第2話 喫茶店

結婚して子どもが生まれてからあることが日課になった。

それは、仕事帰りに喫茶店に寄ることだ。


結婚当初は家で待つ人が居ることが嬉しくて

仕事が終わるとすぐに家に帰っていた。


だが、ある日の出来事がきっかけで必ず喫茶店でリセットしてから帰ることが日課となった。


仕事でトラブルが立て続けに起きたことがあった。頭の中は仕事のことだけでいっぱいなまま、

何も考えずにいつものようにまっすぐ家に帰った。


妻が作ってくれた食事を無言で食べながら頭の中は明日の対応のことを考えていた。


すると後ろから肩を叩かれハッとして振り返ると

妻が泣いていた。


俺は慌てて理由を訪ねた。


妻は言った。


直くんが食事をしている間、私が必死に話しかけていたのに…

気づいてた?

私の声、聞こえてた?

帰ってきてから「おかえり」の一言の瞬間さえ

私を見てもくれない。


そう言って妻は泣いていた。


このときの俺は自分のことだけで精一杯で、正直妻の声は届いていなかった。

それほどに余裕がなかったのだ。


俺は妻に「ごめん」の言葉をかけるだけで精一杯だった。


その夜、妻もそれ以上俺に何も言わなかった。


翌朝、昨日のことなど何もなかったかのように妻は朝食を用意してくれ、普段の様子で「おはよう」

というとなぜか俺に謝ってきた。


直くん、昨日は私の方こそごめん。

仕事で何かあったんだよね、きっと。

私は直くんのおかげで専業主婦させてもらって感謝してる。

私も働いてた頃は、しんどくて周りに構う余裕ないときあったりして、働く側の苦労を知ってるはずなのに。

寄り添えなくてごめん。

でもね、私も家にいて、1日赤ちゃんと向き合ってるとしんどくなるときがあって。

聞いてほしかったの。

会話がしたかったの。

だから食事の時間だけでもいいから、私を見てほしい。


妻はそういった。


俺は反省した。

朝早く出て、夜も子どもが起きてる時間には帰れない。

夕飯のたった30分程度の時間、その時間は妻の話をちゃんと聞いてやろう、そう思った。


そのために、仕事が終わったら喫茶店に寄って俺の好きなコーヒーを飲みながら仕事モードから

プライベートモードに切り替えてから帰ることにした。


俺は何かイレギュラーなことが起こると、ずっとそのことばかり考えてしまうクセがある。

でも喫茶店に立ち寄ることで切り替えられるようになった。


それ以降、妻が泣くことは無くなった。

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