SideB 隠し要素は早めに教えて下さい08

「さて、何から話しましょうか」


 対面に座るアリスはどこかこういった真面目な対談に慣れているような様子だった。そういえば修道女シスターだなんだと言ってたなこいつ。


「まずは十字さん……いえ、クロスさんと私たちがこの世界に至った経緯いきさつからの方がいいんじゃありませんこと?」

「そうですね、十字さんの存在も先ほどのやり取りを経てかずいぶん安定しているようですし」

「安定?」


 有栖は何かを懐かしむように俺の顔を……いや、俺の中を覗き込むようなそんな遠くを見るような視線を向けてくる。


「あなたはこの世界に来る直前に、瀕死の重傷を負いました。肉体的にも……

"存在的"にも……」

「存在的? なんだそれ?」

「あはは、そうですね。この世界で例えるなら……魂でしょうか。この世界でもありますよね? 死んだら魂が肉体から抜け出て、また生まれ変わるって考え方」


 輪廻転生……そんな言葉が脳裏に浮かぶ。まあ言葉は知っているが、正直深く考えたことなど毛頭ない。


「私たちの世界、セブンスフォードではどんな種族であれ、死んだ者はその存在を弱めて、また次の人生を歩むと考えられています。実際、強い存在は死してなお次に生まれ変わった際にその存在を力として示すと言われています」

「んー、わかるようなわからないような」

「あら、まさに"わたくしたち"もそうですわよ十字さん」


 零華が卓上にあったお茶入りのピッチャーを手に、自身のグラスに優雅にお茶を注ぐ。そして俺のグラスが空なのに気づき、ついでに注ごうとしたがふと何かを思ったのかことんとピッチャーを置く。


「今のそのグラスのように、普通は中身がないままに生まれ変わりますわ。でも、それでも私たちはほんの少し、その中身をもって生まれ変わると言われていますわ」


 有栖は零華の説明に小さくこくりと頷き、零華が置いたピッチャーを手に、自身の空いたグラスに液体をなみなみと注いでいく。


「もちろん、それはこのように溢れんばかりの存在ではありませんし、実際は元の存在なんて到底感じることも、わかることもできません」

「じゃ、じゃあなんでそんな存在の継承だなんて考えがあるんだよ」

「それが……世界の理。そう考えないと……死んだら終わりだなんて考え方じゃあ誰だって怖いし……寂しいでしょう?」

「寂しい?」


 有栖はもの悲しい笑みで手にしたグラスに口をつけ、ぐいっと飲み干す。まるで不安や悲しみを飲み込むかのように勢いよく。それを見た零華も静かにグラスの中身を飲んでいく。


「私たちは死んだら消える……でもそうじゃない。また次の人生がある。だからこそ、死を恐れずに苦難に立ち向かうことができる。次に生まれ変わる自分たちの人生をより良いものにしようと努力することができる。そして……大切な人たちとの別れも一時のもの。また生まれ変わってどこかで会えると……そこでまた愛し合えると」

「それでも、あの方にはその"一時の別れ"が我慢できなかった……ふふ、溺愛してましたものね」

「……そうですね」


 俯いた有栖の前にある空のグラスが刹那、照明の光を受け輝いたように見えたが……気のせいだったのだろうか。零華がすっとまたピッチャーを手に、空になった有栖と自身のグラスに注いでいく。


「少々話が脱線しましたわね。まあ、簡単に言えば私たちも死に近い形で"この世界"に生まれ変わりましたのよ、十字さん」

「死に近い形? 死んだわけじゃないのか」

「そうですね、厳密には異世界への扉をくぐったという感じですね。鍵であり、あの門を生み出したこのペン……"ディペン"によって」


 有栖はすっと志亜さんから受け取った例の万年筆をテーブルの上に置く。先ほどの輪廻転生の思想のせいでもないが、物にも霊魂が宿るという話をふと思い出した。そう感じさせるほどにその黒い細身に不思議な金の紋章を刻まれた万年筆は見れば見るほどになんだか異質だ。


「"物語を移すもの"ディペン……それがこの万年筆……いえ、希源種オリジンワンの名前です」

「さっき零華も言っていたみたいだが、本当にそれも希源種オリジンワンなのか?」

「ええ、元の世界とこの世界をつないだ鍵にして門。そして……希源種オリジンワンの始まり。そして……希源種オリジンワンを生み出し続けた"彼女"が生涯手にしていたもの」


 零華も緊張した面立ちで俺同様ペンを見ていた。初めて見たはずだが、俺ももしかしたら元の世界でこのペンを拝んでいたのか、なんだか悪寒がする。


「色々情報がありすぎてなんだか普通の頭痛がしそうだな、はは」


 俺はふと自身の空のグラスを見て、おかわりを注ごうとピッチャーに手を伸ばすが……。


「あ、空ですね」

「空ですわね」

「お前ら……飲みすぎだろ。俺まだ一杯だけだぞ飲んだの」


 そういやこいつら説明にかこつけてがんがん飲んでやがったな……。俺の不機嫌な表情に有栖と零華は顔を見合わせ、そそくさと冷蔵庫の方に逃げ中を確認する。


「あ、冷蔵庫の中のお茶、まだパック入れたてでできてませんね」

「そうですわね」

「まあ、新しく生まれ変わるには時間がかかりますしね。そう急かしてもすぐにはお茶になりませんし、慌ててかき混ぜてもパックの中身が下手したら破けちゃいますし……そう、これこそがこの世界の十字さんのようなもの」

「そうですわね。自身の色に染まるまでやはり時間がかかるもの。それが自身の存在として安定する……とうことですわ! 十字さん」

「お前ら……」


 高飛車な態度でこちらに指を突きつけるという決めポーズをとる女性と神に祈るように手を合わせ、真摯な姿で許しを請うでもなくこちらを諭そうと試みる幼女。理解に努めるが納得はできない……色々とな。


* * * * * *


「それで、結局俺とあのシーアとかいうやばそうな女の話が出てこないんだが、もういい加減部屋に戻って横になりたいし手短に説明してくれ」


 時刻は夜の9時ごろに差し掛かろうとしていた。近くの自販機で買ってきたペットボトルのお茶を手に、俺は正直そろそろ飽きてきたという事実を包み隠さぬ表情で対面に座る有栖と零華をじーっと睨む。


「ま、まだ夜はこれからですよ! 十字さんったらお若いのに」

「そうですわ。幸いうちの子は先ほど寝かしつけてきましたので時間はとれましてよ」

「お前ら日中寝たから眠くないだけだろう。こちとら化け物と遭遇するわあちこち移動するわでお疲れなんだよ」


 有栖、零華両名に浮かぶ苦笑い。オッケー、眠くないってのは図星のようだ。むしろ普段夜更かしをしてなさそうだし、この時間でも元気なのがどこか新鮮でテンションでも上がってるのだろう。


「まず俺はそもそもどんな奴だったんだ? 有栖曰く英雄だとか言ってたが」

「そうですね、あなたは数多の種族の中でもかなり特殊な力を持っていました。そしてそれが認められ、人族の英雄……いえ、"アナザーディメンション"としてセントガルド王国の最高戦力として数えられました」

「アナザーディメンションって……あのどら子とか零華が言ってた異名みたいなやつか?」


 どら子が暴虐竜女バイオレンスドラゴン、零華が五界統治精霊クイーンクルーラーだっけか? 正直厨二心をくすぐる……だがなんか恥ずかしい。


 どうやら俺が考えてることを察したのか、零華がじとーっと粘着質な瞳で俺を見てくる。


「言っておきますけど、あの名は自分でつけたわけじゃありませんのよ。周りが勝手につけたものですからね」

「そうなのか? いいじゃないか俺はごめんだけどかっこいいし……俺はごめんだけど」

「二回言いましたわねあなた……」


 俺の『いっけなーい、てへぺろ』の流れるような仕草を見て肩を震わせる零華をどうどうと有栖がなだめる。


「あ、ちなみに十字さんの異名は”終息を収束する者”……"ラストクロス"ですから」

「え、なんて?」

「"しゅうそくをしゅうそくするもの"ですわ……ぷっ」

「え、何そのダジャレチックなの? 嫌なんですけど」

「こ、この世界の言葉に置き換えられた結果たまたまなんだか言葉の響きが似たものが連なって」

「しゅうそくをしゅうそく……す、素敵ですわね。くくっ……」

「わ、私はいいと思いますよ!」


 有栖さん、フォローしようとしてくれるのは嬉しいですがかえって切なくなるので早く話題を変えてください。あと零華、笑いすぎ……。


「まあ、私としてはアナザーディメンションとしての異名よりも……もう一つのあなたの異名のほうが好きですよ」

「お? なんか他にもあるのか? オモシロネームは謹んで辞退したいから教えてくれ」


 俺は差し伸べられた救いの言葉にすがるように有栖の方を振り向いたがなんだか様子が変だな。


「安定したとはいえ……もうお話してもよいのですか? 有栖さん?」

「ええ……これは十字さんのことだけでなく、シーアさんの説明にも必要なこと。それに……私自身についても」


 有栖は意を決したように俺の目をまっすぐ見つめ口を開く。


「十字さん。あなたは人族ヒューマンレイスの英雄です」

「あー、それはもう聞いたな」

「ええ、でもそれはあなたが人族ヒューマンレイスにとって英雄という意味です。あなたが人族ヒューマンレイスというわけではありません」

「え!? 俺人族とかいう普通の人間的ポジションじゃないの? ええっと……もしかして零華と同じ精霊族スピレイスとかいうやつ……でして?」

「なんでそこで私の真似をしますの?」


 有栖はふと口元を緩ませたが無言のまま首を横に振った。


「じゃあ力也と同じ獣人族ビーズレイスとかいうやつか? えー、なんだかあいつが王の種族で俺が一般人とかしゃくなんだが」


 有栖は再度無言のまま首を横に振り、再度話し始めようとしていた俺を制止するように手を伸ばす。その手はどこか俺を求めるように向けられたと錯覚させるほどに、有栖の表情はどこかもの悲しい。


「あなたは竜人族ドラゴレイスでも天人族セインレイスでも天魔族ダークレイスでも……幻妖族ファントムレイスでもありませんよ」

「え、そうなの? えーっと、他に種族って何あったっけ?」

「ふふ、あなたはどの種族にも当てはまりません。いえ……そもそも種族という概念に当てはまらない存在といったほうがいいかもしれませんね」


 なんだよそれ……というかもしかして俺……。


「俺って……希源種オリジンワン?」

「はぁ……安心してくださいませ。そうではありませんわ」


 零華がやれやれとあきれた様子で首を横に振る。これでも結構まじめに考えて心配したんだぞ? なんか心外だ。


「私たちの世界、セブンスフォードの名前は"7種の種族が存在する大地"が由来だといわれています」

「その7種族のどれにも当てはまらないって……なんだかすごい疎外感」

「そうですね……そしてそこに現れた新たな種にして脅威が希源種オリジンワン。はは、でも私たちはそれ以上に"はぐれもの"みたいな存在だったんですよ」

「まて……お前今"私たち"っていったか?」


 なぜかすぐさま有栖の台詞に飛びついた。食い入るように聞いたのでもしかしたら有栖が少し引いたかもしれないと思ったが。俺を見る有栖の目はまるで孤独の中やっと見つけた同類を見るような……そんな親しみと悲しみを同時に感じさせた。


 有栖はそっと立ち上がり、深々とお辞儀をしたのち祈るように手を前に組み微笑む。


「私は絶対的存在マギア。その中でも"創造"と"再生"を司る存在です」

「"マギア"……?」

「私たち絶対的存在マギアは2つの事象を司り、それに関した能力を持った特異な存在。見た目こそ人族ヒューマンレイスであれ、その能力は人族の使う媒体術式とは異質です」

「ふふ……異質というか異常ですわね」


 零華は何かを懐かしむように瞳を閉じる。


絶対的存在マギアは世界に5人、その存在が確認されていました」

「……希源種オリジンワンってたしか全部で48種とかいってたっけ」

「はい。なので私たちのほうが希少な存在ですよ」

「うーん……喜んでいい……のか?」

「喜んでいいかどうかはわかりません。驚いてもいいところなんですが……思ったよりも落ち着いてますね、十字さん」

「ん……ああ、そうだな。まあ、貴女あなたが……」


 そこまで言ってばっと無意識のうちに俺は口に手を当てる。いや、塞いだといった方がいいかもしれない。


〈貴女がいるなら一人じゃないから寂しくはない……〉


 脳裏に響く俺であって俺のものじゃない声。眼前で不思議そうにこちらの様子をうかがっている有栖を見て思わず顔が熱くなるのを感じ急いで背を向ける。


「ど、どうかしました? それに今なんだか雰囲気がちょっと……」

「ちょっと……なんだっていうんだよ」

「……ちょっと"彼"に似ていました」


 おそらくその"彼"というのは元の世界の俺……"クロス"のことなのだろうとすぐに気づいた。さみしそうな笑みを浮かべる有栖。なんだこの苦手な雰囲気、そして沈黙は……。


「あのー? 私少しの間部屋に戻っていた方がよろしくて?」


 零華がむすっとした退屈な表情でテーブルに肘をついてこちらを見ている。


「へ、変な気は使わなくていいから続けてくれ。ええっと、マギアってのが元の世界には五人いるんだっけか。察するに俺もそのマギアって種族になるのか」

「はい。あなたと私と……そして志亜さんに絵芽さん」

「え!? あの子もそうなのか!?」

「はい。今でこそあんな姿ですが、彼女は私たち3人の中でも一番お姉さん的なポジションだったんですよ……あ、ちなみにその次は私ですからね」

「ダウト!」

「う、嘘じゃないですから! この世界でも私の方が一歳志亜さんより年上ですからね」


 頬を膨らませ激しく抗議の姿勢を見せる有栖……を横目にその後ろにいる零華に口パクで「マジ?」と問うと零華はこくこくと頷く。まじかよ……。


「まったく、私だって元の世界じゃもっと大人っぽいし……ス、スタイルだってもっとですね……」


 不機嫌そうにぷいっと顔を背ける有栖……はそっとしておいて、その後ろにいる零華にアイコンタクトで「マジ?」と問うと零華は無言で首を横に振る。だと思ったわ……。


「わかったわかった。それで、"シーア"とかいうあの女は何者なんだ」

「シーアさんは絶対的存在マギアの中でも……いえ、全種族の中でも最強の力を持った存在」

「やばそうとは思ったが、そんなやばいやつなのかよ」

「ふふ、実際やばい方でしたのよ、シーアさんは。私もあの方の力に何度圧倒されたことか。まあ、それも懐かしい思い出ですわね」

「良い思い出だったのか?」

「……そうでもありませんわね、そういえば。というより、ひどい目にあった記憶が多いような……はて……」


 零華は考え込むようにして頭を押さえ、ぶつぶつと何かをつぶやいている。オッケー、聞いておいてあれだが苦労してきたようなのでそっとしておこう。


「はは、まあ正直最後なんてひどかったですもんね」


ズキンッ


「……最後?」


 頭にまた痛みが走ったが、それよりも有栖の台詞が……その結末が気になる。


「ええ、私たち総出でシーアさんに挑み、やられちゃいましたから。それでまあこの世界に……」


 そこまで言って有栖もようやく俺の異変に気が付いたようだ。慌てて俺のそばに駆け寄り心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。どういうことだ……その光景が、俺を不安そうな表情でのぞき込む有栖の光景が二重に見える。


 そのうちの一つに映る背景はここじゃない世界。辺りは崩壊した建物と瓦礫の山。遠くに大きな聖堂のようなものが見える。そして目の前に移る黒い大きな影……あれは……。


「僕たちは……敗れたのか。シーアさんを止められなかったのか……」

「あ、あなた……ク、クロスさんですの!?」


 零華は目の前にいるというのにその声は遥か遠くから聞こえるような異様な感覚。睡魔はないのに瞼が……いや、意識が遠のいていきそうになる。


「ぐっ……ふざけるな! 違う! 違うだろ! 俺はまだ……」


 意味なんてどうでもいい。何か喋っていないと意識が持っていかれそうだ。体の感覚もなんだか薄らいでいく。まずいんじゃないのか……これ?


「"十字"さん!」


 突如響く有栖の声に俺ははっと振り向く。ぽろぽろと目から大粒の涙をとめどなくこぼす有栖の顔を見て俺は"戻ってきた"のだという安堵に包まれる。


「ごめんなさい……ごめんなさい。私が余計なことを言ったせいで。ごめんなさい……ごめんなさい」

「ふう……なんて顔してるんだよ。いつもの頭痛のちょいとやばい版みたいなものだ、そう悲観的に……」


 顔でも洗おうかと椅子から立ち上がった俺に突如伝わる柔らかな感覚と優しさに包まれた温もり。そして、微かに聞こえる嗚咽と吐息。


「お願い……もう私を一人にしないで……。一人ぼっちは……嫌」


 抱きついてきた有栖を反射的に離そうと伸びた手はしばらく行き場が決まらず空中で静止を続けてしまったが……まあこういいときはこれが正解なんだろう。俺はそっと嗚咽で震える有栖の背に手をまわす。


「何があったかは知らないが俺はここにいる。だからもう泣くな、有栖」


 俺は腕の中で泣き崩れたままの有栖をあやす様にそっと頭を撫でる。その様子を見ていた零華は「私に構うな」と、手をふり、小さく会釈したのち静かに食堂を後にした。


「ごめんなさい……ごめんなさい」


 なおも謝罪の言葉を繰り返し続ける有栖。その度に俺は返事の代わりにその背を何度もぽんぽんと撫でてなだめ続けた。

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