「とても手強い相手でしたが、今日のために、しっかりと準備してきたおかげです」


「今日の配信は同時接続は300万に到達したそうです」


「本当ですか? ……ご観戦の皆さん、ありがとうございます。皆さんの応援が力になります」


 ◇


「アサヒ! やりやがった!! お前は最高の"攻略者"だ!」


 配信を視聴していた男性がそう叫ぶ。


 ◇


 小学生のなりたい職業ランキング一位″攻略者″


 モンスター蔓延るダンジョンを攻略する″クエスト″は一般化し、エンタメとして成立。大きな挑戦時には全世界向けに配信され、皆がそれに熱狂していた。


 しかし、そんな皆の憧れ……攻略者になれるのは一握りであった。


 クエストで時折、入手できる宝物ほうもつ。モンスターと互角に戦うための強力な兵器である。


 宝物にはレベルがあり、高いレベルの宝物は適性がある者にしか扱えなかった。

 残酷なことに宝物特性は生まれ持った才能であった。


 蒼谷アサヒは宝物特性、最高のレベル10。

 中学生で″攻略者″となり、世界に七つしか発見されていないランク10宝物の一つ"紅蓮の珠砲クリムゾン・ランス"の使用者となり、史上最年少で最高格付けS級攻略者にまで駆け上がった。


 ……そんな蒼谷アサヒを弟に持つ、兄、蒼谷ミカゲ24歳(宝物特性レベル3の凡人……あるいはそれ以下)は弟の勇姿を画面越しに見届け、ガッツポーズする。


「我が弟ながらすげえな……」


 生活感あふれる部屋で、彼の優秀な弟の勝利の余韻に浸る。


【蒼谷 ミカゲ(あおや みかげ)(24・男) 遊撃者】


 と……


 TRRRRR


「おっと……」


 ミカゲのデバイスがアラームと共に、通知する。


【ユグドラシル"地下層アンダー"より中型妖獣″あふれ″発露予報あり 遊撃部45番組 出動ください】


「おっと仕事か、こんな日に……まぁ、アサヒの配信、最後まで見れただけよしとするか」


 強力なモンスターがひしめくユグドラシルの"上層"を目指す攻略者になれるのは一握りだ。


 しかし、地上から天空へと延びる塔ダンジョン……の直下に広がる地下層……通称、アンダーからたびたび市街地へ侵攻する″あふれ″を撃退する"遊撃者"という職業も存在した。


 ユグドラシルの謎や新たな功績へは挑めずとも、市民を守るための大切な仕事であった。


 ◇


「蒼谷さん、お疲れ様です」


 ユグドラシル"地下層アンダー"へ向かうゴンドラにて、青年がミカゲに挨拶をする。


「お疲れ、深海しんかい


 深海は遊撃部45番組におけるミカゲの相棒であった。


【深海 莉玖人(しんかい りくと)(22・男) 遊撃者】


「今日も弟さん、すごかったですね」


「そうだな」


「やっぱり弟さんがS級だと大変だったりするんですか?」


「え? うーん……どうだろうな。まぁ、弟ながら尊敬するよ……」


 ミカゲは少し苦笑いするような表情を浮かべる。


 ◇


 15年前――


「ミカゲいいぞー!」


 小学生のミカゲをクエストクラブのコーチが称賛している。


 攻略者を目指してクエストクラブに先に入っていたのはミカゲの方であった。


「ミカゲくんは相当いいですよ、武器の扱いにも長けてますし、体術も素晴らしい。センスっていうんですかね……」


 コーチはミカゲの母に嬉々として報告する。


「そうなんですね!」


「……」


 ミカゲはそれを聞く母を見て、子供ながら母の喜ぶ顔が分かったし嬉しかった。


「俺はいつか攻略者になって、レアの宝物を見つけまくってやるんだ!」


「おぅ、ミカゲ! 頼むぞ!」


「ミカ兄かっこいいー!」


 そんなミカゲを見て、アサヒは無邪気にそんなことを言う。


「おう、アサヒももう少し大きくなったら兄ちゃんみたいになれるぞ」


「うん、僕も頑張るぞー」


「まぁまぁ、アサヒは自分らしくあればいいのよ」


 しかし、ミカゲにとっての現実は少々、残酷だったのかもしれない。


 ◇


 アサヒが10歳になった時――


 レベル検診において、医師が告げる。


「蒼谷アサヒくんの宝物特性はレベル10……です」


「今なんて?」


 母は自分の耳を疑ったのか医師に訊き返す。


「だから10です」


「じゅ、じゅう!? …………」


「あ、アサヒ! やったな!!」


 父はアサヒの背中を叩く。


「う、うん」


 アサヒは状況が呑み込めていないのか、あまり嬉しそうじゃなかった。


「……」


 ミカゲは……


 ◇


 それからアサヒはとんとん拍子でエリート攻略者の道を駆け上がった。


 14歳で大手事務所チーム東京プロモートから声が掛かり、攻略者デビュー。17でA級、18で世界に七つしか発見されていないランク10宝物の一つ"紅蓮の珠砲クリムゾン・ランス"の使用者に任命される。そして今、19歳でS級だ。


 一方のミカゲは未だ攻略者になれていなかった。

 それでもクエストへの憧れは捨てきれず、高校、大学とクエスト部に入り、がむしゃらにトレーニングは続けた。

 しかし事務所から声は掛からなかった。


 それでも、遊撃者としては活動できている。

 それだけでも十分……とミカゲは考えていた。


 ◇


 現在――


「うおっ!」


 無骨な岩に囲まれた洞窟の中で、体長2メートルほどの不気味なイノシシの顔をした二足歩行の獣が手に持つ棍棒を深海に向けて振り回し、深海はそれを盾で受け止める。


 深海は数メートル後ろにノックバックするが、それによりイノシシとの距離も空く。


【妖獣 棍猪こんしし


 その脇から、ミカゲが両手剣でもって棍猪に斬りかかる。


 棍猪はそれを棍棒で受け止め、つばぜり合いとなる。


 ミカゲが上方向にはじき、棍猪は上体を逸らされる。

 しかし、それを利用し、棍棒を振り降ろす。

 が、ミカゲがこれをサイドステップで回避。棍猪にできた大きな隙を見逃さず、脇腹に剣撃を加える。

 痛みから、怒った棍猪が咆哮し、ミカゲに突撃する。


 と、その間に盾をもった深海が割り込み、棍猪の突撃を受け止める。


「ナイス! 深海!」


 そう言ったミカゲが深海の背後から高くジャンプし……


「くらいやがれ!」


 棍猪の頭に剣撃を叩き込む。


 棍猪は叫ぶような鳴き声と共にその場に倒れ、エフェクトと共に消滅する。


「おっし」


「流石です、蒼谷さん!」


「ありがとう……」


(このレベルの妖獣でも一苦労だ……)


 ユグドラシル地下層"アンダー"では、"妖獣"と呼ばれるなぜかオリエンタル(東洋風)な雰囲気の生物が出現する。一般的には上層のモンスターと比べると力は弱いが、それでも遊撃者にとってみれば十分、脅威であった。


「お、ドロップあったみたいですね。トレジャーボックスです」


 深海が棍猪からドロップしたトレジャーボックスを発見する。


「あぁ!」


 モンスターや妖獣がドロップするトレジャーボックスからは宝物を取得できる。妖獣からでは大したものは期待できないが、それでもボックスの開封は一つの醍醐味であった。


「まぁ、とりあえず開けましょうか」


「そうだな」


(ん……?)


「お?」


(刀……?)


「珍しいっすね……」


「そうだな」


 妖獣の宝物から武器の類が出ること自体、珍しかったが刀の形状の宝物などミカゲや深海は聞いたことがなかった。


「レベルは?」


 深海がミカゲに尋ねる。

 宝物のレベルはデザインは様々であるが、宝物の一部に刻まれており、誰でも確認することができる。


「えーと……零……? レベル……0……?」


「え? 今、何て?」


「ゼロだ」


「ゼロ? そりゃないっすよ! あいつ、そこそこ強かったのに!」


「そ、そうだな……」


 なお、宝物は攻撃力のみならずあらゆる面で使用者の能力を引き上げる。

 各項目に対して、E、D、C、B、A、AA、AAA、S、SS、SSSの十段階で評価される。

 どの程度、引き上げられるのかはレベルによりある程度、推測できるが、詳細は鑑定士に鑑定もらう必要がある。

 現在、ミカゲが所持しているのはアイロンソードという一般的な両手剣である。


 ==========

【アイロンソード】

 Lv3

 攻撃:D

 防御:B

 魔力:E

 魔耐:D

 敏捷:C


 効果:なし

 ==========


 逆に人間に対してはステータスという概念は存在しない。故に宝物のレベルが戦闘力に直結すると言っても過言ではなく、宝物特性の低い者には厳しい世界である。


(しかし、ゼロか。そんなのもあるんだな……)


 グギャアアアア!!


「「っ!?」」


 珍しい宝物がらくたに首を傾げていたミカゲと深海は、突如、別方向から聞こえてきたけたたましい咆哮に驚く。


「な、なんですか!?」


「わからん」


『きゃああああ!!』


「「!?」」


 同じ方向から悲鳴も聞こえてくる。


「蒼谷さん、行きましょう!」


「ちょっ、深海……!」


 深海はすでにその方向へ駆け出していた。


 ◇


 たどり着いた先には巨大な蜥蜴とかげがいた。


「ど、ドラゴン!? 龍? なんでこんな奴がアンダーに?」


 深海が疑問を呈す。


「"はぐれ"か」


「そうですね……」


 はぐれ……明らかにその階層にそぐわないレベルのモンスターが突如、出現する現象である。極めて危険な現象として認知されており、運悪く遭遇してしまった者の犠牲が後を絶たない。


「蒼谷さん、こいつはモンスターですか? それとも妖獣?」


「わからん……どっちにしても戦闘を回避しないといけないことだけは確かだ」


『助け……』


 巨大蜥蜴の目の前には中学生くらいの女の子がへたり込んでいる。その傍らには、倒れて動かない男性がいた。


「子供が……攻略者候補生か……!? 倒れてるのはコーチですかね」


 深海が焦った様子で言う。


「そうかもな……」


「「!?」」


 その瞬間、巨大蜥蜴が勢いをつけるように上体を逸らし、今にも女の子に噛みつくようなモーションを取る。


「っっ」


 深海は唇を噛み締めるようにして、巨大蜥蜴と女の子の間に割り込み、巨大蜥蜴の攻撃を盾で受ける。

 強い衝撃を受けるもなんとか耐える。

 そして、必死の形相で後ろの女の子に叫ぶ。


「君! 離れて! それと、SOS配信を頼む……!」


「は、はいっ」


 女の子は指示に従い、なんとか距離を取る。


 と、巨大蜥蜴がもう一度、首を反り、再度、深海の盾に向かって、頭突きをする。


「ぐわっ」


 巨大蜥蜴にとって、先程の攻撃は小突いた程度であったのか、今度は深海はバランスを崩し、吹き飛ばされる。


「くっ……!」


 ミカゲはさきほど拾った刀をその場に捨て、両手剣で巨大蜥蜴の頭部に斬りかかる。


 叩き付けるような剣撃は巨大蜥蜴の頭部に命中する。


 しかし、巨大蜥蜴の堅い皮膚に阻まれ、表皮にすら傷をつけることができない。


 全く動じることのない巨大蜥蜴がギロリとミカゲを睨みつける。


「っ……!」


 巨大蜥蜴は左腕を地面に叩き付けるようにミカゲを攻撃する。


 ミカゲはなんとかバックステップでそれを回避する。


「蒼谷さん!」


 先程、吹き飛ばされた深海が援護するために再び巨大蜥蜴に近づく。


 巨大蜥蜴の視線がちらりと深海を見据える。


「っ!! 来るな! 深海! 避けろ!」


「えっ!」


 巨大蜥蜴は素早い動作で口から火炎の弾を発射する。


 深海は咄嗟に盾でそれを防ごうとする。


「っ……!」


 しかし、深海の盾の火炎弾を受けた部分はドロドロに溶融し、その延長線上にあった深海の右腕も消滅していた。


「ぐぁああああああああ!!」


 深海は痛みに悶絶する。


(くそ……!)


「こっちだ! トカゲ!」


 ミカゲは巨大蜥蜴の気を逸らすように左腕部に攻撃を加える。

 案の定、剣は堅い皮に弾き返されるが、巨大蜥蜴はミカゲの方を向き、次第に深海からは離れていく。


 巨大蜥蜴の攻撃をなんとか避け、受け流し続けるミカゲ……


 しかし、攻撃は少しも通らない。


 深海は気絶し倒れている。女の子が応急処置のようなことをしようとしている。


(くそ……この武器じゃ攻撃が通らない……)


 巨大蜥蜴に圧されてじり貧となる。


(俺にもっと強い宝物が使えたら……)


 唇を噛み締め、険しい表情のミカゲ。


(くそ……努力じゃどうにもならないのかよ……)


 その時、先程、捨てた"刀"が転がっていることに気付く。


(ランクゼロの刀……はは……何考えてんだ、俺は……)


 半分諦めたように空笑いするミカゲ……


(やけくそだ! ちくしょう!!)


 ミカゲは刀を拾い、巨大蜥蜴の右腕に斬りかかる。


 グギャァ!!


「っ!?」


(あれ……?)


 今まで、どれだけ攻撃しても傷一つ付けられなかった巨大蜥蜴の皮膚に傷がつき、赤い血が染み出ている。

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