蟬羽月の傘方

藤泉都理

雨傘 紫陽花




 意外に濡れないんだよね。

 友人は言った。

 しとやかに笑って。


 まあ確かに。

 咲き匂う紫の紫陽花の下で雨宿りする中、ふと友人の言葉が蘇った。

 確かに濡れない。

 手毬のように大きな花。

 開手のように大きい葉。

 密集して、重なって、隙間をなくして、雨を受け止めて、弾いてくれるおかげで、時々、本当に時々しか雨粒は下りてこない。


 このまま家まで帰れたらいいんだけどね。

 じゃあ、その役目は私が引き受けよう。

 友人は笑う。

 しとやかに。


 相変わらず雨と紫陽花が似合う人だ。

 思いながら、有難く入れてもらおうと友人の傘を見た時に、ぎょっと目を見開いた。

 同時に、美しいとも思った。


 ちょ。

 え、なに。

 あ、ううん。

 えーなによ。

 なんでもない。


 無地の紫の雨傘だった。

 紫陽花ではなかった。

 そりゃあそうだ。

 でも、友人ならば紫陽花を根っこから引っこ抜いて雨傘にしそうだ。

 その姿を想像すると、笑いが止まらなかった。


 だって傘は持ってないし、紫陽花だと濡れないし、目の前に紫陽花が咲いているし。

 しとやかに笑って言いそうだ。


 もーなによ。

 ごめんごめん、思い出し笑い。


 言ったら本当にしそうなので、この想像は私だけのものだ。











(2023.6.7)



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