62 宴
ゼブルディアにはトレジャーハンターを対象とした店舗が多い。
例えば、訓練所。武器屋に防具屋。宝物殿での活動をサポートする多様なアイテムを売っている店に、幻影や魔物の情報を専門に取り扱う情報屋。優れたハンターを臨時パーティのメンバーとして貸し出している店も存在すれば、宝具の売買を専門にしている店もある。
中でも、『酒場』はゼブルディアで最も多い店の一つだ。
トレジャーハンターは皆、酒が大好きだ。
大抵のパーティは命懸けの宝物殿の攻略を終えると、お気に入りの酒場で宴を開き互いの功績を讃え、また生き延びることが出来た幸運を噛み締め合う。
そして、高揚や興奮、恐怖を洗い流すかのように飲み食いをするのだ。
剣士や盗賊などの、身体を動かす近接戦闘職はもちろん、魔導師や治療師などの後衛組も、一般市民からすると信じられないくらいに食べる。そしてそれが、明日の活力になる。
飲食する量もそれに使う額も一般人と比較して桁外れに多いし、ハンターは粗雑な者がほとんどなので、帝都にはハンター専用の酒場がいくつも存在する。
質よりは量を重視した、浴びるように酒を飲める店だ。頼めば樽で出てくると言えばどれほどの量なのかわかるだろうか。
僕はシトリーとリィズ(と、足元がふらふらのティノ)を連れて、行きつけの酒場――『黄金の鶏亭』にやってきていた。
『黄金亭』は帝都で展開しているハンター向け酒場のグループである。店の名によって名物料理が違うが、今日の僕は鳥を食べたい気分であった。リィズは味よりも量派だし、シトリーは僕を立てるのでいつも店を決めるのは僕の役割だ。
巨漢のハンターに合わせた両開きの大きな扉を開くと、辺りに満ちるむわっとした酒気が僕達を迎え入れる。
早めに宝物殿の探索を終え、打ち上げを行うハンター達の喧騒が広々とした室内を満たしている。喧嘩っ早い酔っぱらいの怒声や笑い声は、最初にこの世界に入った時には恐怖を感じたが、既にもう聞き慣れていた。
飲みすぎたのか床に倒れた大男を、がっしりとした体格の女ハンターが隅っこに蹴飛ばしている。壁まで転がされた大男はそれに気づくことなく、地鳴りのような鼾を上げ始めた。
それぞれの机に立てかけられた武器が、ここがハンター用の酒場である事を示していた。中には血の跡がこびりついているものもある。幻影が相手なら血などは消えるので、魔物を斬った跡なのだろう。
英雄の宴。かつて、ハンターにあこがれていた頃に想像していた光景がそこにはあった。
弱き者は淘汰され、研鑽した強者のみが讃えられる。リィズやシトリーなしでは絶対に入り込めない場所だ。
「クライちゃんの隣取ったぁ! シト、あんた私の隣ね。クライちゃんの側に置くと余計な事すっから」
案内された一番奥の丸テーブルにつくと、リィズがすかさず右隣――通路側に座り、機嫌良さそうに恫喝する。
一パーティは六人の事が多い。酒場に並べられたテーブルも六人が余裕を持って座れる様に出来ているが、リィズは相変わらず少し距離が近い。
いつもはアンセムやルークがいるから気にならないのだが、(見た目は)可愛い女の子を三人も連れてやってきた僕はとても視線を引いていた。リィズちゃんが暴れ出さなければいいが……。
「………………それは別に、構わないけど…………ティーちゃんを側に置いた方がいいのでは? 一応、弟子だし、私もクライさんと話したい事あるし」
ぎらぎらした眼で威圧するリィズに、シトリーは萎縮することなくにっこり笑い、体力を失いふらふらしているティノ(水洗い済み)の腕を掴んだ。
ティノがびくりと身体を震わせる。まるで小動物のような怯えっぷりだ。
格好は先程までの太ももをむき出しにしたパンツから膝上くらい丈のあるハーフパンツに変わり、布地面積が上がっているが、あまりシトリー対策にはなっていないだろう。
師匠は見るからに憔悴している弟子を見て、特にそのコンディションに言及することなく、言った。
「んー……あぁー…………大丈夫。ティーは給仕の手伝いだから、席なんていらないから。私の言ったお料理とお酒持ってきて! とりあえず黄金エール。ジョッキで十杯ね。超急ぎでお願い」
可哀想過ぎる。さすがに口出すよ、僕も。
申し訳ない気持ちでいっぱいであった。いくら弟子と言っても、彼女は一人前のハンターなのだ。シトリーの側では気も休まるまい。
うちのマスコットをあまりいじめないで頂きたい。
「ティノ、僕の左が空いてるから座りなよ」
「え!! い、……いいんですか!?」
ティノが一瞬きょとんとした後、花開くような笑顔を浮かべた。
その時、僕は気づいた。
これはもしや……両手に花って奴かな?
いつも女の子ばかり引き連れハーレム状態だったアークについて思う所があったが、凄いなこれ……驚くほど優越感がないぞ。今度謝ろう。
リィズとシトリーが――棘付きの花と毒のある花がじっと、ティノ――可哀想な花を見ている。
「……チッ。……クライちゃんがそう言うなら。ティー、恥かかせたら殺すから」
「…………ティーちゃん。クライさんたまに手癖悪いから、せっかく綺麗にしたのに近づくとまた足の所、すりすりされるよ? 席一つか二つ空けた方がいいよ?」
リィズが脅しを掛け、シトリーが笑顔を保ったまま酷い悪評を吹き込みにかかる。シトリーの中で僕は一体どんな人間なのだろうか。
ティノはそろそろと僕の左隣に来ると、背筋をピンと伸ばして行儀よく腰を掛けた。先程のシトリーの蛮行がまだ残っているのか首筋が赤く染まっている。
シトリーじゃないが、随分可愛らしい。うちのメンバーを相手にしていると(まぁ、リィズやシトリーにもいいところは沢山あるんだが。)、余計に癒やされてしまう。もちろん、脚に手を這わせたりはしない。僕は身持ちが固いのだ。
飲み物が運ばれてくる。
リィズとシトリー、ティノには特大のジョッキに入ったこの店の名物である黄金色のエール。僕にはジョッキに入った琥珀色の液体――ウイスキーっぽい色をした特製のお茶だ。
ハンター用の酒は一般の物と比べて度数が数倍高いのだ。高レベルのハンターに付き合っていたら、いくら肝臓があっても足りない。
ジョッキを持ち上げる。シトリーとリィズも笑顔でそれに合わせ、ティノも恐る恐るそれに合わせる。
「じゃあちょっと早いけど。リィズとシトリーが無事【
――乾杯。
ジョッキとジョッキがぶつかり合い綺麗な音を立てる。宴が始まった。
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