7 想定外

「え? アークいないの? なんで?」


「この間攻略した『白亜の花園プリズム・ガーデン』の件で貴族から呼ばれたらしくて……しばらく戻ってこないらしいです」


「あー、そうか。タイミング悪いなぁ」


 書類から顔を上げることなく答えてくるエヴァ。


 アーク率いる『聖霊の御子アーク・ブレイブ』は帝都でも注目のパーティだ。


 リーダーは物腰柔らかなイケメンでハンターにあるまじき寛容であり、おまけにめちゃくちゃ強い。常日頃からなんとか伝手を作りたいと考えている帝国貴族からお呼びがかかるのは当然であった。


 特にこの間、高難易度の宝物殿をクリアしたばかりなのだから予想して然るべきである。

 今朝までいたのがむしろラッキーだったのか。


 しかしタイミングが悪い。アークに振るつもりだったからなんでもいいと思って適当な依頼を持ってきてしまった。


 アークは優等生だが、多忙なのだけが玉に瑕なのだ。


「参ったな。どうするんだよこの罰ゲーム」


「クライさんが行ってくればいいのでは?」


 僕に死ねと申すか。


 たまに宝物殿を甘く見ている連中がいる。特にハンター以外の連中に多いが、高難易度の宝物殿を間近で見てきた僕から言わせれば認識が甘すぎる。


 一般人が入ってもまぁ問題ないのはレベル1認定の宝物殿のみ。それ以降は魔境の類だ。一般人が入ったら高確率で死ぬ、そういう世界だ。


 大体、僕はもう半分くらい前線から退いている。


「僕さ、もう随分入ってないから、だいぶ弱くなってるんだよね」


「サボりすぎ、ですか」


 ハンターは強い。次元が違う。

 その理由の一つが、力の蓄積――マナ・マテリアルの蓄積だ。


 宝物殿は濃度の濃いマナ・マテリアルで満ちている。


 そこを攻略するハンターはほぼ常時強い濃度のマナ・マテリアルにさらされており、それを取り込むことで人間という存在を逸脱した力を得るのだ。


 その仕様上、より高難度の宝物殿に通うハンター程その力は増していくが、体内に取り込まれたマナ・マテリアルはずっと身体に留まっているわけではない。


 個人差はあるが、僕のように濃度の低い街にずっといたりすると体内に蓄積された力はあっという間に抜け、常人に戻ってしまう。

 ずっと宝物殿を攻略するハンターが普通の軍人よりも強い事が多い理由である。


 僕はただでさえ才能がなく弱かったが、今の前線を引いた僕は以前と比べてより一層弱い。


 レベル3の宝物殿はこのクランのメンバーからするとそこまでの難易度ではないが、一般人に毛が生えた程度の僕では到底無理なのであった。


 そして、もちろん僕はやる気がないのであった。


 僕がやるなら何としてでも依頼突っぱねてたわ。足跡最弱を舐めるなよ。


 鼻歌を歌いながら踵を返す。そうだ。アークがいなくても僕には足跡がある。


「まーいいや。ラウンジで適当に暇そうな人見繕って振ろっと」


「……緊急依頼を他人に押し付けるの、良くないですよ」


 エヴァが眉を顰めて、責めるような目で見てくるが、僕は人には適材適所と言うものがあると思うのだ。



§



 クラン本部の二階にはラウンジがある。

 吹き抜けの高い天井に大きな窓から陽光が燦々と差し込む広々としたスペースだ。


 所属パーティと同じ数だけ置かれた大きなテーブルに、壁際に設置されたバーカウンター。

 会議にも利用できる他、バーカウンターで簡単な食事や飲み物を無料で出してくれるので、よく暇そうなメンバーがたむろする憩いの空間だ。


 どうせ皆から徴収した金だし自分の財布に入れるわけにもいかないので、全部使い切るつもりでエヴァに任せたのだ。

 今ではうちのクランの売りの一つになっていた。何が功を奏するのかわからないものである。


 そんな自慢のラウンジ内をぐるっと見渡して、しかし僕は眉を顰めた。


「……珍しいなぁ。誰もいないじゃん」


「ますたぁ! おはようございます。今日も素顔なんですね……あの『お面』はどうしたんですか?」


「壊れた」


 昼間なのにティノしかいない。他の連中はどうしたのだ。


 席についてぼっちで本を広げていた可哀想なティノが近寄ってくる。


 昨日酒場を半壊させた張本人のはずだが、その表情には全く気にしている様子はない。


「ますたぁ、あんな変な仮面つけるより、いつものお顔の方が、いいと思います」


「仮面つけてた方がいいって言われたら立ち直れないよ」


 つい一週間前まで、僕はいつも特別な宝具で素顔を隠していた。


 『転換する人面リバース・フェイス』。顔を自在に変化させる肉の仮面である。

 ハンターの中には顔を売りたくて仕方ない者もいるが、僕は正反対のタイプだったのだ。


 だが、もう宝具はない。壊れてしまった。


 代替品もない。宝具は自然の中で生み出される品であり、珍しい物はなかなか見つからない上に凄まじく高価なのだ。


 ついでに、一定以上の知覚能力を持つ者以外から正体を隠すその宝具は幾つかの帝国法に抵触しており、偶然宝物殿で拾うなどの幸運がなければ手に入らないものなのであった。


 こうなったらなるべく外に出ないしかない。ゲロ吐きそう。


 ティノがそわそわ周囲を確認して、凄く懐いている子犬みたいな雰囲気を出して聞いてくる。


「ますたぁ……お姉さまは?」


「リィズ達なら、宝物殿だよ。レベル8の『城』、だ。今度こそ奥まで潜って何か持ち帰るって意気込んでた。しばらく戻らないんじゃないかなあ」


 タイミングの悪いことだ。誰か一人でも残っていたら罰ゲーム振れたのに。


 そして、戻るまで待っているわけにもいかないのだ。


 僕の言葉に、ティノは数度瞬きして不思議そうな表情をしていたが、すぐに笑顔に戻ってその手の平を見せつけてきた。


「そういえば、ますたぁ。これ、ゲットしました」


「……うぐッ……」


 まるで見せびらかすようにティノが左手をひらひらさせる。見覚えのある宝具指が収まっていた。

 思わず変な悲鳴が出る。


 意外だ。ティノ・シェイドは確かに目覚ましい成長を遂げているがあくまで発展途上、あの場には他にもっと強力な怪物が何人もいた。


 ギルベルト少年を奇襲で片付け、指輪を奪い取った所までは見たが、それを死守できるほどティノは強くない。


 だが結果を見るに……そういうことなのだろう。昔は可愛らしかった妹分はどうやら少し見ない内に立派な怪物に育ったらしい。


「似非イケメンのパーティはどうでもいいですが、ますたぁの指輪を、あのような不届き者に与える訳にはいきません」


「いや、ただの弾指だから、それ」


 『弾指ショットリング』は魔力の弾丸を飛ばせるようになる宝具だ。


 指輪型の宝具の中では最も沢山見つかり、故に最も価値のない宝具の一つである。


 ギルベルト少年が見せびらかしていた大剣の方が多分高価だろう。


 ティノが、あげたこちらが申し訳ないくらいに嬉しそうに言う。


「見えない所に、価値がある。面白い催しだったと、あの似非イケメンも言っていました」


「アークね、アーク」


「ますたぁ…………これは、本当に私にくれるのですか?」


「嘘はつかないよ。あげるあげる、そんなので申し訳ないけど」


「やったぁ」


 宝具などと一口に言っても、性能も値段もピンきりだ。弾指を使うハンターなんて限られている。


 ティノも使ったりしていなかったはずだが、小さな歓声をあげてくるくる回っているのを見ると気にしないらしい。安い子だ。涙が出てくる。


 ……もうティノしかいないし、ティノでいいか。


 依頼対象の宝物殿の認定レベルは3だし、レベル4のティノならまぁ行けるだろ。


「ティノって今、暇なの?」


「え……?」


 ティノがぴたりと止まり、目を微かに見開いた。


 彼女は基本、ソロで活動するハンターだ。時間の融通が利きやすい。


 ハンターと言っても、ハント以外の時間を持て余しているわけではない。


 いつも最高のパフォーマンスを発揮するには常に訓練を重ねる必要があるし、宝物殿を比較的安全に攻略するためには事前の情報収集が必要になる。

 ある程度はクラン側でもサポート出来るが、怠ると死ぬのでたいていのハンターは大体忙しい。ソロならばより綿密な準備が必要になるので尚更だろう。


 しかし、僕の言葉にティノはすぐに彼女にしては珍しい満面の笑みで言う。


「暇です! 多分、人生で一番暇な瞬間です! だから、ますたぁの事を待っていました!」


 師匠が聞いたら真っ先に過酷なカリキュラムを組まれそうなことを言っている。


 しかし、そこまで暇なのか……。


 僕は遠慮なく、ガークさんから受け取った罰ゲームをティノに押し付けることにした。


「丁度いい、探協から仕事が来てたんだよ。任せようかな」


「…………え」


 ティノが鳩が豆鉄砲をくらったような表情をした。




§




「ますたぁ、私は今、人生で一番ショックを受けています。乙女心がずたずたです。ますたぁが、そんな酷いことをする人だとは思いませんでした。騙された」


「騙してない騙してない」


「上げて落とされた」


「落としてないし上げてもない」


 ティノがまだ何もやっていないのにやる気を失っている。目が半分死んでいた。


 テーブルにぺったり頬をつけ、恨みがましくこちらを見ている。

 その姿勢のまま、やる気の無さを隠す素振りもなく堂々とティノが言った。


「正直に申しますと私は、ますたぁと一緒に、アイスクリームとか食べに行くつもりでした」


 ティノは甘いものに目がない。いつか絶対その性質を悪用されると思う。


「君の師匠に、あまり甘いものを食べさせないでと言われてる」


「……それは罠です。お姉さまは、自分がいない時にますたぁがデートするのが嫌なのです」


 デートとか言ってるし。師匠が師匠なら弟子も弟子だった。

 もしかしたら一時期、護衛代わりに連れ回したのが悪かったのかもしれないが。


 ハンターなりたての頃から知っているこの後輩は扱いやすさで言えば友人達とアークの次くらいに使いやすいのであった。

 見た目可愛らしいのも点数が高い。強面に物を頼むのは精神的にきついのだ。


 ヘタっているティノにファイルをぐいぐい押し付ける。


「ほーらー、ティノー? 楽しい楽しいお仕事だよー? よかったなー、うりうり……」


「ますたぁ、私のことを、都合のいい女だと思っていませんか?」


「どうやら純粋だったうちのティノを汚したやつがいるようだな」


 変なこと吹き込みやがって。


「ますたぁ、あなたです、あなた」


 ティノがぐったりしながら目だけで文字を追い始める。


 そして、しばらく沈黙した後、ポツリと零した。


「前代未聞のクソみたいな依頼です、ますたぁ」


「うん、そうだね」


「報酬、拘束時間、依頼内容、宝物殿の難易度、どこを切り取ってもいいところが全くありません。誰が受けるんだこんなの」


「うん、そうだね」


「……さては罰ゲームですね」


「うん、そうだよ?」


「……」


 だからこっちに流れてきたんだろう。あのガークの野郎、ゴミ捨て場代わりにしやがって。


 口先で丸め込める後輩がいなかったら断っているところだ。こういう割にあわないものは古今東西、立場の弱い人間に流れていくものなのである。


 ティノがもぞもぞと身体を動かし、凄く嫌そうな表情で言い訳する。


「ますたぁ、私のレベルはまだ4です。若輩です。私としてもますたぁの役に立ちたいのは山々ですが今回は遠慮したく……ソロで五人も救出とか無理です」


「…………」


「…………ちょっと用事を思い出しました」


 ティノが勢い良く身を起こす。瞬きした時には既に身を翻し、駆け出していた。


 さすが、盗賊シーフ。目を丸くしている間にラウンジからいなくなっている。


 残された依頼書の紙切れが虚しくテーブルの上に残されていた。

 惚れ惚れするような逃げっぷりだ。


 おいおい、さては指輪の死守もティノの奴、奪い取って逃げ出したな。


 きっとリィズから過酷な訓練を課されているので逃げ癖がついているんだろう。

 あれ、なんかそう考えると親近感が湧いてくるな。


 僕は無言でベルトに束ねて下げていた全長二メートル程の鎖を外し、机の上に置いた。



 銀色に輝く細い鎖が触れてもいないのにまるで蛇のように蠢き、じゃらじゃらと音を立てる。



 これは獣だ。鎖でありながら『忠実な獣』である。


 疲れを知らず、餌もいらず、主に忠誠を誓う牙無き狗。


 故にその銘を――『狗の鎖ドッグズ・チェーン』と言う。


 かつて、もはや記録すらほとんど残っていない太古の昔、鎖を使う一族がいたらしい。

 特殊な術を仕込まれたそれは手も触れずに蠢き、それぞれが奇怪な力を有していて、その生活を支えたという。


 今となっては伝説でしか残っていないが、宝物殿に現れる宝具の中でも『鎖型チェーンタイプ』がポピュラーなのも、かつて滅んだその文明の名残なのだろう。


 鎖が持ち上がり、一瞬小型の狗を模した姿を取る。


 僕が顎で指し示すと、そのまま形を崩し、蛇のような動きでラウンジを出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る