第8話 禁止カードも規律と同様、裏目となる名目で生まれたのではあるまいか
リアが何も言わず大慌てで飛んでいった数分後、スーツ姿にサングラスをしたあからさまな男がブライユに現れた。
「いらっしゃいませ」カウンターにいる彩極は目を細めた。
男は案の定というべきか、迷いなく彩極の前まで歩いてきた。
「申し訳ない。頬に傷跡のある髭の男を探している。この近くで見たという情報があるんだ」
言うまでもなく飛来の事だ。彩極は「私は見ていませんね」と顎をさすった。
「そうか」
男は背を向けて客に声をかけ始めた。彩極は厨房と男の荷物を交互に見ていた。
少しして、奥から杏斗が顔を出す。彩極の表情が引き締まっているのを見るなり、何があったのかと訊いた。
「あのグラサンの男曰く、そう遠くない場所に飛来がいるらしい。神野が飛んでいったのも恐らくヤツの関連だよ」
「マジか」杏斗は男の足元を一瞥して考え込んだ。恐らくノイアの人間だ。
と、その時。扉が激しい音を立てて開いた。そこから出てきた血塗れのリアと奈々に少し動揺したが、何があったかは粗方予想がついた。
「ちょっくら病院行ってくる」
リアはそう言ってすぐ踵を返そうとしたが、彩極が「待て」と引き留めた。
「相手は飛来だな?」
そう言った途端にグラサンの男の背中が跳ねる。
「ヤツの場所だけ教えてくれ。あと病院までは伊央くんに送ってもらえ」彩極はあえて大声で言った。
「ここ」リアはスマホを取り出して山の写真を映し出した。彩極は頷いて杏斗の背中を押すと、グラサンの男の前まで歩み寄った。
「あなたの目的の男は私が捕えて引き渡します。少し待っていてください」
男は唖然としていたが、彩極はそれを置いて扉の方へ歩いて行った。丁度、杏斗が車のキーを持って外へ出るところだった。
「じゃ、二人は任せたからな」
「社長は何を?」
「内緒だ」
杏斗は肩をすくめてリアの手を取り、車に乗り込んだ。
それを見送り、見えなくなったのを確認すると、彩極は遠くに小さく見える山に目を凝らした。
「距離四キロメートル未満、周辺住民には被害なし。目標は飛来旋ただ一人、問題なし」
後ろからグラサンの男が追ってきた。
彩極は振り向かずに「よく見ておけ」と言うと、胸の前に指を構えた。
「知らない顔だが、何者だ」男は殺意さえ籠った声で訊く。
彩極は真剣な顔を崩さず「継承者だ」と返した。
「メインスキル解放、Θεός」
瞬き一回よりも短い一瞬、辺り数キロメートルの空間が明らかに潰れた。
そして、何もなかった駐車場に亀裂が走る。目の前に、腕を一本失った飛来が突如として現れた。
「飛来!?なぜいきなりここに」グラサンの男が後ずさる。
「なんだ、これ……何処だここ」飛来は冷や汗を顎から垂らし、絶望の目で彩極に目を移した。「お前が”社長”か……?化け物」
「褒め言葉になっていないよ」
彩極は屈みこんで飛来の目をじっと見た。
「お前はやりすぎたんじゃないのか。ノイアに引き渡してどうなるかは分からないが、少しは頭を冷やしたほうが良い」
髪を掴んでグラサンの男の前に投げた。男は当惑している。
「好きにしろ。何もしなければじきに出血で死ぬ」彩極はそう言って二人を睨んだ。
「早く」
そう急かすと、男は慌てて抵抗する飛来を引きずり、車の中に詰め込んだ。そのまま乗り込んで道路の隅へ動き出す。
その時、ゼノが扉を抜けて外へ出てきた。
「彩極さん?何かあったんですか」
「あ、千牙くん……。たった今、大体なんとかなったところだ。戻ろう」
彩極はいつものくたびれた笑顔をゼノに向けた。
「四年前から、随分と組織の邪魔をしてくれたな。貴様は過去に囚われすぎたんだよ、飛来。それで、なぜここに来た」
「知らねえよ。災害に遭ったみたいなもんだ。誰が来たくてこんな所に来るかよ」
飛来はノイア本部の地下牢に拘束された。
死んだような表情で彼の前に座っているのは、かつてのトップだった
「貴様がこの十年間で行ってきたことは全て無駄だ。昔は多数の信奉者がいたのに、どこで変わったんだ?いや、今でも過去の飛来旋の影を追うものはいる。そのせいで増えたんだ……」
「何の話だ」
「警察の対抗馬だよ。知ってんだろ、自警団系統の新組織が増加し続けている事は。そいつらの所為で日本の秩序構造はぐちゃぐちゃだ」
龍磨は歯を強く軋ませ、拳銃を抜いた。
「とにかく貴様は死刑だ。片腕の老いぼれなど利用する価値もない。最後に言う事はあるか」
飛来は虚ろな目で小さく笑った。
「俺も会ったよ――警察の代わりに成り、俺のような犯罪者を止めるって言ってる奴にな。だが裏社会では新組織を舐めている節がある。いつまでもこのままでいると、大きな力に抗えなくなるぞ」
「……随分と他人任せな言い分だな」
「見たんだよ。”継承者”を」
「なんだと?詳しく教え――」
「教えねえよ。さっさと殺せ」
飛来は残った左手で拳銃を奪い、自らのコメカミに押し付けた。
乾いた銃声が鳴る。
飛来は惜しむことも声を上げることもなく絶命した。
「チ……久しぶりに面を拝んだと思ったら、とんでもない案件を持ってきやがって。おい、飛来の死体を処理しろ。二時間後に会議を取り付ける」
護衛に命じ、龍磨は九割ほど白くなった頭を掻きむしった。
「最強のスキルを持つ人間が新組織のどれかに紛れているということか。しかも立場上、我々と敵対している。最近は何も起きなかったが……これから忙しくなるな」
「なぁにブツブツいってんだよ」
龍磨に声をかけた青年は背が低く、残忍な笑顔を浮かべていた。
「龍磨さん、そこで死んでる男は誰だ?いつもと趣味が違うけどよ」
「こいつは飛来旋だ。ブラックリストの」
「ああ、たしかに見覚えがある」
「それで?何しに来たんだ、小林君」
小林と呼ばれた青年はひとつあくびをして龍磨の横に立った。
「収容している男の中に、英語が達者な野郎がいるか聞きにきた」
「そりゃまたなんで」
「バンクス氏との次の取引が決まったんだよ。これから忙しくなるぞ」
小林は地下牢の奥へ消えていった。龍磨は再び頭を掻きむしる。
「面倒だが、まずは新生組織を全て洗い出す。一週間で終わらせられるはずだ……ノイアに死角はない」
唇を噛んで立ち上がり、小林の後を追う。
白い廊下の続く地下牢を進んでいくと、ひとつだけ開いている扉があった。
「なんだ?おい小林、ここは誰も収容されていないのか?」
「あ?いや、違う。そいつは閉じ込めるだけ無駄なんだよ」
龍磨は首を傾げて扉の奥を覗き込んだ。
そこでは赤髪の女が死んだように壁にもたれかかっていた。それだけで驚きはしないが、彼女の周囲に視線を移した瞬間に龍磨の顔は青ざめた。
「何もかも溶けている……?溶岩のスキルか。確かにこれは寝たきりにしておかなければ危険だ。……いや、そんなことはいい。小林、さっさと見つけて次の仕事に行くぞ」
「なんか焦ってんな、龍磨さん」
不機嫌そうにこぼした小林は、牢のキーを回しながら更に奥へと歩いて行った。
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