第73話 配信者、ドリドリドリルにやられる

「ただいま」


 カラアゲと自宅に帰ると、奥からドタバタと走ってくる音が聞こえる。


「パパ!」


 ドリが勢いよく走ってきた。俺を見て勢いよく飛び込んでくる。そのままキャッチをすれば、確実に鳩尾が死ぬと予測した俺は少し横にずれ……れない。


 俺はまだ靴を脱いでおらず玄関にいた。チップスが俺の足元にいたのだ。


 さすがに妊娠している犬を跨ぐわけにはいかないし、踏んだりしたらポテトから甘噛みではない、本気の噛みつきが待っている。


 避けるのを諦めた俺はわずかな希望を残して背伸びして、そのままドリを受け止めた。


「ぐふっ!?」


 見事に鳩尾への衝突事故は回避したが、お腹にクリティカルヒットした。しかも、そこからドリのスリスリタイムが始まる。


 俺の腹に頭をグリグリと押し込んでくるのだ。


 ドリのドリドリドリル攻撃だな。


「ストップ!」


 優しく肩を持って止めると、ドリは俺の顔を見上げている。その顔はニコニコしていた。流石に痛くても怒る気にはなれない。


「パパ?」


「力加減は大事だぞ」


「うん!」


 その後も続くドリドリドリル攻撃に俺は耐えるしかなかった。たまにすぐにやめる時もあるが、今日に限っては一段と激しい。


 ドリにはもっと強くやってくれと聞こえていたのだろうか。


「パパさんおかえりなさい」


「あれ? 春樹達は?」


「先にバーベキューの準備をするって百合ちゃんを連れて帰りましたよ」


 ダンジョンから聖奈が戻ってくると、ドリを聖奈に託して春樹達は帰ったらしい。祖父は疲れて寝ているし、祖母も家事をしているから聖奈が面倒をみてくれたのだろう。


「今一緒に野菜を切っていたところなんですよ」


 どうやらドリと一緒にバーベキューの準備をしていたらしい。


 キッチンに行くと祖母が野菜を切って袋詰めしていた。


「ドリちゃんが野菜を洗うのを手伝ってくれたんです」


「きれいきれいちた!」


 ドリは俺に抱きついたまま、俺にぶら下がっている。チラチラと見る目が何かを伝えたいのだろう。とりあえず褒めてみることにした。


「えらいなー!」


 優しく撫でるとドリは嬉しそうに笑っていた。ドリは言葉で伝えるのが苦手だけど、態度や行動で示してくれるからわかりやすい。


 どちらかといえば百合の方がませてるため、春樹は大変なんだろう。その結果がハルキ呼びだと俺は思っている。


「いいなー」


 ボソッと声が聞こえたため、聖奈を見るとこっちを見ていた。


 これはドリを撫でたいのか、俺に撫でられないのかどっちだろうか。


 ここは選択を間違えると、セクハラ問題になり、一瞬にして関係が崩れてしまう。


 さすがに俺が撫でたら、優しい聖奈でもきっとドリを助けた時のように怒る気がする。


 そういうのがわからないのはおっさん達だ。俺はまだおっさんにはなりたくないし、無難に回避する方が選択としては合っている。


「ちょっと準備をするので、ドリの面倒を見ててもらっていいですか?」


「へっ?」


「ドリも聖奈さんに遊んでもらっててね。パパは汗をかいたからシャワーを浴びてくるよ」


 畑仕事をしてからそのままギルドまで行ったため、夏の終わり頃でも汗を大量にかいている。


 バーベキューでまた汚れてしまうが、せっかくならスッキリした状態で美味しいお肉を食べたい。


「はーい!」


 ドリは手を離すと聖奈に向かって飛んでいく。俺の時と同じようにドリドリドリルをするが、何事もないように受け止めていた。


 やはりこれが探索者と一般生産者との体の違いなんだろう。今も地味に腹の奥が痛い気がする。


「ばあちゃんちょっと良い?」


「どうしたの?」

 

 俺はキッチンにいる祖母に話しかけた。実は釜田クリニックから帰ってくる時に、先生からある提案をされたのだ。


「ギルド近くに小さなクリニックができたんだけど、そこでじいちゃんの認知症を少し見ることもできるって言っていたよ」


「それは診てもらった方が良いわね。病院に行くのも遠くて大変だから、今度紹介状でも書いてもらおうかしらね」


 特殊職業専門精神科医である先生は、通常の精神科医としての仕事もしている。


 物忘れ外来で働いた経験もあるらしく、機械を使わないことであれば、釜田クリニックで診てもらえると言っていた。


 特殊職業精神科医でも、根本は精神科医のため認知症も診れることを俺は知らなかった。


 動画を見ていて気になることもあるらしく、あのマッサージマシンで癒されに行く時にでも一緒に診てもらうことにした。


 それだけ俺はあのマシンに惚れ込んでいる。これからも探索者を癒すマシンを少しずつ用意すると言っていた。


 精神科なのにどこか小さな接骨院や整形外科クリニックのようで、特殊職業専門精神科医がさらに何をやっているのか謎に感じる。


 手錠と鞭もそれに関係しているのだろうか。


「じゃあ、一言病院に連絡しておくね」


「直樹も早く準備してきなさい」


 時間もそろそろ夕食時に差し掛かっていたため、急いでシャワーを浴びることにした。

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