419 穴

 一体何が起こったのかわからないが、とりあえず早足でビルに入り、おひいさまの下に向かう。


 何しろ自称王様がああまで帰らせようとする程だ。逆にちょっと帰りたくなくなるんだけど……良く考えてみると僕は近衛なのだから、いくら必要ないとは言え無断で長期間空けるのはよくなかったかもしれない。


 いや、長期間空けるつもりなんてなかったんだけどね!


 おひいさまの部屋の前までくると、大きく深呼吸をして、窓を透明にする。

 それとほぼ同時に、おひいさまの声が聞こえてきた。

 

「!! クライ、おかえり! どうだった?」


「んー……ただいま?」


 窓におでこをつけるようにして満面の笑みで挨拶してくるおひいさま。



 …………あれ? 特に何も変わった様子がないんだが?



 おひいさまの顔をじろじろ確認する。行けばわかるとか言われたが……全然わからない。

 むしろおひいさまのテンションはいつもよりも若干高い気すらする。


 顔を動かし部屋の中も確認するが、特に変わった様子はなかった。いつも通りの何もない部屋だ。


「元気にしてた?」


「……普通」


 おひいさまが一瞬目を見開き、すぐに断言する。どうやら普通らしい。


 一体、王様は何を見てさっさと帰れと言ったのだろうか。


 これなら後一日くらい伸ばしてお土産を手に入れにいっても良かったのでは?


 王様に確認したいが、あいにくこちらから連絡する方法がわからない。首を傾げていると、おひいさまがなんだかそわそわした様子で確認してくる。


「それで……外はどうだった?」


「あー、まあなかなか楽しかったよ。どの王族が管理しているかによってエリアによって特色があってね――あ、これ、お土産ね」


 抱えて持ってきた、もう動きそうにない小クモと、ザザ達の所で送っておいた強化装身具とサプリを送る。

 手に入れた物をとりあえずお土産として押し付けられたおひいさまは微妙そうな表情をしていたが、僕が体験したコードの中の話を始めるとすぐに笑顔に戻る。最初は穏やかな笑みを浮かべているばかりだったが、随分表情豊かになったようだ。


 別に面白い話をしているわけではないのだが、楽しんで聞いてくれる相手がいると話すかいもあるというものだ。


 と、一通り話し終えたところで、おひいさまが言った。


「それで……クライ。いつ、私を街に案内してくれるの?」


「?」


 わくわくしたように、上目遣いで僕を見るおひいさま。


 街に……案内? そんな話してたっけ? 僕はただ宝具探しと観光のために街を見回っていただけなのだが――そもそも、おひいさまの部屋の扉は開かない。


 貴族達に強制されているのだろうが、扉は王によってロックされ、クラヒでも開ける事はできなかった。

 おひいさまも幽閉されている事実に文句を言っている様子はなかったが――そもそも君、もしかして外に出たかったの?


「いやまあそれは……だって、ほらさ。扉開かないし」


「………………え?」


 呆けたような声をあげ、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をするおひいさま。僕も同じ気分だよ。


 そして、一つ重要な事がある。今僕達のやり取りが見られている可能性だ。最低でもあの自称王様はこの光景を見ているはず。


 今更の話ではあるのだが、僕がおひいさまを外に出そうとしたら、おひいさまを閉じ込めた勢力に僕が敵だと露呈してしまう。

 まぁ、カイザー達が助け出してくれるまでしばらくの辛抱だから……。


 僕は咳払いをすると、腕を組み、厳格そうな表情を作って言った。


「まったく、おひいさまは。扉なんて開けられるわけないだろ、王が決めたんだから。そうでしょ?」


「そ、それは……で、でも! それなら、なんで、護衛が欲しいなんて言いだしたの!? 私を護衛するルートを確認しにいったんだよね?」


「…………おひいさまはちょっと僕の事を評価し過ぎだよ。そもそも、扉開かないし……」


「な、何度も、言わないでッ!」


 おひいさまがその双眸に涙を浮かべている。

 いや、一応体面上ね。無事この都市から脱出できたら好きなだけ外を歩けるようになるから……その事を口に出せないのが辛い。


「それじゃあ……私は、ずっとこの中なの?」


「………………まぁ、それがコード王の決めた事なら」


「ッ!!」


 おひいさまがショックを受けたかのように手で口元を隠す。


「いや、でもおひいさま、これまでずっとそんな感じで生活してきたわけで……大丈夫でしょ」


「」


 おひいさまが僕の言葉に、凍りつく。


 ……なんだか、おひいさまの反応がおかしいな。僕の想像よりもだいぶ反応がオーバーなのだが?


 そもそもおひいさま、ずっと部屋の中で快適に過ごしてきたわけじゃん? あんなにニコニコしていたのに一体どうしていきなりそんな事をいいだしたのか全くわからない。


 しばらく待つが、おひいさまは固まったままだった。眼の前で手をひらひらさせてみるが、まるで何も見えていないかのように反応を見せない。


 さてどうしたものか……戸惑っていると、その時頭の中に声が響き渡った。




『こら!! 誰が悪化させろと言った! それでも近衛かッ!』





 !?


 王の声だ。魔術でも似たような事はできるが、この都市のシステムはめちゃくちゃだ。


『いや、悪化というかなんというか、僕は何もやっていないし…………そもそも、帰っても特に何もなかったよ?』


『…………貴様に人の心はないのか?』


 …………え?


『貴様の目は節穴か!? しっかりアリシャの表情を見ろ! アリシャが元気を取り戻した時は4点でも役に立つものだと思ったが――何故外部からの連中が貴様を神算鬼謀だと思っているのか、理解に苦しむわ!! 挙句の果てにトドメを刺すような事を言いおって――』


『いや、元気か聞いても普通だって言っていたし――』


 てか、ついこの間までおひいさまをスペアと呼んでいた男の言葉とは思えないんだけど、中身変わった?


 僕は未だ完全に凍りついたままのおひいさまをちらりと見て、頭の中の会話に集中する。


『どう考えても、強がりだろう! 貴様というやつは、近衛ならば主の機微くらい感じ取れ!』


 そんな無茶な…………だが、さすがの僕でも今のおひいさまの心中で並々ならぬ事が起きているのはわかる。


『わかってるよ。僕の推理が正しければ、どうやらおひいさまは外に出たいみたいだ』


『そんなの今のアリシャを見れば誰だってわかるわッ! 自信満々に言うんじゃない!』



 なんか叱られてばかりだな。僕なんかしたっけ……? いや、何もしてないから悪いのか。

 だが、今はそんな話をしている場合ではない。大事なのは未来だ。


『…………しかし、実際問題、どうしようもないのでは? これは。そもそも、外に出してあげるなんて言った覚えないんだけどね、僕』


『アリシャは、幽閉をただ、黙って受けていればよかったのだ! それを、貴様が、下らない事ばかりして、変えてしまった! 近衛機装兵制度の悪用など、よくも思いついたものだ……いや、『アレ』もそういうシステムの穴に気づくタイプではあったが――予想以上に、頭が回る。システムの熟練度も相当だ。人を製造するシステムが何故、王の許可を必要とするのか、今更ながら理解できたわ』


 ぶつぶつ良くわからない事を呟いている自称王。

 確かに、おひいさまは、僕が来るまでもうちょっと静かだったのかもしれないが、そんな事今更言ってもどうしょうもない。


 そして、これと言った解決案もない僕に、コード王が言った。


『………………アリシャの扉の鍵を外すことは不可能だ。アリシャの幽閉は皆が決めた事――そして王に二言はない。それを反故にすれば不要な誤解を生む。秩序が乱れる。わかるな?』


『あ、はい』


 ゼブルディア帝国だって法の下では皇帝が全権を持っているが、全てを皇帝が自由にできるわけではない。この王が絶大な力を持っているコードでもそれは変わらないという事なのだろう。


 おひいさまも可哀想に。僕がコード王だったらルールなんて無視するんだけどなあ……責任感がないと言われてしまえば言い訳のしようもありません。

 そして、コード王はしばらく沈黙した後、重苦しい声で言った。


『私が扉を開ける事はない。だから、アリシャを部屋の外に連れ出したいのならば、貴様が、ロックを外すのだ。都市システムの穴をついて、な』


『え……別に、連れ出すつもりはないけど……そもそも、都市システムの穴なんて知らないし』


 むしろ僕の本音としては、カイザー達が仕事をしてくれるまで目立たないように大人しくしておきたいところだ。

 諸悪の根源たるコードの貴族達に僕が探協の手先とバレたら一溜まりもないからな。


『ッ……いいか!? 貴様は、アリシャの部屋の扉を開けるのだッ! 私は、当然、貴様に罰を与えねばならんが――残念ながら、それが実行される事はない。時間がないからな』


 なんかもうめちゃくちゃな事を言っているんだけどこの人……。

 早口でまくしたてるように繰り出される言葉に何も言えない僕に、王はどこか疲れた声で言った。


『老い先短い私に、これ以上、アレの悲しむ姿を見せるな。いいな? よもや最後の時になってこのような悩みを抱く事になろうとは、人生というのは本当に数奇なものだ』


 え!? 悲しむ!? 悲しんでたの!?


 何だか悟ったような言葉を残し、通信が切れる。しばらく待ってみるが、再び声が聞こえる事はなかった。


 フリーズしているおひいさまの顔を見る。そう言われてみると、目がうるうるしているし確かに悲しんでいるように見えなくもない。


 …………何だか、今の人……本当の王のような気がしてきたな。


 だが、状況と余りに即していないのも確かだ。僕は世界征服を目論む横暴な貴族達の野望を止めにきたはずなのだが、僕が確認した限り幽閉されているのはおひいさま一人だし、その一人も幽閉しているのは王その人で、おまけに扉を開けてやれとか言っている。何が何だかわからない。


 ……駄目だな。僕一人で考えていても結論は出ないだろう。

 とりあえずおひいさまをなんとかするのだ。僕は扉をばんばん叩いて言った。


「わかった、わかったよ、おひいさま! そんなに悲しまないで! 扉を開けてあげるから!」


「…………………………!? …………どうやって?」


 お、動き出した。おひいさまの瞳が光を取り戻し、僕をか細い声で聞き返してくる。


 …………どうやってなんでしょう? システムの……穴?


「それは、もちろん? システムの穴? をつくんだよ」


「そんなの、無理。……それに、偉大なる、コード王の、意思に、背くなんて――」


 途切れ途切れに反論してくるおひいさま。うんうん、そうだね。僕もそう思うよ。

 僕はとりあえずハードボイルドな笑みを浮かべ、自信満々に言った。



「大丈夫大丈夫。それがコード王の意思だから」



 まるでその言葉を待っていたかのように、おひいさまの扉が横にスライドする。


 !?? いや……え? まだ僕何もしていないんですけど? あれ? システムの穴は?




 ……………………この都市のシステムは穴だらけだな。




「!? ……??? え? ………………え?」



 突然目の前で開いた扉に、おひいさまが再びフリーズする。

 しばらく待っていると、その腕が持ち上がり、その指先が僕の頬に伸びてきた。


 おひいさまの指は少しだけひんやりしていて、震えていた。その美しい翠の双眸を数度瞬き、まるで夢でも見ているかのようなちょっと間の抜けた表情で首を傾げた。


「ど………………ど、どうやった、の?」


「…………システムの穴をついたんだよ。…………ちゃんとシステムに穴を残してくれたパパにもお礼を言うんだよ?」


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