例の日
物は試しと、洸太郎は種を近づけたり、合わせてみたりと思いつく限りを試していく。
しかし、どれだけ試してみても、二つの種に変わった様子は見られなかった。
「そういえばさっき、『熱の葉が千切れた』とか言っていたが――あれは何だ?」
既に森本の耳にも届いていた手前、洸太郎は正直に熱の葉について、知っている情報を話した。
すると森本は「『寿命の前の兆候』というのはこのことだったのか」と、自分の中の情報と混ぜ合わせるように唸りを上げていた。
この人は一体、どれだけの情報を手にしているんだ――洸太郎はそう思わずにはいられなかった。
結局その後、新たな発見はなく、五人はそのまま解散することとなった。
そして、大地震が起こったあの日から、今日で三日目を迎えている――。
あの日以降、日中は森本を除く四人で洸太郎の家に集まることにしていた。
今日も瑠奈、大介、千歳の三人が洸太郎の家に集合している。
幸か不幸か、あれから神木様の葉っぱは、一枚も散っていない。
「今日であの地震から三日か。一日に二枚も散ったかと思えば、今度は中々散らなくなったな」
地震と日差しのニュースによる影響で、すっかり閑散とした外の世界を見ながら大介は言う。
まるで各々が、それぞれの世界の中に閉じこもっているようだった。
「だいちゃん、縁起でもないこと言わないで」
「それはわかってるけど……、ずっとこのままってわけにもいかないだろ。現に、雨が降らない影響が色々なところで出始めてる」
連日テレビでは特番が組まれ、地震や日差し、そして雨についての報道がされている。それらの報道の中には、「この地震と日差しは、雨が降り止んだことで生じた異常現象である」と結び付けているものも少なくなかった。
雨が降り止んだ直後こそ、その状況下に於いても楽観視する内容の報道も多かったが、今ではほとんどが悲観的な内容に変わっている。
実際に、雨が降り止んだこと「単体」で見ても、食料はもちろん、交通機関、電気やガス、水道などの公共公益設備を始めとする、日常生活で切り離すことの出来ないものの多くに支障が出始めていた。
森本の話では、『ライフラインが完全に止まる日』なるカウントダウンを、テレビ局内で作成しているとのことだった。
今そんなモノが報道されれば、世界中が混乱に陥ることは目に見えている。
洸太郎は森本からの依頼でもある、『真実を発信する』ことの重要性を実感していた。
「そろそろ、昨日言ってやつをやろうか。大介、あれ持って来てくれた?」
「あぁ。ちゃんとここにあるよ」
そう言って、大介は鞄をパンパンと軽く叩いてから荷物を取り出した。
「なんか緊張するね」
瑠奈はソワソワしながら千歳に声を掛け、千歳も「そうだね」と言って顔を引きつらせる。
「準備は良い? 押すよ?」
洸太郎は人差し指を伸ばしてスイッチを押すと、三人の間に座り、赤く転倒するライトに向かって話し始めた――。
「――よし。一応これで大丈夫かな」
洸太郎がそう言った途端、全員が一斉に身体の力を抜き、大きく息を吐き出した。
「こういう時の洸太郎って、本当に頼りになるよな」
大介は話しながら、再び荷物を鞄へと戻していく。
「強引に決めておいて、調子の良いこと言うな――」
ブーブーブー……
机の上に置いていた洸太郎のスマートフォンの振動音が、会話の狭間を横断する。
洸太郎が慌ててスマートフォンを手に取ると、画面には『着信 森本明孝』の文字が表示されていた。
洸太郎は「森本さんだ」と言って、電話に出る。
「はい、木船です」
『今……は家か? 全員……一緒か?』
森本は走っているのか、途中で息を乱しながら、単語、単語を早口で話す。
「全員一緒ですけど……どうしました?」
瑠奈と千歳、そして大介の三人も不思議そうな顔で洸太郎を見つめている。
『今からそっちへ行く。店で……待ってろ』
「何かあったんですか?」
洸太郎の問いかけに森本が応えることはなく、荒さを増す息遣いだけが、受話器越しに聞こえてくる。
「もしもし? 森本さん?」
結局そのまま、電話は切れてしまった。
何があったのかわからぬまま、一先ず言われた通り、四人は『カフェ忠』へと移動した。
「何があったのかしら?」
店の椅子に腰を下ろすと、早々に瑠奈が言った。
「なんか凄く慌てていたけど……、まさか、例の『カウントダウン』が報道されることになったとか?」
「嫌な予感しかしねーよ……」
身体の中を、様々な気持ちが複雑に駆け巡る。
押し寄せる感情が心を休ませてくれない中、洸太郎は森本の到着を待った。
数日営業をしていないだけでコーヒーの香りが薄れてしまったこの店は、変わりに静寂と不安で充満していた。
洸太郎は机に向かって、呼吸と瞬きだけを繰り返す。
森本から連絡が入ってから、三十分が経とうとしていた。
「すまん……、待たせたな」
すっかり息を切らし、多くの汗を掻きながら森本は現れた。
かなりの時間を走ってきたのだろう。
森本は視線を落とし、片手を膝に、もう一方をドアに掛けたまま大きく肩で息をし、呼吸を整えようとしている。
「森本さん――」
洸太郎は次の言葉を放とうとしたが、森本は俯いたまま右手を上げ、洸太郎の言葉を制止する。
再び右手を自身の膝へと移動させると、苦しそうにしばらく身体全体で呼吸を続けていた。
「すまなかったな」
森本は上体を上げ、腰に両手を当てたまま深く深呼吸をすると、こちらへと歩みを進めた。
心配そうな視線を感じたのか、森本は「もう大丈夫だ」と言った。
「それで……、何があったんですか?」
瑠奈が立ち上がって尋ねた。
「落ち着いて聞いてくれ」と言うと、森本は席に着き、瑠奈にも座るよう促した。
「わかったんだ、例の日が」
「例の日、ですか?」
瑠奈の言葉に森本は静かに頷き、視線を一人ずつに動かしていく。
「『月の出る夜』がいつなのか――それがわかった」
「本当ですか?」
洸太郎が勢い良く立ち上がると、反動で座っていた椅子は後ろへ音を立てて倒れる。
しかし、その椅子を直すこともしないまま、洸太郎は真っすぐと森本へ視線を送り続けた。
隣に座っていた大介が洸太郎の椅子を元に戻すと、「それで、その日はいつなんですか?」と落ち着いた声で森本に尋ねる。
「恐らく、もうすぐだ。具体的には――」
森本がそう言った時、またしてもタイミング良く、洸太郎のスマートフォンが机の上で震え出した。洸太郎はしばらく無視していたが、森本がその振動に反応し、視線を移す。
画面を覗いた森本は言葉を次に進ませることなく、洸太郎に言う。
「高木のじいさんからだ。出た方が良いんじゃねぇか」
森本に言われ、洸太郎は仕方なしにスマートフォンを手に取ると、耳へと当てた。
「木船です」
洸太郎は無意識のうちに、話を急かすような早口になる。
『高木だ。今、大丈夫かい?』
高木は洸太郎に負けない程の早口で話し出す。
『今、神木様の前にいるんだが……ないんだよ』
「ない? 何がです?」
洸太郎は高木に問いかけるも、しばらく返答がない。
「高木さん?」
感情が言葉に乗って出ていたのか、洸太郎が話すと、視線が自分に集まったのを感じた。
高木はまるで洸太郎の言葉が届いていなかったかのように、今度は落ち着いた口調で言った。
『葉が……、一枚もついていないんだ』
洸太郎は机が音を発するまで、スマートフォンを落としたことに気が付かなかった。
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