第20話 金曜日

定時で仕事を終え、予定通り喫茶店で普段より少しだけゆっくりしていくことにした。


「いらっしゃい」


なんとなく今日はカウンターに座ってみたい気分だ。


「ブレンドコーヒーをお願いします。」


珈琲豆を引く音、コーヒーがおちる音、

この音をボーっと聞くのが好きだ。

落ちつく。


「お待たせしました。それとコーヒーゼリーはサービスです。」


「え?あの…どうして?」

今まで散々通ってサービスなんて初めてで困惑する。


「これから夏に向けてデザートを提供したいと思いましてね。常連さんに味見してもらって感想聞いてるんです。」


「なるほど。俺のこと常連だと思って頂いてることに驚きました。」


「平日毎日くればね。顔、すっかり覚えてますよ。帰りにゼリーの感想お願いしますね。」


「はい。ありがとうございます、頂きます。」


今日は何だか良い事があるな。


そう思いながら、コーヒーとゼリーを味わう。

うん、ゼリーは程よい甘みで後味もスッキリしてて良い。美味しい。


「いらっしゃい」


マスターの優しい声が店に響く。


「あの…お隣よろしいでしょうか?」


「あ、どうぞ。」

俺は斜め下に視線をやりながら相手を見ずにボソッと言った。


今日は空いてるのにわざわざ隣…

そう思っていたら、隣から二の腕を叩かれた。


反射的にバッと横を見る。


「うわっ!あっ!ごめんなさい。光君だったの?」


「そうです、僕です。もぉ…声で気がついてもらえると思ったのにこっちを見てもくれないなんて。」


「あっ…ごめんね。悪気はないんだ。まさかここに来るなんて思ってなくて。今日はハチワレさんと?」


「冗談ですよ(笑)僕全く怒ってません。ハチワレさんとはそんなに頻繁に集合しませんよ。今日はバイトなくて、何となく直樹さんいるかな?って思って来てみました。」


「俺?え?俺…?」


「そうです、俺です。嫌でしたか?本当はメールしてみようかな?って毎日考えてたんですが、お仕事とかお家とかお忙しいだろうなって。迷ってるうちに金曜日になってしまって。だったら喫茶店寄ってみようって。当たりでした(笑)」


爽やかな笑顔を向けられると、俺までつられて笑ってしまう。

なんだろう、このピュア成分100%のような雰囲気は。不思議な子だ。

ていうより、何だよ、俺に連絡しようか毎日考えてたって…

胸がくすぐったいような変な感じがする。


「なにか言ってくださいよ。僕恥ずかしいじゃないですか。」


「すまん…。もう俺おじさんだから、急な出来事で頭がフリーズしてしまって。」


「直樹さん、全然おじさんじゃないです。清潔感もあって好感ありです。会社の後輩に好かれませんか?」


「え?俺?ないない。人見知りのせいで無愛想認定されてるから…後輩も寄り付かない。」


「今の会社は長いんですか?」


「そうだね、長い。新卒で入ってずっとだから。もうすっかり古株。だからか余計に若い子から避けられる。俺は叱るの苦手だから、怖くないはずなのに。」


「そうなんですね。僕は全然そんな風に感じませんけど。」


「あ、なんかベラベラ喋っちまった。何飲む?ご馳走するよ。」


「え?いんですか?そういうつもりで来たわけでは…。」


「遠慮しないで。大丈夫、毎回は奢らないから(笑)」


「じゃあ、カフェモカがいいです。」


「すみません、カフェモカ一つ追加で。」

俺はカウンター中のマスターに言った。


「はい。お隣の若いの、コーヒーゼリー食べますか?サービスだから。」


「え?嬉しいです。頂きます!」

光君は嬉しそうに返事をした。


「なんか、夏に向けて試作したんだって。常連に出して感想聞いてるんだって。ほら、俺も。」


「ほんとだ(笑)僕、今日ここに来て良い事づくしですね。直樹さんにも会えて、サービスでゼリーまで。嬉しい。」


なんだ何なんだ!?

さっきから。

俺に会えて嬉しい???

俺に会えて?


「だからー、直樹さん、なにか言ってください(笑)反応ないと僕も不安になりますから。」


「そうか、そうだよな。俺、会社もそうだしプライベートもそうだけど、ともだちって呼べるヤツも そう思ってくれるヤツもいないんだ。本当に大輝だけ。妻と子どもと大輝以外とこういうのなくて。

慣れてなくて。」


「直樹さんのそういう真面目な返答、好感持てます。そういう僕もともだちと呼べる人はいませんから。でもそれにしても、会話のキャッチボールはぜひお願いします(笑)」


「へへっ。そうだな。あ、俺ね、仕事帰りのほんの少しの時間をここで過ごしてから家に帰るようにしてて。だから今日はコーヒーを飲み終えたら帰るんだ。毎日帰ったら妻の溜まった話しを聞く係が待ってて。」


「優しいんですね。子育て中の女性はストレスすごいみたいなんで、聞いてあげるって大事です。」


「光君すげぇな。女の気持ちよくわかる系?」


「まさか。僕の母が男三人育て、というか今も絶賛子育て中ですが、とにかく毎日イライラしてまして。母の口癖は一日24時間じゃ足りないのよ!です(笑)」


「なるほど…うちは子ども一人なんだけど、それでもすごく大変そう。」


「そうだと思います。人間を育てるって考えたら果てしなく大変そうだと思います。」


「光君はもう少しゆっくりして行く?俺はそろそろ帰らないと。」


「はい。そうします。」


「会計は済ませておくからごゆっくり。話せて楽しかった。ありがとう。」


「僕も楽しかったです。ご馳走さまです。ではまた。」


俺は会計をしつつ、マスターにゼリーが美味しかったことを伝えた。

マスターは嬉しそうに「ありがとうございます。」と言った。


店を出ると心が何かあったかいもので満たされる感覚がした。 

ホッコリという言葉がしっくりくる感じ。


駅まで歩きながらさっきまでの事を思い出す。

大輝が一緒じゃないと光君とうまく話せないし間がもたないって思ってたけど、案外普通に話せたかもしれない…


まともに会うのはまだ二回目なのに。

どうしてだろう。

光君とは何かこう、波長が合うっていうか…

一緒にいても疲れない。


少しの時間だったけど楽しかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る